序章

 背中が、熱い。

 燃えるように、灼けるように、痛い。

 なぜそうなのかは分からなかった。
 何もかもが、もう分からなかった。

 うごかない手。うごかない足。
 広がるよごれた髪。

(いやだ)

 いつのまにこんなところにいるのだろう。
 ここに来る前は、もっと、もっと……。

(……かえして)

 赤い色が押し寄せてくる。
 どろっとした、暗い色の、闇。
 冷たい壁が世界を切り離していて、痛みは内へ内へとこもっていく。

(もういや。いやだ。いや)

 いることをやめたかった。
 それをどういう風に言えばいいのかさえも、もう分からない。

 背中が裂ける痛みだけはずっと感じていた気がした。


いまもどこかで夜は明ける

 ぶっちゃけた話、一年をやるのは二回目だ。
 でもどうせ一学期しかやらなかったし、その時習ったことなんて、この一年のおかげでキレイさっぱりさよならしてるので、つまらないとかそういうことはないとは思う。

 ただ、どうせ二回目の一年をやるにしても、学校サボって留年したわけでも、赤点ばっかで進学できなかったわけでもないのだから、同じ学校が良かった。
 知ってる友達が二年にいるってだけでもちょっとは違うかなって程度だったけれど。

「……あっつぃ」

 初夏の陽気漂う五月の半ば。
 山奥にある学校だからと用心して学校指定の長袖のカーディガンを羽織ってきたのは失敗だった。
 北上してきた高気圧だか何だか知らないけど、きっと今朝のテレビの天気予報のお姉さんは、六月下旬頃の陽気となるでしょうとか言ってたに違いない。
 いや、七月上旬でも中旬でもありかな。
 とにかく暑い。
 そして重い。
 汗のせいか、眼鏡がずれた。

「……なんで今日は火曜日なんだ」

 一番の最寄り駅から学校までは徒歩で1時間。しかも坂道とかいうおまけ付き。
 長期休暇の指定日や土日には朝夕にバスが出ているなんて立て看板を、学校にいざ向かおうとした当日のしかも火曜日に発見したって、後の祭り、手遅れだ。
 おかげで俺は大荷物抱えて坂のぼりなんて事態に陥っているわけだったりする。

「……病み上がりじゃなかったっけ、俺」
 病気じゃなくて怪我だけど。
 とりあえず複雑骨折とかするような大怪我だったのに、重たいもの持って一時間歩いたりして平気なのか俺? いや、病院の先生?
「聞いとけば良かった……」

 まぁ、それも同じく後の祭りだ。
 少なくとも、学校の門までやってきた今現在、特に痛みもないから大丈夫なんだろう。

「はあ。交通事故なんてサイテー」
 俺の『二度目の一年生』の原因は全てそれだった。
 ちなみに再スタート先がこんな山奥の全寮制男子校なのも。
 それから、一緒に車に乗ってた母さんと、四人姉弟だった姉ちゃん三人がみんな死んじゃったのも。

「天涯孤独かぁ……」
 双子の姉と、普通に年上の姉ちゃんが二人もいた自分には一生関係ない言葉だと思ってた。
 現に今だって自分のことだっていう実感はない。
 母さんたちは今もどっかで笑って生きてるんじゃないかって気さえしてくる。
 きっと、事故の衝撃で一ヶ月も昏睡した上に、肝心の事故の時のことを全く覚えていないせいだ。だから実感が湧かないんだ。
 いない家族に、うまく悲しめないんだ。

「そういえば泣いてないよな、俺……」
 一ヶ月もたってた。
 葬式だって終わってた。
 完全に悲しむタイミングは逃げ切っていて、その姿はちらっとも見えなかった。
 ……でも。……うん。機会があった時でいいや。
 母さんも姉ちゃんたちも、きっとびーびー泣いてる俺を見たら怒り狂うに違いないもんな。

「私立昇陽学園」
 読み上げてみた。門に出てあった学校名。
 陽が昇る学園とはまた、私立らしいって言えば、らしい。
「全寮制男子校なんて、葉姉が鼻血吹いて喜びそう……」
 二番目の姉ちゃんが葉香って名前で、大学3年の彼氏持ちの、いわゆる腐女子ってやつだった。昨今流行の、可愛い系のオタク女子なんだそうだ。
「……………………」
 なんだかな……。
 ほんと、自分には関係ない世界だと思ってたよ。葉姉。