1<フレーズ>

「まじでここどこ……」
 門の横にあった通用口に入って耳の遠い警備員さんに保健証とか入学許可証だとか出して話が通ってるはずだと大声でかけあって、やっとこさ編入生だってことを証明して敷地に入ったはいいものの、目的の建物が分からずにうろうろしているこの状態はたぶん間違いなく迷子だって表現していいはずだ。いや、したくないのはやまやまだけども。

 ……いや、やまやまじゃない! そもそもだ!

「なんで一箇所に建物つくんないんだよ!?」

 門の辺りから見える建築物はぜんぶ、ぜーんぶ木々の間に離れて建てられていて、今歩いている遊歩道の分かれ道をどう進めばどの建物に出るのかさっぱり分からない仕様になっている。

「ふざけんなっ! いっとくけど俺は迷路とか超苦手の方向音痴だぞ!?」

 そんなこたー誰も知ったこっちゃないのだろうけど、俺にとっては大問題だ。好きで方向音痴なんじゃないんだから。

「もー、セレブってる場合じゃねえっつうの! 有り余ってる土地は、こう、でっかいプールとかそういうのに使おうよね!? こんな迷路作る前にさ!」
 迷路じゃなくて遊歩道なのは自分でも分かってる。分かってはいるが、認めたくはないこの気分。

 あれ、あれか? 金持ちで好きなもの好き勝手食えるふくよかなお坊ちゃんが多いから、運動の為にこういう歩行強制道路を作ったのか?

 だとしたらいい迷惑だ。

 こちとらメシは毎回争奪戦状態の4人姉弟育ちなんだから。
 しかも母子家庭とかいう貧乏おまけ付き。
 いや、貧乏ではなかったか。母さんは普通のシングルマザーよりかは稼ぎが良かったし、ちょっと特殊な事情も相まって普通の暮らしではあったんだし。ご飯のときだけ、なんかそんな気分だっただけで。姉ちゃんたちは食べても太らないタイプでダイエットには無縁だったせいだ。

 でもとにかく、こんな広大な土地を無駄遣いするような金銭湯水主義は俺は持ち合わせていないんだ。

「は……。まじで疲れた……。 陽丘 ( ひがおか ) さん……、こういう山奥事情は教えといてくんないと……」
 陽丘さん、そう、その人のおかげで俺はいまここにいる。

 天涯孤独になって入院中だった俺のもとに、母の昔からの友人だったと現れて、後見人を名乗り出てくれたこの学校の理事長の息子さん、だ。
 そうして話を聞いて初めて、俺は自分の家族以外に親戚とかが一切いなかったことを意識した。
 だって血の繋がりもない赤の他人に頼って生きてくことしか選べる道はなかったんだから。

 まあ金銭的には……、そう、金銭的には、母さんの生命保険だとか、働いてた姉ちゃんの貯金とか、そういうあんまり使いたくないもので困りはしなかったけど。

 ……それよりか。
 落ち着け俺?
 思考を自分の過去にフィードバックさせてる場合じゃない。とりあえずメインの建物に辿り着く必要がある。ほら、そしたら人だっているし、今は万歳、普通の授業時間だしな。放課後ならともかく、今なら誰か先生にお会いできるって寸法だ。そしたら寮の場所聞けばいい、うん。

 その前にメイン校舎に辿り着かなかったらどうしようという一抹の不安はこの際脇に置いておく事にした。
 その方が俺の精神衛生上はプラスだ。

 というわけで、こっから見た目、一番大きそうな建物に向かって伸びている道を、俺は目の前の三叉路から選び取って進み始める。

 なんだろう。この木ってもしかして、全部桜か?

 うわあ。それは編入する時期を逃したよな。他の新一年生と同じように春に一緒に入学生として来られれば良かった。
 そしたらきっとこの道はめちゃくちゃ綺麗だったろうな。
 歌詞のフレーズとかいっぱい浮かんだかもしれない。

 だけど悲しいことに、その頃の俺はまだリハビリプログラム中で入院中だった。
 こんな大荷物抱えて坂道歩き回れるようになったのは、ひとえに若さのおかげだろう。

「……あっちぃな」

 変な陽気のせいで、せっかくの桜並木なのに蜃気楼さえ見えそうな気がしてくる。

「あー……、ベンチ発見。ちょ、ちょい休憩……。つ、つかれた……」
 さすが遊歩道なだけあって、そこにはおしゃれな造りのベンチが無造作に道端に置かれてあった。
 もう、その誘惑を拒否する元気はなくて、俺は吸い寄せられるようにそのベンチに腰掛ける。

「うー、あっちぃ」
 動くのをやめると、風を切らないせいか、暑さが一気に増してくる。

「あっ」
 ふいに、ひらめいた。

「ちょ、ちょちょちょ、これいけるって歌詞……! あああ、ちょっと待ってオケ、オケ」
 焦りながら、スポーツバックの中に手を突っ込んで、スマホを探す。
 去年の夏、作りかけでそのまま放置してあった曲に合うフレーズが思いついたのだ。

 何を隠そう、俺の趣味は作曲だったりする。もちろん作詞もアレンジも。
 歌ってもいいとは思うけど、それは双子の姉に任せてた。

 任せてたからこそ、歌う人がいなくなって置きっぱなしになってた曲だったのに、今になって歌詞が……。あぁ、ちゃんと曲入れてて良かった俺。

「えええーっと……、きーみとーいっしょな、らふ、た、り……ぶんのおーぉもーみがー……。ああ、いけるいける」
 スマホで曲のオケを聞きながらあわせて歌ってみる。
 上手い具合にはまっていい感じのフレーズだ。

 よしよし、続きはどうしようかなー。