2<荷物>

 つんっ
「うわっ!?」

 いきなり肩に何かが触れて、俺は飛び上がる勢いで後ろを振り返った。
 目の前に影。見上げると、人だった。

 ここの学校の制服を着た……、おしゃれボーイ。
 ああ! 言い方が古い気がする!
 身だしなみ!? おめかし!? ああ! ファッショナリィか!?
 いやとにかく! なんか校則範囲内で上手く制服をアレンジして着こなしてる、女がいたらもてそうな、そんな野郎が目の前に、立ってた。

「……びっくりした。何ですか?」
 俺はイヤホンを外しながら訊ねる。いきなり肩をつつかれたことにいささかむっとしながら。
「ごめんごめん。声かけたんだけどさ。聞こえてなかったみたいだから。何か、曲聞いてた系?」
「……まあ」

 おしゃれボーイ――この際古かろうが何だろうがもうなんでもいいや――の話に適当に頷いてる途中で俺はふと気が付いた。
 眼鏡……してるよな? 地味くさく、見えてるよな?

 ちょっとした家庭の特殊事情もあいまって、俺はあんまり目立ってはいけないことになってるのだ。
 陽丘さんにも昨日電話で釘を刺されたばっかりだ。

「……おまいさん、佐倉夏樹 ( さくらなつき ) ?」
「え?」
 急に飛んだ話が自分の名前を尋ねるものだったので、俺は思わず聞き返した。
 だって、なんで俺の名前を知ってるのかとか、そういう疑問を全部無視してイエスだなんて答えられない。

 するとおしゃれボーイはあははと笑った。
「ごめんごめん。いきなり訊かれたって困るよなぁ。……俺ねぇ。おまいさんを迎えに行くように言われて来たんだよー。まだ着いてないかと思ってたんだけど、案外早かったんね。大荷物抱えて座ってる奴がいるから、あ、これはー、って思って。そうっしょ? 君っしょ? 編入生?」
「……あぁ」

 そういうことか。

「そうです……」
「おっけえおっけえ。じゃあ寮まで案内するし」
 にっこりと道案内を名乗られて、ものすごいフランクさにどう反応しようか迷う。

 ……ここは地味っ子らしく、してみようか。

「……どなたですか?」

 何をどう地味っ子を目指したのか分からない感じだけどまあ全然いいとしよう……。
「ああ、俺ね、宮野彰 ( みやのあきら ) 。生徒会のフクカイチョさん。二年生ね。よろしく」
「フクカイちょ?」

 生徒会。
 そうか。だから編入生のお出迎えとか頼まれたのか。

「あはは! ちょ? って! 地味男くんそれかわいー」
 おしゃれボーイ改め宮野副会ちょはよく分からんところでウケた。

「いやー、良かったねぇ。そんなかわいーしゃべり方して外見まで垢抜けてたりしたら、もうこれから三年間、心休まる日はなかったかもしんないよ?」
「……はあ」

 かわいいしゃべり方? 今の、ちょ? が?
 ……変な人がいる。

 思ったことはとりあえず胸の内にしまった。
「それかして」
 どこでどう話が切り替わったのか、何の前触れもなくベンチ越しに手が伸びてきた。
 宮野先輩――タメだけど俺は一年だから後輩だし――は問答無用で俺のかばんをひったくって肩にかけてしまう。俺の手元にはスマホだけが残された。
「あ……」
「いいのいいの。おまいさん見るからに細っちいし。その汗、駅から歩いてきたんでしょ。タクシー使えばよかったのに」

 ……あ! その手があったか! って、いやいや! 学生がタクシーなんて! もったいねえ……。

 ずんずん歩き始める宮野先輩の後を俺は慌てて追った。
「いや、俺自分で持ちます。ここまで持ったんだし、あと少しくらい……」
「いーっていーって。年上には甘えればいいと思うよー」
「……誕生日いつなんですか?」
「え? 俺の?」

 俺は無言で頷いた。
「八月十日だけど?」
「じゃあ俺の方が年上です。俺、七月で十七ですから」
 先輩がハテナマークを飛ばして思考をめぐらせた間に、俺は荷物を自分の手に取り戻す。
「れ? 君二年?」
「一年です。前の学校で留年したんで」
「……うっはあ。君の資料ちゃんと読んでなかったんだけど。ユー不良系?」
「違います。交通事故で入院してたんです。それで」
「ああそういうこと」

 先輩は納得顔で頷いた。それからまたふと考え込む。
「ぢゃあ余計俺が荷物持ったげるよ! ダブるくらい長期入院だったくせに何言ってんの!」
「いやいいです」
 はっきりきっぱり断った俺に、先輩は不満そうな顔をして肩をすくめた。諦めてくれたらしい。

 だって荷物には、ダンボール箱に詰めて送ったりなんてできなかった大切なものが入ってる。
 死んじゃった母さんと姉ちゃんたちの形見みたいなものが。
 他人の手になんて預けたくなかった。

「まぁいいけど。おせっかいなら別にさ。……じゃあまぁ、こっち。付いて来て」
 さっきまでのフランクさが少し消えた先輩の案内に、俺は黙って従った。