5<脱出>

 やばい。

 こいつ、かなりお上手でいらっしゃる。

「ん……む、ぅ」
 なんというか、いつの間に、って感じに舌が口の中で暴れまくっている。
 髪をわし掴みにされ、顔を背けられない。利き手の右腕はがっちり掴まれていて、空いている左腕だけでなんとか相手の体を押し戻そうと試みるが、いかんせん、筋力不足だ。リハビリ上がりの人間の貧弱さをなめないで欲しい。

「……ぅ」
 キスしたことがないとは言わない。寧ろそれ以上だってしている。ただし、女の子と。

 でも、こんな無理矢理、テクのある相手に受身になったことなんて一度たりともなかった。
「んん……っふ」

 ああああ、やばいやばいやばい! 姉ちゃん助けて!
 女の子の扱い方とか彼女への接し方とかいっぱい教えてくれたけどさ! 男のあしらい方も教えといてもらえば良かった!!

「ふぅうううっ!」
 ってか何でこいつはいきなり俺を襲いだしてんだ!? ホモなのか!?
 いやホモ以外の何者でもあるはずがねえ!
 誰かヘルプミィ!!

 思考は混乱のあまり、実践的な解決方法とは全然違う方向に繰り広げられていく。
 とりあえずばしばしと相手の背中を叩きまくったら、唇は解放してもらえた。

「気持ちワルイ!!」
 即行で叫ぶ。
「はあ? 気持ち悪いだと? てめぇ色っぽい声出してたくせに」
 俺の髪を掴みソファに縫いとめている腕に力が入る。
「出すか!!」
 あまりの上手さにちょっとでも気持ちいいとか思ってしまったことは絶対悟らせてなるものか。
「男にいきなりベロチューかまされて気持ち悪くないわけがあるかよ! それも見ず知らずの奴にっ、つかそもそも誰だお前っ!」

 奴は一瞬口をつぐんで瞬きをした。

「ははは。誰って訊かれるのも新鮮だな。高嶺慎也 ( たかみねしんや ) だ。二年で、オプションは生徒会長」
「……会長?」
 さっきは、副会長だったぞ?
「そう。大人しく任せてりゃあ気持ちやくさせてやるよ。いい条件だろ? 文句は聞かねえ」
 会長さんの最後の一言はもの凄い重みがあった。凄みと表現してもいい。

 それにあっけに取られている間に、いつの間にか両腕が頭の上へ。
「……いや、ちょっと。……何デスカ? 俺に何を求めてらっしゃんのアンタ!?」
 テンパってるあまり、日本語が……。
「眼鏡も長い前髪もないほうが可愛いぞ? はは、男避けに隠してた?」
 ふぇえ! 耳元で囁くな!!
 高嶺の会長さんは俺の言葉を完全に無視して行為を続行しようと俺の制服のシャツに手をかけた。

「……きっ、器用に片手で外してんじゃねえよ!!」
 ボタンが、どんどん外されていく。まじ、やべぇ。
「わめくな。抵抗されると、興奮する」
「…………っ」
 あんまり低く耳元で囁くもんだから。

 言葉が継げなかった。

「可愛い顔して、ぷにぷにかと思ったら、引き締まってはいるんだな」
「…………」
 そりゃ、事故に遭うまでは喧嘩やら運動やらケンカやら、色々やってたわけで、筋力は落ちたけどそれで体が脂肪まみれになることはないだろうよ。
 ってか、気付け!!

「……タンクトップじゃなくてTシャツ? しかもこの天気に黒?」
 呟きながら俺のシャツの裾をたくし上げた高嶺の手が止まる。表情が固まっていた。
「お前、これ?」
「……交通事故でなっ、体中にある! どうだ萎えただろ!」
 高嶺は眉をしかめたようだった。
「退きやがれ!」

 がっつり、俺は蹴り上げた。膝で、高嶺の尻を。
 ほんとは急所を狙ってやりたかったけど蹴れる位置になかったのが惜しまれる。
「ちっ」
 高嶺は舌打ちをしてよろめいた体をソファに手を付いて支える。
 その隙に一瞬両腕を縫い止める力が緩んだ。
 俺は蹴り上げた脚をそのままソファの背もたれにかけ、そこを支点に思いっきり体をよじる。
 上にのっかっていた高嶺は崩れていたバランスをさらに崩して床へ落ちた。

「って!」
「っ」
 このチャンスは逃すわけにはいかない。猛スピードで起き上がり、高嶺の転がる床には近付かないよう、ソファの上から離れた場所へ飛び降りる。そんで、玄関へ猛ダッシュした。
「ちっくしょ! てめ!」

 かなりギラついた響きの声がかかったが、俺は無視した。追ってくる気配がないことに気付き、俺は玄関のドアを開けて振り返る。
「いっぺん死ね! この強姦魔!!」
 言い捨てて、バッターンとドアを閉めた。
 前髪を止めるのに上にずらした眼鏡がちゃんと頭の上に留まっていたのは奇跡だ。掴まれたのが後ろ髪だけだったから落ちなかったのだろう。
 俺は眼鏡を定位置に戻し、前髪も下ろしてもとの地味な顔を作る。

 冗談じゃなかった。
 何だあの生徒会長! あれで会長!? あんな校則どころか法律も守ろうとしてない奴が!? 強姦は立派な犯罪だぞ!
 何なんだ!? 男子校だから当たり前なのか!? ベロチューかまされるのは男いける奴からしたらノーマル相手へのちょうどいい嫌がらせととれなくもない。けどあいつはその先の行為に進もうとした。それって、ありえなくないか? 

「二度と関わんねえ」
 呟いて、俺は一人で理事長室を訪問するべくメイン校舎を目指した。