7<初登校>

 次の日の朝は、前日にコンビニで買っておいたサンドイッチで朝ご飯を済ませ、職員室に登校。場所はちゃんと前日に説明してもらったから迷わなかった。
 いくら方向音痴の俺だって、昨日のエントランスを右に行った廊下を30秒と言われれば辿り着けるんだ。
 ちなみに、昨日は帰ったら生徒会長の姿はもうなくて、ホッとした。

「あー、まあ、うちって転校生は珍しいから……クラスの連中も騒ぐだろうけど……。ま、大丈夫だろう」
 ゆるーい感じのしゃべり方がなんか好きだなと俺は思う。
 すでに予鈴が鳴って、俺は職員室から教室に連れられている最中だ。
 担任の樫村英知 ( かしむらえいち ) 先生に。
 まさしく先生ー、って名前の担任だ。だって英知だぞ? めっちゃ物知りですーみたいな名前だ。

 そんな無駄なことを考えているうちに、無事に教室の前にたどり着く。
 予鈴が鳴っただけで生徒の姿が廊下からなくなるなんて、なんて立派な学校だろう。
 俺のいた学校では先生が来て急かすまで絶対何人か廊下に残ってたぞ。

「ほらほら席につけー」
 先生が声をかけながら教室に入る。
 席につけ? ……あぁ、教室に入ってはいても、座ってはいなかったわけね。
 しょせん、お年頃の高校生はどこも似たようなもんかな。
 俺は先生の後に続いて入った。
 とたん、シーンとする教室内。

「あれ、佐倉? もう入ってきたのか?」
「え? まずかったですか?」
「いや、なんつーかその、転校生を紹介する! 入って来い! みたいな、ノリ? を想像したんだが」
「…………」
 なんていうか、転校生にどんな理想を抱いてるんだ?

 俺が反応に困って黙っていると、教室がざわざわし始めた。
「あー、こら席につけっつってるだろ。とにかく、見ての通り転校生だから、紹介する、席につけぇ」
 先生が声を大にし始めて、騒がしい教室内はそのままにみんなとりあえず着席した。

「ほら、自己紹介始めていいぞ。あぁ、あれだ、黒板に名前書く? チョークいる系?」
 樫村先生ってきっと生徒に人気あるだろうな。しゃべり方からして、やたらフレンドリーでとっつきやすそうだ。
「あー、簡単な字なんで大丈夫です……」
 今までの俺なら大丈夫大丈夫とかってタメ語で言ってただろうけど、ここはひとつ慎重に、地味めの反応を目指して丁重にお断りをした。

 俺が話し出す気配に気付いたのか、教室は静かになった。
「佐倉夏樹です。ニンベンに左と倉庫の倉で佐倉。夏の樹木で夏樹です。交通事故にあって入院したせいで、みんなより年はひとつ上ですが、一年からよろしくお願いします」
 簡潔に、解り易く、恐らく百文字以内で収まったであろう自己紹介を言い終えて、俺は終了の目線を先生に送る。
「……それだけ?」
 樫村先生は悲しそうなほどがっかりした顔をした。
「はい」

 だってあんまり目立っちゃいけないんだ。地味男を演じなきゃいけないのに、長々と自分に注目を集めても仕方ないじゃないか。
「あーそう。そんじゃ、質問タイムだ」
 仕方ないじゃないか、……って思ったとこなのに、何ソレ。

 俺は鼻が低めなせいでずれ落ち気味な眼鏡をさりげなく定位置に戻した。
「ほーら、転校生くんに質問タイムだ。こんな質問タイムをうちの学校で経験できる生徒は滅多にいないぞ。なんたって転校生が滅多にいないからなぁ」
 アピールポイントそこ!?
 突っ込みたかったけど、目立ちそうなのでやめた。
 先生が声をかけるので、俺はマジかとか思いつつ、教室内を改めて見回す。
 教室内は再びざわざわと騒がしくなる。
 そんな中、いくつかの単語が俺の耳に飛び込んできた。

 めがね。暗そう。オタク? 期待はずれ。ネクラ。空気読めよ。
「…………」
 いや、あえてしている容姿から多少そういう反応は予想してたけど、最後の空気読めって何だ!? 容姿関係なくないか!?

「何だ? 誰もいないのか? おいおい、そりゃないだろ。転校生だぞ?」
 どんだけ転校生強調するんだアンタ。

 そんな風に俺が頭の中でツッコミを入れた直後だった。
 教室内で、一人、手をあげた奴がいた。
「おー立野か。よくあげた。言ってみろ」
 先生に指名されて、立野くんは立ち上がった。ひょろっちい奴で、一重の目に短い髪で、野球少年?って一瞬思った。

「昨日、相葉副会長と一緒に歩いてるところを見たって人が何人かいるんだけど、佐倉くん、どういう関係なんですか?」
「………………」
 それ、転校生の質問タイムに聞く内容?

 口にしそうになった疑問はとりあえず沈黙で呑み込んだ。
「……えーっと、関係も何も、昨日が初対面ですけど。……理事長室に挨拶に行くのに、案内してもらっただけで
「それだけ?」
「ああ」
 ふーんとあっけなく頷いて、立野くんは着席した。え? 何それ。

「なんだ立野質問はそれだけか? 他には?」
「大丈夫です」
 短い一言が返ってきて樫村先生はそうかーと答えた。
「他に質問のあるやつはー?」
 一段とざわざわが激しくなる。

「佐倉くんはオタクですかー?」
 どっかからそんな声があがった。樫村先生は呆れ顔でため息をつく。
「おぉい、人を見た目で判断するなっていう言葉があるだろ」
「先生」
 俺は冷静に言葉を挟んだ。
「それ、俺の見た目がオタクだって言ってます」
 先生は一瞬ぴたっと動きを止めて考えて、それもそうだなすまんと言った。
 クラス中がぶわっと盛り上がる。

「でー? 結局どうなのー?」
「オタクでしょー。あの黒縁眼鏡!」
「おうちに鏡なかったんじゃなーい?」
「良かったなあ。うちの寮は部屋の洗面台に鏡あるぜ?」
「玄関に姿見もあるしな!」
「何オタクー?」

 なんか、地味にして目立たないようにしたかったのであって、オタクとして注目を浴びる気はさらさらなかったんだけどな……。
 でもとにかく、盛り上がってしまったものは仕方がない。
「……えっと、何のオタクかと言われても……、とくに趣味もないつまらない奴なんでそっとしといてもらえると助かります」

 いや、俺あんまり目立っちゃいけないからね?
 余計な情報を与えないように自己紹介終了のお知らせをしたわけなんだけれども。

 逆に変な奴だのキモイだの盛り上がってしまって、どうやら逆効果だったようで俺は顔を引きつらせた。