9<食堂>

 昼休み。
 俺は当初の予定とは違って、食堂を友達と連れ立って利用する流れになっていた。
 友達っていうのは当然、安達と萩迫だ。俺はまだこの二人としかまともに名前を名乗りあっていない。あと、小野寺と。

「それでねー、中でもシェフの煮込みハンバーグってのが絶品でさあ」
 安達はさっきからずっと食堂について俺に説明をしてくれている。
 主に、メニュー内容について。
 俺たち三人は食堂の真ん中の方の席について、ただ安達の話を聞いていた。
 説明してもらった内容によると、どうやら食堂と言ってもシステムは普通のレストランのそれと同じらしく、メニューのオーダーも配膳も全部スタッフに任せればいいのだそうだ。しかも支払いは、年組と出席番号を生徒手帳を見せながら言えば、月ごとにあとでまとめて請求してくれるらしい。たしかに昼休み終わりに会計が殺到すれば授業遅刻者が続出だ。
 金持ち学校はシステムもすげぇ……。

「ほんともう、ここのは他のどんな店のハンバーグにも負けないね! だってシェフはキャトルセゾンの本店で修行を積んだってんだからね。フランスだよ? 本場だよもう!」
 ……きゃとるせぞん? なんか、有名なレストランらしいけど、よく分かんないから適当に相槌打っとこう。

 安達に勧められるままその煮込みハンバーグをオーダーした俺は、今ちょっとかなりどきどきだ。
 フランスに本店がある有名レストランのシェフが作る料理。
 そんなの滅多にお目にかかれないじゃないか。

 値段もそれなりに金持ち学校の設定になっていたけれど、それでもレストラン行ってオーダーするより安いっていうのは何となく分かる。
 毎日ここで食べるとかいう贅沢はしないつもりだけど、たまに食べる分にはすっごくいい。

 そうこうしているうちに、運ばれてきた料理は本当に、見た目からしてそんじょそこらの食堂メニューからはかけ離れていた。
 添えてある野菜からして色とりどりで、普通のスーパーでは見かけなさそうなものがいっぱい使ってある。
「うーわー……」
「ね? ね? おいしそうでしょ?」
「うん、マジうまそう。こんなの久しぶりに目にした……」
 入院中は病院のまずいご飯だったし、退院したのはつい最近で、こっちに来る準備に忙しくて適当にコンビニとかで済ませてた俺は、もう何年もうまい料理を食べてなかった気さえする。
「一口食べてみろよ。本当、絶品だから」
 萩迫にまで背中を押されて、俺は恐る恐るナイフとフォークを手に持った。

「…………ん、めぇえー!」
 あああああ、口の中で! 肉汁が! じゅわーって! ぶわぁあって!
「うわぁあ、肉汁やべー……、この食堂、食堂じゃねえ。レストランだ……」
「でっしょう?」
「あっはっは。幸せそうに食うなぁ佐倉」
 いやだって、これは幸せになるでしょう!
 美味い美味いを連発しながら食べる俺に続いて、二人も自分の分に手を付け始める。当然、俺と同じ煮込みハンバーグだ。
 絶品であることを強調するうちに、何度も食べている自分たちもまた食べたくなったらしい。三人仲良くハンバーグだ。

「ははっ、佐倉眼鏡外せばいいのに。曇ってるぞ」
 萩迫に笑われて、俺はセットについてたパンを呑み込みながら首を横に振る。
「……んなに、気にならね」
「こっちが気になるよー」
 答えた俺にくすくす笑いながら同意する安達。
 いやうん、ほんとは気になるんだけど。でもここ人多いし。誰が見てるか分かんないし。
「大丈夫大丈夫」
 ムキにならずに適当に返事をすることで俺は眼鏡の話題をかわした。

「それならいいけどさ。あっ、こら光、お前ほっぺにまたくっつけて」
 ふと、萩迫は俺の眼鏡から安達の顔に視線を移して、その頬にくっついていたパンくずを指摘した。そして。
「あ、ごめんって」
 それを何気ない動作でひょいっととると、その指を舐めて……食べた? のか?
「………………」
 固まる俺。

「……えーっと」
 あれか? 女子高に行ってた一番上のあや姉ちゃんの言葉通り、同性しかいない場所で芽生えることがある、アレか?
「二人は……お付き合いしてんの?」
 俺の問いかけに、二人はきょとんとした顔をして、固まった。

「え、えええええっと!!」
 そんで、顔を真っ赤にさせる安達。
「えええええ、えっと!!」
「何恥ずかしがってるんだ? 今さらだろ、光」
 おろおろと動揺しまくっている安達光とは対照的に平然として落ち着きまくっている萩迫要。
 つまりは、答えはイエスなわけね……。

「だって! だってだって! 佐倉くん絶対びっくりするよ!? だって転校生だよ!? 外から来たんだよ!? 絶対ノーマルな気いっぱいするもん!」
「だからって隠すのもおかしいだろ。友達なんだから」
「あー、ありがと……」
 さっき話しはじめたばっかりなのに、あっさりと友達だと口にしてもらえて俺はなんだか照れた。おっと待て! 話題はそこじゃない!

「まあ、隠すつもりもなかったからそのうちバレるとは思ってたんだけどな。佐倉ってこういうの偏見ある方か?」
「え、いや、別に……」
 偏見あるかと聞かれたら、あるなんて超答えにくい。まぁ本当になかったからいいけど。
 俺を巻き込まないならどうぞお好きに、って感じだ。

「そっか。なら問題ないじゃないか。いつまでもスネてるなよ、光」
「だってー。いきなり聞かれたらやっぱビックリするよー」
「あ、ごめん」
 言われて確かに不躾な質問だったことに気付く。
「なんか昨日の今日で俺も驚いたんだ。男子校でしかも全寮制っていうから、多いのかなぁとは思ってたんだけど、まさかこう頻繁にぶち当たるとは思ってなくて……」
 葉姉ようねえのオタク知識のおかげで意識にはあった。けど、まさかなって思いも強かったんだ。

「昨日の今日って、なんかあったの?」
「いやそれがさ。いきなり押し倒されて」
「ええっ!」
 盛大に驚く安達。声こそ出しはしなかったものの、萩迫も驚いて固まっている。
「いや、蹴り飛ばして逃げたから全然未遂だったけどさ。でももし女の子相手だったらそう簡単に襲えないと思うんだよな。無理矢理なんてしたらすぐ壊れそうだし。男だから多少怪我させても大丈夫だし気楽に襲えんのかなーって。超気軽なノリで押し倒されたからさー。ここそういうの多いの?」
 昨日そんなこと考えたんだ、と付け加えると、安達はふるふる震えて涙目になった。

「そんな悲しいこと思っちゃ駄目だよ! 女の子じゃないから乱暴にしてもいいなんてそんなの違うよ! ノリが軽かったのはきっと……っ、真剣に告白して真剣に断られるのが怖かったんだ! 拒絶されたときに傷つくのが怖くて、そうなったら冗談で済ませられるようにっていう、臆病で可愛そうな人の唯一の手段だったんだよ……!!」
「……………………」
 嘘ぉ。
「光。分かったから。お前の恋愛至上主義は分かったから」
 萩迫が何かを諦めたような顔で安達の頭を撫でている。

 安達の言葉をぜひ本人に聞かせてやりたい。
 そしたら己の軽薄な行動を猛省したりしないだろうか。……しないか。
 俺が一人で考えていると、萩迫が酷く残念そうな顔で振り返ってきて俺の名前を呼んだ。
「佐倉……。確かにこの学校は多いんだ。そういう気軽な奴が。男ってのはとにかく出さなきゃなんない生き物だからな。男ばっかでしかも寮生活となると、やっぱ不健全なんだよ……」
「あぁ。やっぱそう」
 昨日の夜、整理して導いた推論は正解だったわけか。

「いや、俺たちみたいに真剣に付き合っている相手とか想ってる相手がいる奴はみんな真面目なんだ。真面目に恋愛してる。ただ、確かに性欲処理の為に手近な相手と感情抜きにして寝る輩が多いのは事実だ……」
「要までそんなこと言って!」
 安達が叫びだしたのを、頭を撫でることによってすかさず黙らせる萩迫。すげぇ。

「ほんと、佐倉の言うとおり、男なら多少怪我させても無理させても、って感じなんだろうな。無理矢理押し倒されたって話も聞かないこともない。見た目のいい奴は特に女の代わりにされる。根っからのゲイじゃない奴らにとったら押し倒す相手はやっぱ女の代わりなんだ」
「…………俺、大丈夫じゃないか?」
 萩迫の話で俺はふと思った。
 見た目、こんなんだし。
「……まぁ…………うん、用心はしてくれ。華奢そうだから、ちょっと気は付けたほうがいいかも」
 萩迫が俺の見た目には言及せず、警戒を促す言葉をくれた。いい奴だなぁ。ネクラとか面と向かって言ってきた会長なんて、最低だ。