10<神様>

「というか……ん?」
 何かを言いかけた萩迫が言葉を止めて視線を横に流したので、俺もつられて目線を動かした。
「ん? なんだろ?」
 首をかしげる安達。その向こうの食堂の入り口付近が何やら騒がしくなっているようだった。

「あれ、会長じゃないか?」
 萩迫が言う。
 会長? って生徒会長? って、いままさに俺の脳内で話題だったあの!?
「……げ」
 俺は二人には聞こえないような小さな声で嫌悪を呟いた。
 だって強姦魔――未遂だけど――になんか、絶対会いたくない。

「珍しい……一人だ。いつも生徒会の誰かといるのにな」
「忙しいのかなぁ? やっぱ両立は厳しいのかなあ」
「あー、うん。復活はなぁ……。みんなして欲しいって思ってるけど、吾妻 ( あづま ) 先輩留学しちゃったしな……」
「ないのかなぁー?」
 二人は、なんか、俺によく分からない話を呟いている。
「復活って、何が?」
 俺は会話に疑問を挟んでみた。

 すると、二人はまたもやさっきのようにキョトンとして俺を振り返る。
「……あぁ、そっかあ。転校生だもんねぇ、知らないよねぇ」
「なにを?」
「去年の話だよ。俺たちはまだ中等部だったんだけど、そんとき高等部に、中等も初等部も巻き込む超絶人気の校内バンドがあったんだ。雑誌とかが取材に来たいとか言ってきてたくらい。断ってたみたいだけど」
「そうなんだ! ほんともう凄かったんだから! カリスマだよカリスマ!」
「へぇー」
 俺は二人の話に素直に感心して相槌を打った。
 なんだ惜しかったなぁ。一年ズレてたら俺もそれにお目にかかれたのに。そんな人気が出るなんて、どんな音楽をやってたんだろう?

「で、去年の話ってことは、解散したの? それで復活して欲しいって?」
 ちょっと話が見えてきた。
「そうそう。メンバーの一人で吾妻先輩って人が留学しちゃってね、それで、吾妻先輩いないのに続けられないって言って。ほんと、惜しいよねえ」
「留学……」
 そうか。校内バンドの為だけに、自分の将来に関わるだろう留学を取りやめになんてできないよな……。

「……んで、会長がメンバーの一人だったとかっていう話?」
 あのイケメンっぷりなら、ステージで空気ギター弾いてたって様になるだろうとは思う。人格を肯定する気はないけど。
 そんなことを思っていると安達が違う違うと手を振った。
「そうじゃなくて、今の生徒会のメンバーのほとんどが、その時のバンドのメンバーなんだよ」
「え?」
「前年度の生徒会からの推薦も、生徒の投票も、文句なし。全員成績も優秀な人たちだったからな。先生たちからも推薦されて。ねえ?」
 安達に話を振られて萩迫は、ああと力強く一回頷いた。

「全校生徒をひっぱる力とか、バンド内でのチームワークの良さとかも評価されて、バンドが解散するならその力をぜひ生徒会で、って理事長も推薦したらしいよ」
「……凄いな」
 どんだけカリスマなんだ。

「で、バンドが解散しても、チームが解散してないわけだから、何かのきっかけでまたバンド復活しないかなってみんな期待してるわけだ」
「へええ」
 そんな風に言われたら、ぜひともこの目で見てみたくなる。よし、俺も復活希望者になってやろう。……とくに何かするわけじゃないけど。

 ようするに、その留学しちゃった吾妻って人が担当してたパートを、同じくらいの実力でこなせる奴がいればいいんだよな。
 どこのパートなんだろう? と思いながら俺はハンバーグをまた一口、口に放り込んだ。
「……うめぇ」
「ハンバーグか。結構いいセンスしてんじゃねえか」
 声は頭上から振ってきた。

「う!?」
 ハンバーグが口に入っているせいで変な声が出る。
 安達も萩迫も俺の後ろを見て固まっていた。
「……っ、の、ごうかんま!」
 やっとの事で噛み砕いた肉を喉の奥に流し込んで俺は口を開く。
「はいはーい」
 俺の形容に高嶺の生徒会長はひらひらと手を振って見せた。何だその余裕!?

「ささささ、佐倉くん、生徒会長と知り合いなの……!?」
 なんかさっきから見慣れた感があるけど、さらにガタブルと動揺しまくった安達の声に、俺は高嶺が恐れられてるんだと思った。だって、強姦魔だもんな。こんな大勢人がいるとこじゃ仕掛けてこねえだろうけど。

「知り合いっつーか、昨日が初対面だっつーの。さっき話してた強姦みす――」
 続けようとした言葉が、途中で止まった。
 大きな手に口を塞がれたからだ。
「んう!?」
 何しやがる、と暴れかけたちょうどその時。
 ぎゃーだのきゃーだの変な悲鳴が周りから聞こえてきて、俺は動きを止めた。

「……佐倉夏樹」
 そんな悲鳴などどこ吹く風とばかりに、高嶺は俺の口を解放し、話しかけてくる。
「昨日の言い分を撤回しようと思ってな。眼鏡も前髪も、そのままにしとけ。会長命令だ」
「はあ!?」
「言ったからな。無視すると、酷いぜ?」
「ぁあ? っちょ、待ておまっ」
 いい逃げて去ろうとする高嶺を追おうと立ち上がりかけた俺は、俺の腕に必死でしがみ付く安達の存在に気が付いて、その機会を逃した。

「な、なんだよ安達」
「ななな、何ってこっちが聞きたいよ……! いつの間に、いつの間に……! 会長には特に親衛隊とかいるのにっ、抜け駆けには制裁が……!」
「はぁあ?」
 安達が口にする単語は意味が分からない。
 抜け駆け? 親衛隊?
「……転校生だから、知らないんだろうけど。……うちの学校じゃ、生徒会は神の国で、会長はまさに神様なんだよ」
 萩迫が分かりやすい例えをポツリと口にした。

「……なんつぅ神様だよ」
「神様だよ。ここに来たばっかだからそう言えるんだ」
「…………」
 あんまりにも萩迫が真剣に言うので、俺はつい沈黙してしまう。
 郷に入っては郷に従え、ってか?
 まあ、自分がそれを選択するかどうかは置いておいて、自分のいる世界の共通認識は知っといたほうがいい、かな。

「どういうこと?」
 俺は尋ねた。

「人間は嫉妬深くてね。一人だけ神様に気に入られちゃったりすると、人間から復讐に遭ったりする」
「………………」

 なんか、よく分かった気がする。
 今現在の、周りの俺を見る目。
 オタクだのネクラだの、なんであんな奴がとか最低とか、穢れるだとか消えろだとか。死ねと言われるのも時間の問題っぽい。

「……もしかして、今大勢を敵に回した感じ?」
「かなり」
「二人は?」
「いや、俺たちは神様より互いがいればいいから……」
「あぁそう。良かった」
 せっかくできた友達がいきなりこんなことで離れていったら超切ない。

「でも、生徒会への憧れ強い奴は今きっと目標をロックオンしたと思う」
「…………俺か」
 昨日の事といい、今日の事といい……。
「こうなる事分かってて話しかけてきたなら、悪趣味な嫌がらせだな」
「…………佐倉、見た目から変えてみるとかどうだ?」
 萩迫は、何やら極まって涙目のままの安達をよしよしと撫でながら俺にそう提案した。
「……なんで?」

「いやその。気を悪くしないでくれるといいんだけどさ。その眼鏡とか、前髪とか……、それだけで、周りの敵意がだいぶ和らぐと思うぞ」
「……こんな冴えない地味男くんだから余計に神様のお気に入りに納得いかないって?」
 俺だってお気に入り、って点は納得しがたい。したくねえ。
「……みんな見た目を気にするからな」
「………………」

 でもな……。それはちょっとな……。あんまり顔、晒しまくるのはな……。
「なあ、佐倉」
 俺が考え込んでいると、萩迫がふいに身を乗り出してきた。
 え、と反応する間もないまま、自然に伸びてきた手が視界を覆い……。
「だっ!」
 眼鏡を取られた。
「ちょ、かえ……っ」
「会長の言ってた眼鏡と前髪はそのまま、って何?」
 眼鏡を奪取しかえそうとした俺の顔をよく見ようと、待ってましたとばかりに顔を近づけてくる萩迫。
 俺はとっさに見られまいとして、立ち上がった。

「……佐倉」
 だって。だって。見られて、もし、気付かれたら……。大問題になるわけで。いや、俺が原因じゃないんだけどさ!

「佐倉?」
 どうしようもない。
 どうすればいいかも分からなくて。
「おい、佐倉……っ」

 気が付いたら俺は、その場から逃げ出していた。