101<痛み>

 そいつが視界の端で何度も何度も放電を見せ付けてくるから、何とか平常心だけは保とうと目を瞑っていた。
 何人か仲間が合流してまた移動の為に抱え上げられる。
 遠くで人の気配がする度に押し当てられてる電極をさらに押し付けられた。この事態を知らせようと一度声を上げかけたら容赦なく電源を入れられて、それ以来心臓の早鐘が止まらなくなってしまっている。
 一階まで階段を下りた後、寮の裏手側に出たらしく、その後どこに移動しているのかはあまり方向感覚のない俺には分からなかった。

「…………っ」
 いっそのこと、過呼吸でもパニックでも早く起こした方がいいかもしれない。綾瀬たちの時がそうだったらしいように、様子が変だとか焦って逃げてくれたらとりあえずそれで助かるんじゃないだろうか。
「……っ、う」
 でもとにかく、この凶器を何とかしないと体が痺れて言う事をきかない。
 回復するまではスイッチを押されないようにしないと、逃げ出せるものも逃げ出せない。チャンスはそんなに多くないはずだ。

「はい、無事到着ー」
 俺は全然無事じゃねえとか思いながら、下ろされた場所がどこなのか確かめようと辺りを見回した。
 建物というより、納屋って感じの建物が建っている。でもまあうちの学校の敷地内ってだけはあって、小奇麗な感じの。
 で、仲間の一人が窓をがらっと開けて、そこから中に侵入していった。
 ……窓の鍵が壊れているらしい。
 めちゃめちゃ無用心なんですけど!
「うちの敷地、木とかいっぱい生えてるからねー。年に何回か業者が剪定とかするわけよ。んで作業員が寝泊りしたり、工具保管してあったりすんのがココ。便利だろー? だーれも来ないし、見回りとかも対象外。助けなんか期待するだけ無駄だと思った方がいいよ? あぁ、携帯持ってる? 電源切っとこうか」
 そいつは言いながら俺のジーンズのポケットに手を伸ばしてきた。

「っ死ね!」
 口をついて出てきた悪態がそれってのもどうなんだ!? とかワケの分からないことを思いながら、他に方法がないので体当たりをする。
 ひとまず大人しくしてたから痺れもだいぶ無くなってるし、中に閉じ込められたらもう逃げ出すチャンスなんてほとんどないはずだ。
 ふいを突くなら今しかない。
 今まで大人しくされるがままだった分、相手は油断していたらしく、すぐに体勢を崩してくれた。
「てめっ」
 聞く耳持たず、足を振り上げて、スタンガンを蹴り飛ばす。それからそいつの股間に前蹴りを叩き込んだ。
「う゛っ!!」
 だいぶ痛かったろうけど俺だって痛かったしお互い様だ。
 むしろまだ足りねえと思いつつも、一瞬あっけに取られたらしい連中の間を抜けて走り出した。

「あ、あの野郎っ」
「調子乗りやがって!」
「逃がすな!」
 来た方向に向かって走る。
 陽が傾きかけている上、今日はどうやら薄曇りらしく、足元の視界は悪い。けど、整備された雑木林は意外と走りやすかった。
 ただ最大の問題は、縛られたままの腕だ。
「っはぁ、はっ」
 逃げ切れなくてもいい、誰かが騒ぎに気付く距離まで行けば……。
 そしたら後はヘルプミィを叫ぶだけだ。恥も外聞も知ったこっちゃない。このままボコボコにされるよか随分マシだ。

 木々の間から寮の建物が見えてきて、なんでまだあんなに遠いんだと顔が引きつりそうになった時。
「……っ、ぅあっ」
 服が後ろに引っ張られてバランスが崩れた。

「てっめえ、手間かけさせやがって!」
「ふざけんじゃねえ!」
 気付いたら地面に転がっている。胸倉を掴まれて体を起こされ、こめかみの辺りが痛みに揺れた。殴られたらしい。
 半ば吹っ飛ばされるように土の上に突っ伏して、ぐらぐらする世界を耐える。背中の上に誰かが馬乗りになってきて、身動きが取れなくなった。
「……ぅ、……あ」
 声を、声を上げないと。
 この距離じゃ届くか分からないけど、誰かに気付いてもらわないと。自力じゃもう逃げ出せない。
 相手は多くて、俺は一人で、体も自由ではなくて。
 ……誰か、……だれ、誰を?

「あ……」
 だれがいるんだ? この森の向こうに。
「大人しくしてりゃいーんだよ!」
 後ろ手に縛られた腕をさらに捻り上げられて、思考がばらける。
「面倒かけさせやがって!」
 足に痛みが走った。
 蹴られたんだと分かっても、蹴られないようにする方法が分からない。
 だったら痛覚なんてなければいいのに。
 危険を回避する為に人は痛みを感じるって聞いたことがある。
 じゃあ、回避できないと分かりきってる危険には、痛みの存在理由がないじゃないか。

「ちっくしょーっ、油断した! マジありえねぇコイツ!」
「股間蹴るとか男の風上にも置けねぇな」
「ははは、お前ら猛ダッシュしてっし」
「るせえ、おら、それ貸せよ」
 声が色々近付いてくる。

「ちょ、俺にやらせてよ、礼はちゃんとしてやんないと」
「お前が隙見せるからだろ。走ったのは俺だ」
「……くっそ、後でキッチリ詫び入れさせてやる」
 聞きたくない。何も見たくない。
 音がする。痛みの前の、音。
「さあて、覚悟はいいかぁー?」
 背中に、何か、当てられて。
「うあ゛ぁっ!!」
 痛いのか熱いのかワケがわからないうちに声だけが出た。

「あ゛! う゛ぁあ゛アっ」
 そんなに悪いことをしたのかと愕然とする程、痛くて長い。
「ア、あ゛、……っ」
「うっわ、すげー、いたそ」
 苦しくて、息を吸うどころじゃなくて、もう声すら出せなくて。
「……っ、ッ、……」
「っはー、これ凄いな、何、改造とか?」
「ぃ……、ぁ」
 終わったことに気付いた時には指一本動かせなかった。
「してないって、ちゃんと正規のやつだし。まーね、業務用だよね、現金輸送の警備員とかが使うの」
「まじで? お前えげつないなぁ。痴漢相手ぐらいのにしといてやればいいのに」
「だってそれじゃ面白くないじゃん。痛い奴じゃないと。それより、もっとしてやんなよ。俺らをナメてくれちゃった落とし前」
「ははは、だよな」

 髪をつかまれたみたいで、顔をあげさせられる。
「可哀そーに。服も顔も土まみれで。次はどこがお好みだ?」
「……ぅ」
「……、あー、っれ?」
「どした?」
「うーっそ、嘘うそ。ちょ、これ見てみ?」
 頭が、ぼうっとする。
 ここがどこだか分からない……。
 なんで、なんで外にいるんだ……。
「うわ、え、俺たちこれ相手してたわけ?」
「嬉しい詐欺だよな」
「げ、俺なに後ろからとか勿体無いことしてたんだ」
「あー? どうかした?」
「ちょ、見てみろよ。前髪眼鏡の根暗ちゃん。騙されたぜ」

 いつの間にか灰色の空と、木の枝と暗い色の葉っぱが見えている。
 影になった人間の顔がいくつかと。
「……ぅか、は……」
「あ?」
「やくそく……、ちが……」
「あー? なんだってー?」
「なんでもいいって。はは、失神一歩手前って感じだな」
 体がゆらゆらする。
 乗り物のなか? まさか、だって、森にいるみたいだ。

「次やったら完全に落ちるなぁー……、とりあえず場所移そか」
「お、なんだよ。意見が変わったんじゃねえの」
「だってコレだよー? もったいないっしょ。不細工まわしたって萎えるだけだけど、コレなら俺、金払ってもいーね」
「うわー、せっかく払うなら女じゃなくて?」
「分かってないなぁ。男は興奮するよ?」
「俺なんて顔だけでたつぜ」
 楽しそうな声は聞こえるのに、なんて言ってるのかが全然頭に入ってこない。

「お前らさっきまで根暗眼鏡とか呼んでたくせに」
「ちっげーよ、前髪眼鏡だよ」
「ははは。眼鏡と前髪ないと結構な美人ー。会長これにやられたんじゃね?」
「もう飽きられてるけどな」
「美人は3日で飽きちゃうんだよなー。可哀そうに」
 うるさい、し、ガンガン響く……。

 何をしてたんだっけ。
 何をしてるんだっけ。
 誰か……、誰かの、名前を……呼びたかったはずなのに……。
 あぁ……、なんか、暗い……
 ここは、なんで、森の中……、なんで、俺だけ。
 …………ころした、って何……。
「そんな……、なんで」
 どうして俺だけ。
 全部代わるって言ったのに……っ、
 あぁ、うそだ、こんな、ごめんなさいっ。

 いなくなればらくになるなんて、おもってなかったっ、
 いなくなってよかったなんて、おもってない……!