105<原因>

 人の話し声で目が覚めた。
「…………ぁー、けほっ」
 喉がからからでヒリついてて、声がうまく出ない。
「なっちゃん!? なっちゃん気が付いた!?」
「う、ん?」
 耳元で、やたら懐かしい声がする。
 いや、そんな懐かしいと思うほど会ってなかったわけじゃないけれど。
「……ひ、かる」
「そうだよ、僕だよ! あぁ良かった……!」
 涙目になりながらベッドに突っ伏す光を見て、俺は思わず手を伸ばす。光の頭をくしゃくしゃと撫ぜた。

「な、何してんの……」
「……いや、いい奴だなと思って」
「何言ってんのさぁー!」
 光は本気でボロボロ泣きながら抱きついてきた。
「こ、こら光っ、上に乗っかったら重いだろうが!」
 横から要の声もして、辺りを見回すと、どっかの部屋のベッドで寝かされてるのが分かった。
「佐倉くん、水、飲めるかい?」
 丸山先生が水を注いだグラスを持ってくるのが見える。
 ものすごく喉が渇いていた俺はとっさに起き上がって、それから体中の痛みに気が付いた。

「あぃ……ててて」
「なっちゃんっ」
「佐倉くん、慌てなくていいからっ」
「だ、大丈夫か?」
「いや、……あー、そうか俺……」
 寝起きでぼうっとしてたせいか、意識がそっちへ行っていなかったけど、痛みが記憶を呼び起こしたみたいだった。
 好き勝手、された気がする。
「……と、とりあえず水ください……」
 考えるのが面倒になって、そう答えた。
「ゆっくり、一気に飲まないようにね」
 そんな注意事項を受けながらグラスを受け取ると、手首に巻かれた包帯が目に入る。
「…………」
 なかったことに、できないかな。
 痛みと怪我の跡さえなければ、忘れてなかったことにできるのに、事故の傷跡と一緒で、そうはできないんだろうな。

「いま……何時ですか……?」
「今? えーっと、……もうすぐ9時になるとこ……だね」
「9時……」
 高嶺は、帰るの10時前って言ってた。
 ……どうしようか。
「………………」
 何があったか聞いて、高嶺がなんて言うのか、ちょっと怖いなぁ。
「……あのー、ここどこですか? 俺、なんか途中から記憶があやふやで……。誰がここまで? 俺どうなってました?」

「俺だよ」
 部屋の入り口の方から、聞き覚えのある声がした。
「俺だよ、佐倉ちゃん。俺が見つけて、ここに運んだんだ。ここは俺の部屋」
 視線をめぐらすと、その先に、……宮野先輩。
「そこのお友達二人が佐倉ちゃんのことすごい探しててさ。高嶺に知らせようと思ったらしくて5階の生徒会メンバーのフロアうろついてたんだ。そこに俺がたまたま通りかかって」
「……そうなのか?」
「だ、だって、遅いなぁと思って携帯かけても通じないしっ、迎えに行ってみたら、エレベーターの前になっちゃんの眼鏡落ちてるしっ」
「あ……そんなとこに……」
 途中で眼鏡がないとは思ったんだ。そんなとこに落としてたのか。
「それで僕らっ、絶対親衛隊関係のことに巻き込まれたんだと思ってっ! だったら会長に頼るのが一番いいって思ったんだ! 親衛隊に何か言えるの会長だけだしっ! そもそもっ、会長が親衛隊から護るって言ってたんだよね……!? なのになんで、なんでこんなことになるのさ……!」
 光は顔が耳まで真っ赤になっている。

「……いや、別に、高嶺が悪いわけじゃ」
 俺は条件反射的に高嶺を擁護していた。
 そしたら光は握り締めた手をふるふる震えさせる。
「分かってるよ……! でも護り通してくんなきゃ! 自分が皆から慕われてるの知っててなっちゃんが目ぇつけられるようなやり方を選んだんだからっ、その責任はあるよ……!」
「………………」
 確かに、光の言う事は、尤もで、本人も自覚してたし、正論なんだけど……。
「あーっ、でも違うの! ごめん……! 僕だって悪いよ! なっちゃんが目ぇつけられてるの知っててっ、ご飯誘っといて迎えにも行かなかった! ごめんっ、本当にごめんなさい……!」
「い、いや、そんな、そんなの……違う、光が謝ることなんて、何にもないよ……」

「佐倉ちゃん、俺もそう思うよ」
 悩んでいたら、不意に横から意見が飛び込んできた。
「そもそも、佐倉ちゃんが今反発を食らってる原因は高嶺のあの放送じゃない? 慎也は選択を間違えたと思うよ。……きっと舞い上がってたんだろうけど。初めての本気って気持ちにさ」
「………………」
 淡々と語る宮野先輩は、いつもの砕けた口調じゃなくて、ちょっと気圧される。
「自分の気持ちが中心で、自己満足で動いた結果がこれだよ。……佐倉ちゃんを泣かせたくない者同士、こういうことなら、ちょっと黙ってられない」
「………………」
 俺は、なんて答えればいいんだろう。
「俺、佐倉ちゃんを高嶺から離したいよ。……泣かせたくないから」
「……………………」
 返す言葉が見つからず、黙り込んでしまう。

「なっちゃん……、僕も、ちょっとね、思うよ……。友達になったって言ってたじゃない? でも、一回ね……仲良くするの、落ち着くまでやめた方がいいと思うんだ」
「…………な、なんで」
 光の口から聞いた、思ってもみなかった言葉は、結構ショックだ。
「ごめんね……、僕、なっちゃんと会長が友達になったの、喜んだけど。結局、僕が誇らしかっただけなんだ。友達のなっちゃんが、あの会長に気に入られて友達になってるとか、すごくカッコいいなって思って。僕の気持ちでモノ考えてて、なっちゃんの為になること、考えもしなかったんんだ……」
「…………そ、そんな」
 そんな光の言い分は、初めて聞いた。
 いつだって、要や俺の為を思って行動してくれてる光じゃないか。

「……そんな、光が……気に病むことじゃ……、俺が、気をつけてなかったから……」
「夏樹、俺も……、ちょっとそう思う……。友達やめろとは言わないけど……、しばらく距離置いた方がいいと思う。俺たちは夏樹の味方だけど、こんな少ない味方だけじゃ、何の役にも立たないよ……。現に今日、役に立たなかったし……」
「……いや、そんな……っ、ちがうし……!」
 あぁ、何を否定したいのかも分からない。
 俺は、俺はどうしたらいいんだ……?
「ね? 僕らも会長に言うから。なっちゃんのこと好きなら、ほとぼり冷めるまでくらいの間、そっとしておいてくださいって」
「もともと、恋人は無理だけど友達ならって話だったんだろ? 会長だって、友達のまま悶々としてるより、離れたほうが気持ちも整理できるさ」
「……ちがう……ちがうんだ……」
 そんなことを言われるなんで思いもしなかった。
 捕まって、散々な目に遭ってるときは、時間さえ過ぎれば終わってまた元通りに過ごせるようになるって思ってた。

「違うって、どうしたの? 何が違うの?」
「……だって……そうじゃなくて……っ」
「なっちゃん?」
「ぅ……」
 どうにも止められなくて、涙がじわっと溢れた。
 あぁぁぁ、ほんと泣いてばっかだな俺。そろそろ泣き虫の称号が得られそうだ……。
「えっ、えっ? なっちゃん!? どうしたの!?」
「夏樹!?」
「ちがう……」
 消え入りそうな震える声を自覚する。
「ちがうんだ……、おれの、……俺の方が……」
 涙がぼろぼろアホみたいに出て止まらない。
「ど、どうしたの!?」
「俺が……、もう、どうしようもないんだ……」
「え?」
「…………好きなんだ」
 それしか、説明できない。

「好きなんだ……高嶺のこと……」
「……えっ。……ええ!?」
 光はちょっと考えてから理解したみたいに目を丸くした。
「そっ、そうなの!?」
「な、夏樹、それ会長には……」
 要まで、珍しく盛大に焦っている声が聞こえる。
「……ご、ごめ、……黙っててごめん……っ」
「え、ちょっ、なっちゃん!?」
「あんなに有り得ないっつってて……、結局付き合ってるとか……、恥ずかしすぎて……言えなかったんだ……」
 頼むから止まってくれ涙……。

「………………つ、付き合ってるの?」
「……う゛ん」
 鼻が詰まって変な声になる。
「会長の片思いじゃなくて? 両思いなの? 付き合ってるって、もう恋人なの……?」
「……っ」
 うまく声が出なかったから、投げやり的に思いっきり首を縦に振った。
「……っえ、えぇぇええっ!?」
「ちょ……夏樹っ、なんでそれを早くっ」
「嘘うそうそっ! えっ! 本当!?」
「うぅうぅぅ……、嘘なんかっ、……ついてねー」
「えっ、じゃあちょっと……っ」
「たかみね……っ、いま、どこ……っ」
 カミングアウトに至った涙の勢いは、留まることを知らず、なんとか冷静だった気持ちを一気に引っ掻き回す。

「高嶺ぇえ、……くそ……ばっか、やろ……」
 早く帰って来いよ、お願いだから……! 高嶺が帰ってくるまで目ぇ覚めなきゃ良かった!
「なっちゃん……」
「うぅ、うっ」
 冷静に考えて、あの状況じゃもう助かるわけないって分かってたけど、それでも来て欲しかった。ピンチには駆けつけて欲しかった。
 俺、いつの間にこんな女々しくなったんだ?
 ピンチには駆けつけて守って欲しいとか、どこの乙女思想だよ……。
「た、かっ、みね……っう」
「夏樹……!!」
 声がした。

「……っ」
「夏樹! 夏樹っ!!」
 部屋の入り口に視線を向ける。どたばたと音がして、……声の主が、姿を現した。
「高嶺……っ」
 無意識に両手を伸ばしている。
 そいつは、声を発する間も惜しんで俺に駆け寄ってきた。
「……ッ」
 ぎゅうっと、抱き殺されるんじゃないかってくらいに抱きしめられて、俺も同じくらい抱きしめ返す。
 会いたかった。もう随分会ってない気がした。
 この腕の中じゃなきゃ、嫌なんだ。