序章
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106<大丈夫>

なんて言われるんだろうとか、嫌われやしないだろうかとか、そんなこと、会ってしまったら全部どこかへ吹っ飛んだ。
「……高嶺」
「ごめん、ごめん夏樹……。遅くなった……」
抱きしめ合ってる高嶺の鼓動が、ものすごく速い。
「……ごめん高嶺」
走ってきたんだって分かった。
「な、何謝ってんだ……。くそ……! 夏樹……っ」
「うん……、大丈夫……」
「な、何も大丈夫なわけあるか……!」
抱きしめてくる、高嶺の腕の方が震えてる。
俺はなんか、もう今高嶺に抱きしめてもらってるだけでいいや。
あぁでも、言ってた時間より随分早く帰ってきてくれたし、何だかんだ言って先輩が知らせてくれたんだろうな。
ってことは、もう大体のことは知ってるのか。
体を起こして鼻をすすった。
「ごめんな……、いや、がんばってみたんだけどさ……逃げれなかった……」
「いいからっ、謝んなって!」
「だって」
「だってじゃないだろお前は……こんな、泣いてんじゃねぇか……」
零した涙の跡を、高嶺は親指で拭ってくる。
「いやこれは……あの、別の」
高嶺の後ろにいる光と要の目が見られない……。
「別?」
「……その、あー、……告白を」
「告白? 何の?」
「……つ、付き合ってる、旨の」
「…………」
「か、感極まって? ……これは、その名残的な……」
俺の説明に高嶺は一瞬フリーズしたみたいだった。
「えー……」
高嶺はゆっくり後ろを振り返る。
そして初めて、光と要の存在を認識したらしい。
「……そうか。言ったのか」
「あ、あの会長……、ほ、ホントなんですか……?」
光がびくびくしながらその質問を高嶺に投げかける。
「……あぁ」
高嶺は短く肯定した。
「そ、そうなんですか……」
光の動揺は収まらないらしく、声がひっくり返りそうになっている。
「……俺が、甘かった」
高嶺は一言そう言った。
それ以上言葉が思い付かないらしく、歯痒そうに眉間にシワを寄せている。
「高嶺、いいんだ、俺の注意不足だった。お前に散々注意されたのに……。ごめん、そんな顔させて……」
「だから違うっ」
高嶺にいっそう強く抱きしめられる。
「お前は……何も、ひとつも悪くない。お前に落ち度なんて、一切ない。だから平気なフリをするな、……しないでくれ、頼むから」
「……だ、だってさ」
平気なんだってことにしとかないと、立ち直れない気がする。
ここが崖下だなんて気付きたくない、登らなきゃいけない壁の存在なんて、嫌いだ。
「俺たちは二人だろ……? 頼むから、一人で耐えないでくれ、情けない頼みなのは分かってる、でも俺にも背負わせてくれ……」
「…………」
一緒に、登ってくれるんだろうか。
「……たかみ、ね」
「ん?」
高嶺は小さく首を傾けて俺の呼びかけに応えてくれた。
「………………」
呼んでどうするつもりだったのか、全く考えてなかった。
高嶺は、ただじっと待っている。
頭が全然回転していない。
「……こ、こわか、った……」
とうとう、白状してしまう。
「…………」
「……ずっと、む、無理だって、分かってたけど……た、助けに、来て、ほしかった……」
「ごめん……」
高嶺の声は、本当に、悔しそうで……。
「…………高嶺」
「ここにいる」
高嶺の腕が暖かい。
「……でも、途中から、おれ、よく……、覚えてない……。夢、だったらいいのに、な……」
「夢だ。悪い夢だ。忘れろ。嫌な夢は忘れていいんだ」
「……夢、かな。……なんか、変なこと……覚えてる……」
暗い部屋だ。いつの記憶だろう。昔に見た夢? ……や、でも、なんか、リアルだ。
「夏樹?」
「森の中……、怖い……、怖いと思ってた……、怖いと思って走ってた……。何が怖かったんだ? 何だろう、いつの記憶だろう、……いや、夢だから……、いつのとか、関係、ない、か……」
でもすごい不安なんだ。俺、もしかして、今も怖いと感じてる?
ここは森の中じゃない。夢の中じゃない。高嶺がいて、怖いことなんか何もないはずなのに、なんでこんなに震えるんだ?
……暗い穴底が見える。
「うわっ、ちょ、冗談っ」
「夏樹!?」
有り得ない光景が脳裏を掠めて鳥肌が立った。
「今何か思い出しっ、いや、違う、思い出すとかじゃっ、ゆめっ、夢だ! なんの悪夢だよ、ひでえ俺、そんな夢見るなんてっ」
「しかっりしろ夏樹!」
姉ちゃんたちが、穴の底にいて、埋まってく。
「あっ、ちょ、マジでやめて! 何だコレ!」
そんな続きなんていらない、見たくない、なんで俺の頭は勝手にそんなイメージを作り出してるんだ!?
「す、ストップ……! 止めて! ストップさしてっ、ちょ、高嶺! 俺を殴って!」
「なっ、何言ってっ」
土、まみれの、手。見上げたら、薄暗い空と、濃くて暗い緑の葉。
「は、……っ、ちょ、ヤバイっ、……ッ」
息が、苦しい、気がする。
「夏樹!? 夏樹!!」
「高嶺くん落ち着いて。過呼吸だ、宮野くん、紙袋とかある?」
「ふっ、……っ、はぁっ」
丸山先生が言った言葉で、あぁそういえば俺は過呼吸になるんだったとか思い出した。
「……、紙はでかい袋しか……、ビ、ビニールだと駄目ですか?」
「この際仕方ない、持ってきてくれる? 佐倉くん、大丈夫だから、落ち着いてね」
「……っ」
ど、どうしたら落ち着けるのか分からないし!
「っは、ハぁ」
「なつっ」
頭の中で、森がぐるぐる回ってる。
目の前にいるのは高嶺なのに、ここは宮野先輩の部屋なのに、俺が見てるのはそれのはずなのに、目は勝手に頭の中の光景を選んでる。
「ハ、はぁっ、たかっ」
何とかしてほしくて手を伸ばした。
「夏樹っ」
「…………ん、ぅ」
あぁキスだ、と思った時には、頭の中の光景が高嶺でいっぱいだった。
「…………」
息はまだ苦しいけれど、収まる方向に向かってるのが分かる。
「ちょっと、高嶺くん……、最適な方法とは言えないんだけどな……」
隣から丸山先生の声が聞こえてきて、はっと我に返った時には時既に遅しだ。
「……やってみたら収まったんですよ、一番最初」
顔をあげて高嶺が答える。
俺は頭が真っ白で、フリーズ状態だ。
誰に見られたとか、考えたくない。
「まぁ、結果論だけど……、なんか、紙袋代わりってよりも、根本的に落ち着かせてるのかなぁ。初期段階だったからかな」
「効果があるなら何でもいいでしょう? 夏樹、大丈夫か?」
「………………」
だ、大丈夫なものと大丈夫じゃないものがある場合はどう答えればいいんだ?
目の前で高嶺とキスをして、たった今から、俺は大事な二人の友達と、どんな顔して話せばいいんだろう。
教えて欲しい、高嶺……。



