108<はず>

 学校を休んだ。
 一日ひたすら寝てたらなんとか起き上がれるようにはなったものの、よろよろなのはどうしようもなく、さすがに学校の授業を頑張れる気がしなかったからだ。
 一日中硬い椅子に座って授業受けるなんて、拷問だ。
 そんで、高嶺が帰るなと言ったから高嶺の部屋にいるまま無為に時間を過ごしてやっと放課後の時間。
 暇つぶしに携帯をいじっていたらいきなり着信があって、一瞬びくっとした。

「…………あ」
 ど、ど、どうしよう。
「せんぱ」
 宮野先輩だ。
「………………」
 怖い、何言われるか怖くて出たくない。
 けど、無視するわけにもいかないし、いつかは折り返しってのをしなきゃなんないし、後回しにするくらいならと思って俺は意を決した。
「……もしもし」
『佐倉ちゃん? ……俺』
 思ってたよりも柔らかい感じの声が聞こえてきて、ほんの少し、緊張が解ける。
「あ……はい。……えっと、先輩」
『あはは、何、ちょっと緊張してる?』
「え……、いや、そんなことは」
『ごめんね、調子はどう?』
「あー、まぁ……、まあまあです」
 他にどう答えたらいいのか分からない。
『そっかぁ。……や、この前はごめんね。いっぱいいっぱいだったろうに、余計混乱させるようなこと言って』
「え、あ、いや……」
 もうホント、他にどう答えたらいいのか分からない。

『慎也に聞いたんだよ。ずっと慎也の部屋にいるんだって? 大丈夫?』
「だ、大丈夫って……何がですか……?」
『いや、いくら慎也が恋人だって言ってもさ、ずっと人の部屋にいるって気疲れしないかと思って』
「はぁ……」
『あはは。しないかぁ。……起き上がったりとかは? 慎也昼は帰れてないだろ? 生徒会の仕事あったからさ。お昼どうした?』
「えと、おにぎりとアイスを……、買ってきてくれてたんで」
『そっかぁ。あ。ごめん、どうしよう』
「え?」
『いや、お見舞いに来たんだけど。カードキー借りるのすっかり忘れてた』
「えっ」
『あはは。ドアの前まで来たってのに、間抜けだなぁ俺』
「あ、あの、ちょっと待ってください……、開けます」
 ベッドからよろっと起きだす。

『あー、ごめん、大丈夫? 辛いのに動かしてゴメン』
「いえ、ゴロゴロしてたら余計治るものも治りませんし……」
 高嶺の部屋は広い。生徒会メンバー用の私室は特別仕様だから当然なんだけども。
「……ど、どうも」
「やあ」
 部屋のドアを内側から開くと、そこに少し微笑んだ宮野先輩がいた。
「顔色は、そんなに悪くないみたいだね」
「はぁ……、って、うわ!」
 曖昧に答えたら、いきなり脇の下に手を差し入れられて思わず声が出た。
「なななっ、ちょ!」
「お詫びにベッドまでは運ぶよ」
「何言って!」
 制止する間もなく抱き上げられてしまう。
「おおお、おろして下さっ」
 よ、横抱きとかされて、大人しくできるわけがない。
「だって辛いのに俺の間抜けのせいで歩かせちゃったんだもん。申し訳なさすぎて。大人しく運ばれてくれない?」
「だっ、なっ、ちょっ!」
 意味が分からなかったけれど、ずんずん歩かれてしまってもうどうしようもない。

「寝てたのこの部屋? 仕事部屋じゃなくて、私室の方?」
「えっ、あ、いや、まぁ……」
「……別にいいよ。恋人同士だもんな。一緒のベッドで寝るのが普通だっしょ」
「………………」
 なんて答えればいいのか分からなくて、黙るしかなかった。
「まさか慎也、仕掛けてきたりしてないよね?」
「なっ、なんっ、ないですって!」
 慌てて否定する。
「だよね。さすがにね。……怪我人の佐倉ちゃんにそんなことしてたら、さすがにぶっ飛ばすよ」
「………………」
 ……キスとかは、この場合、ノーカウントだよな?
 いや! カウント有りでも言わない! なんで言わなきゃなんないんだ!
 てか俺! 猛烈に思考が恥ずかしい……!!
 寝る前にしたキスのこととかっ、なんで思い出してんだ!!

「……佐倉ちゃんって、ホント分かりやすいね」
「えっ!?」
「ううん。……下ろすよ? いい?」
 先輩はそう言って、さっきまで寝転がっていたベッドにそろっと下ろしてくれた。
「……ど、どうも」
 とりあえず運んでもらったのだからと頭を下げる。
「そんな他人行儀にしなくていいよー。佐倉ちゃんのこと好きだからやってるだけだし?」
「………………」
 困る。
「…………」
 本当に、困る。
「……あの」
 なんで高嶺は、俺が高嶺の部屋にいるって言ったんだ。見舞いとか、なんで止めてくれなかったんだ。
 俺がおろおろするしかなくなるの、よく考えなくても想像できるだろ?

「なに?」
「……俺、……その、……高嶺が」
「好きなんでしょ? それは分かってる。この前すっごい痛感した」
「………………」
「でも、本当に、慎也と佐倉ちゃんの気持ちの強さは同じ?」
「え……」
 ふと顔をあげたら、先輩と目が合った。
「慎也、初めて本気になったって言ってたっしょ」
「……え、……あ、……はい」
「あいつ、見た目とか表面的な態度だけ見られて慕われることばっかだったから、恋とか愛とか、薄っぺらい感情だと思ってたんだよ。自分でそう言ってた。本気の愛なんて、存在を疑ってたんだ」
「………………」
 さっきまで、先輩は微笑んでたはずなのに。
 いつの間にか真剣な顔になっていて、落ち着かない。

「そのくせ、本気だって告ってきた相手とは、遊びじゃないつもりで、自分も好きになれるかどうか試すみたいに寝てさ。信じてないとか言いながら、本当はずっと憧れてたんだよ」
「………………」
「でも何回繰り返しても慎也の方が本気になれなかった。本気の相手何人と寝ても、そこに遊びの時と違う何かを見出せなかったんだ」
「…………」
「でも佐倉ちゃんが現れて、今までと違う気持ちになって。これが本気の気持ちなんだって初めて分かって」
 先輩は少し間を置いた。
「……憧れてた愛情の存在を確認できて、心底嬉しかったんだよ」
「………………」
「だから冷静になること忘れて、本気って気持ちに酔いしれて、放送で告白なんか流したりしたんだ。本当に佐倉ちゃんの為になることを考えられずにさ」
 先輩は、淡々と、言葉を紡いでくる。
 俺はそれをただ耳に入れるだけで、うんともすんとも言えなかった。

「恋に恋するってよく言うよね。確かに慎也は佐倉ちゃんが好きだと思う。けど、想いの半分くらいは、それだよ」
「…………な、んで……そんな、悪口、みたいな」
 言われてる内容がショック過ぎて、頭が真っ白になりそうになる。
「悪口になっちゃっても、事実だから。……慎也は、本気の気持ちってやつを持てたことが嬉しいんだ。佐倉ちゃんへの執着の半分はそれだよ。本当には気持ちの半分しか佐倉ちゃんに向いてないから、佐倉ちゃんをろくに護れないんだ」
「………………」
「ごめんな。佐倉ちゃんを傷付けてるのは分かってる。慎也のいないとこでこんな風に言うのも卑怯だよな。……でも、だから俺の方が気持ち強いとか、そんなことが言いたいわけでもないんだ」
「…………」

 先輩の言葉に、何も返せない。何も反応できない。
「佐倉ちゃんは無防備すぎる。自分が傷付くことを恐れてる人間は、もっと、今の自分のいる場所が安全かどうか気にするもんだよ。……具体的に言うなら、慎也の気持ちの半分にも気が付いて、自分がちゃんと護ってもらえてないことにも気付くはずなんだ」
「そん、な……こと」
「当の本人が一番気付かないなんて、おかしいよ。生徒会のメンバーはみんな気付いてる。言わないのは、佐倉ちゃんより慎也の方が優先順位が高いからだ。付き合いの長さの違いでやっぱそうなっちゃうんだよ」
「………………」
「俺も、佐倉ちゃんを好きにならなかったら黙ってたと思うよ。慎也が舞い上がってて佐倉ちゃんから意識を半分逸らしてて、それで多少佐倉ちゃんが傷付くことになっても、好きな人じゃなかったら、当人同士の問題だって済ましてた」

「…………そ、そらされて、なんか……」
 否定を口にしようとしても、言葉は消え入る一方だ。
「佐倉ちゃん、なんで気付かないの? 今佐倉ちゃんが学校で反発食らってるの、全部慎也の行動のせいだよ。この前、あの歌の奴を放送で呼び出したのも、今回のことの原因になってる。同じ校内放送を使ったから、牽制力が落ちたんだ。確かに俺たちもあの歌聞いた時は興奮してそういう判断できなくなってた。放送は慎也以外がするべきだったのに……。でもいつもなら、そういう判断は慎也が真っ先に下せてた。なのに今回、慎也は俺たちが指摘するまで気付かなかったんだ。そんなことも分からない慎也じゃなかったのに」
「………………」
「……慎也は確実に、初めての気持ちに今浮かされてる。気持ちの半分が佐倉ちゃんから逸れてるからこんなことになった。佐倉ちゃんがそのことに気付いてないのがおかしいんだよ。好きなら、好きな人の気持ちがどこに向いているか、自然に分かるもんだから。佐倉ちゃんはさ、自分は慎也が好きなはずだって思い込んでない?」
「………………」