11<秘密>

 逃げ出した俺の戻る先は、教室しかなかった。

 眼鏡をとられたまま、それを置いて逃げるなんて、どんだけ阿呆なんだろう。結局授業が始まったら顔合わせなきゃいけないんだし、意味なんてないのに。
 ただ食堂ではとにかく見られては駄目だという意識だけで頭がいっぱいになったんだ。

「……はあ。まさか初日にいきなりとか……」
 素顔を見せる時が来るとしても、できた友達としばらく付き合って、互いの信頼関係を深めてからとか、そんなことを考えていた。
「ああ……どうしよう。二人は大丈夫だよな……。こんなこと、興味ないよな……」

 ぶつくさ呟いた俺は教室のドアをくぐった。昼休みだからなのか、開けっ放しだ。
 すでに昼食を済ませた奴や、教室内で昼食中の人間が何人かいる。
 ドアの音を立てなかったので、俺が帰ってきたことに気付いた人間はほとんどいなかった。

「はああー」
 なんて言い訳しようか。それとも全部ぶっちゃけてしまおうか。考えるのはそればっかだ。
 席に座り、机に突っ伏して、しばらくすると息苦しくなってくるりと横を向いた。
「…………」
 小野寺と、目が合った。

「お前……」
「あ、うわっ」
 まさか俺のことを見ているなんて思ってもみなくて、焦る。
 え、立て続けに何これ!?

「お前さ」
 しかも。
「ユーカと何か関係あんの?」
 顔隠しの原因そのものを知ってるしぃい!

「……や、あ、えっと……ユ、ユーカとかも、聴くんだ?」
「妹がファンだった」
 ぽつりと呟く小野寺。まさしく、で? って感じだ。

「あ、あ、あ、えっと、よく言われるんだ……そっくりだって……」
「今朝からちょっと思ってたんだ。よく見えなかったから確証なかったけど。血縁とかあんの? ユーカって引退したじゃん? 事故にあったとかって。佐倉も事故ったつってたろ? もしかして、本人?」
「いやいや、そこまで飛躍しないで」
 淡々と推論を展開され、俺はつい素でツッコミを入れてしまった。つまり、推論の一部は正しいと口にしてしまったのだ。

「どういうことだよ?」
 小野寺が左眉をぴくっとあげる。
 直後、教室の入り口でばたばたと音がした。
「佐倉くん!」
「佐倉!」

 ……お早いお着きで。
 どうやらあの美味いハンバーグをほったらかして走ってきたらしい。
 教室に俺の姿を発見して、猛ダッシュで駆け寄ってくる。
「なんで逃げるんだよ!? 僕ら友達だろ!?」
「眼鏡があったって至近距離で見てんだ、ブサイクで恥ずかしいからなんて言い訳は通用しないからな。わりと整ってる方だと俺はみてるんだ」
「…………」
 熱烈な顔見せろアピール。
「…………………………胸の内に留めとくって約束してくれるか?」
 小さな声で訊ねた質問に大きく頷く安達と萩迫。
 小野寺もかすかに頷いて瞬きで肯定の意思表示をした。
 俺は、観念することにした。

「……つまり、三人の姉ちゃんのうちの一人は俺の双子で、二卵性のくせに一卵性だろってくらいにそっくりだったわけだ」
 まだまだ残ってる昼休み。俺たちは教室では誰が聞いてるか分からないからという理由で場所を移していた。
 屋上へ向かう階段の踊り場。
 屋上の鍵でも持っている人間以外は通ることはないだろう。

「で、その姉ちゃんが夕香って言って、去年、高校に上がる前の春休みにアーティストとしてデビューしたんだよ」
「へえええ! すごいね! 現役高校生でデビューしたんだ!」
 安達が興奮した感じでこくこく頷き、話の先を促してくる。

「うん。……でさ、結構同じ女子高生とかに人気出て、これからどんどん忙しくなるだろうってなって……、だから休みが取れなくなる前にオフとって、最後の家族旅行に行こうってことになってさ。夏休み、みんなで出かけて、その帰りに事故にあったんだ」
「…………え」
 安達はとたんに暗い表情になる。
 ごめんな。たぶん、聞いてて気持ちのいい話じゃないよ。

「母さんと上の姉ちゃん二人は即死だったって。で夕香も重症でさ、事務所は騒ぎが大きくならないように、事故で入院ってだけマスコミにファックス流したらしいんだけど、結局俺の意識が戻る前に逝っちゃってさ」
「……そんな」
「でもさ、ユーカのファンって、結構特殊なファン層多くて、不良してる子とか、不登校の子とか、いじめの被害者加害者とか、そういう子たちがユーカのファンになって明るくなったり更正し始めたりしてたんだって。で、そんな時にユーカの死亡が報道されたりすると、せっかく良くなってきた子たちがまた元に戻るかもしれないって、……精神不安定な子が多かったから後追いもありえるかもって、結局事務所は死亡じゃなくて、長いリハビリケアの必要な長期入院ってことにして、引退を伝えたんだ。復活を祈っててくださいって。」
「…………」
 もう安達は言葉を何も口にしなかった。

「ところがさ、俺が生き残ってて、しかも顔そっくりじゃん? もしユーカの双子だとかってバレたら、マスコミにかぎ付けられて、事故の件を追求されたり、ほんとはユーカが死んでるってこともバレるかもしれないってことになって。それで、しばらくは目立たないように、顔をあんまり見せないようにって言われてたんだ……」
 言い終えてから俺は前髪をぱさりと横へ払った。
 三人とも無言で俺の顔をじっと見ている。

「だからさ、他の人には言わないでいてほしいんだ。一、二年もすればマスコミも一時期人気だったくらいの歌手なんてネタにしなくなるだろうし。それまでってことで」
「……いいよ、それくらい、全然いいよ……」
 安達がぽつりと呟いた。
「ありがと。……あ、あと、顔目立たないようにするの、手伝ってくれると助かるかも」
「あ、ああ……。そんなの全然……ってか、佐倉、お前……」
 萩迫は瞬きを何度も繰り返している。
 俺は何が言いたいのだろうと、続きを促すように首をかしげた。

「……超、可愛い……」
「……………………はあ?」
「そうそうそうそうそう! それ! 佐倉ちゃん、何それ!? マジで反則だよホント!」
 神妙そうな面持ちに見えた安達もぎゃあぎゃあと騒ぎ出す。
「はあ? 何言ってんだ?」
「何って何って何さ!? 佐倉ちゃん自覚ないの!?」
「あぁああ、じれったい!」
 安達と萩迫は手を取り合って、互いに興奮しすぎるのを何とか留めているようだ。

「なんでいきなりちゃん付けに変わってんだよ……」
「だってそんな感じなんだもん! 可愛いんだもん!」
「というより、綺麗って言い方も似合うな……」
 横から小野寺まで口を出してきた。
 なんだ? 俺の顔の美醜の話か?

「それだ。キレ可愛いだ」
「…………前にも似たフレーズを」
 あれだ、強姦魔だ。
「と、とにかく、そのユーカちゃんのことがなくても、佐倉は顔目立たない方がいいな! この学校は、ある意味やばい」
「あ、ご、ごめんね……。辛い話無理矢理聞きだしたのに、騒いじゃって……」
「あぁうん、別にそれは大丈夫だけど……」

 俺の中ではどうせ、現実味のない話だ。あんまり辛さは伴わない。
 どっかで生きてる気がする姉ちゃんたち。それで今はいいやと思う。

 事の経緯を聞き終えた小野寺が納得したように何度か頷いて手をひらひら振った。
「……事情は分かった。ありがとう、話してくれて。何かあったら協力する」
 そう言って小さな笑みを浮かべる小野寺。
 俺は、転校初日にして秘密を打ち明けられた友達に、なんだか妙に感動した気分になっていた。