110<手がかり>

 じっと真っすぐな視線を送ってくる先輩を目の前に、俺は何をどうしていいのやら分からなくなってベッドの上で慌てふためいた。
 具体的に言うならば、この場から逃げ出そうとベッドから降りようとしてうまく歩けないのに思い至り諦めて、布団を被ってしまおうとその端をがしっと掴んで、何の解決にもならないうえにただ恥ずかしい行動なだけだと気が付くとかいう挙動不審に陥ったっていうことになる。

「…………っ」
「あはははは」
 先輩が笑ってくれたおかげで、少しほっとした。
「さっくらちゃん、キョドりすぎ、超かわいぃ」
「……いやあの」
 その可愛いは断固否定したい。
「何? なんか今までと反応違うんだけど。ちょっとは意識してくれたの?」
「…………い、いえっ」
 にこにこ顔の先輩から視線をそらしつつ答える。
「んー、そっか」
 先輩は機嫌が良さそうだ。

 だって。いくらなんでも、あんな真正面から、待つから今答えはいらないみたいな言い逃げされたら、挙動不審にもなるって。
「慎也、もうすぐ帰ってくると思うよ。今ね、前夏祭の打ち合わせでルリと部活総会に出てんだ。早めに切り上げるって言ってたし、そんなに遅くはならない系」
「……前夏祭」
 そういえば光と要からそんな話を聞いた気がする。
 去年は、前の生徒会に頼まれて、デイブレイクがライヴをやったって。
「今年の、フィナーレは……」
「あぁ、その話聞いた? うん、ついこないだまでは考えてなかったんだけどさー、あの歌の奴引っ張ってきたいってのは結構本気」
「……どっ、どういう」
「いやぁー、だってー、あんな歌聞いちゃったらもーヤバイってぇ。超興奮」
「…………」
 先輩のフレンドリートークが復活してきて、思わず無言になる。

「あー、うーん……でもまぁ実際さぁ、慎也が今冷静じゃないっつったって、あんな歌が放送で流れたりしなきゃ、今回のことも起こらなかったんだよなぁ。っあー……、そう考えるとあの歌の奴が一応いっろんなコトの大元になるのかぁあ」
「………………」
 返す言葉がないし……。
 回りまわって自業自得ってことか? なぁ、神様……。
「ごめんね、マジ。確かに今回のコトの始まりはあの歌の奴なんだけど、でもホント、あれは欲しいんだ。ボーカルとして。いや、俺も慎也も佐倉ちゃんラブだけどっ、それとは別の意味でさっ! デイブレイクとして音楽やる上であの声が欲しいんだ。あんまいい気しないかもしんないけど、あの歌の奴探すの許してくれる? ほら、慎也のギター弾いてる雄姿が見られると思って……! あ、ちなみに俺はベースなんだけどっ」
「………………はぁ」
 なんか、色々考えるのが面倒になってきて、答えもテキトー極まりない。

「み、見つからないんじゃないですか? だって、高嶺の出頭命令拒否ってるんでしょう?」
 言うに事欠いたな俺、とか思ってみたりする。
「っそうなんだよねー!」
 先輩は大いに話に乗ってきた。
「全然手がかりないしさあー」
 ない、と聞いて一安心している自分がいる。
 この調子だと、あの歌放送事件が俺だってバレたら、高嶺だけじゃなく宮野先輩にも説得攻撃を受ける羽目になりそうだ。
「あっ、でもね! 放送室にCDが残ってたんだよ!」
「え゛っ!」
 思わず、声が変になった。

「内緒だかんね? 何曲か入っててさー、どうもオリジナルっぽいんだよねえ。その放送室の奴が歌ってるみたいなんだけど、歌の入ってないオケだけのやつもあったりしてさ。どうも仮歌系みたいなん。ボーカルの音質とかもスタジオ入りしたのじゃないみたいで」
「………………えっと」
 やばいやばいやばい。郷田たちが言ってた放置しっぱなしのCD……。高嶺の放送で回収不可能になったCD……。すっかりその存在を忘れてた!
「もしか、もうどっかで活動とかしてたらヤなんだよねぇー。さすがに他のバンドから無理矢理引き抜くわけにもいかんし……。ソロならまだ勧誘もしやすいけど。でもDTMっぽい曲だったから、やっててもソロだと思うんだよねぇえ」
「…………それ、何曲くらい入ってたんですか……」
「え? 4曲だったかなー。なんで?」
「えっ、いや、なんとなく……なんですけど。えっと……そ、その人の、歌ばっかですか?」
「その人のって、その人以外に誰かいるの?」
「い、いやー」
 てことは、ユーカが歌ってる曲はコピーしなかったのか。未公開の曲をどっかで発表するのに自分達のバンドを使えって建て前だったから、既にユーカに提供してる曲には興味がなかったんだろうな。
 とりあえず助かったわけだ。
 ユーカがボーカルの曲とか、それこそ発売されてる曲が入ってたら間違いなく仮歌の方のボーカルが俺だってバレてたはずだ。
 顔隠しの件で生徒会のメンバーには全員、俺とユーカとの関係を話してあるんだから。

「もしかして何か心当たりあるとか?」
「い、いえ、あの……、その、他に歌ってる人……コーラスとか? デュエットとかの、曲、だったら……バンドかユニットかかも、ですけど……。そ、そうじゃないなら、ソロの可能性、高いなぁーって……。ただ、それだけ……」
 く、苦しい言い訳……!
「あぁ、そうだよねー! じゃあやっぱソロの可能性は高いわけだ、勧誘できっかなぁ……」
 ご、誤魔化せたー!
「み、見つかるといいですねー!」
 妙に高めの声が出たように思う。
「うん、ぜってー見つける!」
 見つけないでくれと内心思いながら俺は笑顔であははと棒読みな声を出した。

 で、携帯の着信音が鳴り響いてビクっとする。
「あれ、電話?」
「あ……、そう、みたいです」
 画面を開く。
 そこには、全く想像していなかった名前がひとつ。……篠原。
「…………しの……はら」
 なんでお前の名前が今ここに……?
「あ、親衛隊仕切ってる一年坊主じゃん。え、佐倉ちゃん、番号交換してんの?」
「…………」
 その辺の説明はおいおいするとして。
「ちょ、出ていいですか?」
「うん、いーよ」
 先輩の了解を得て通話ボタンを押した。

 篠原がメールでなく電話で連絡をよこしてくるなんて、よっぽど止むを得ない事情があるように思えてこっちまで焦るじゃないか。高嶺関係で緊急事態なんて、なんか怖くて嫌なんですけど。
「もしもし」
『おっまえ佐倉! 一体何やってんだ!?』
「……っ」
 耳元から大音量が響いてきて、思わず耳を離した。
『馬鹿じゃないのか!? あんた会長の特例だって自覚あんの!? 冗談じゃないんだよ! 僕が会長に逆らって何かするわけないだろ!? そりゃあんたが飽きられるの心の底から願ってるし呪い方知ってたら既に呪ってるレベルまでムカつくけどっ、あいにく僕は呪い方調べてる程暇じゃないんだよ!!』
「………………」
 あー、なんとなく話の流れは読めてきたけど、どうコメントを返していいのかさっぱり分からない。

『会長の部屋にいるのは調べが付いてる! 開けろ!』
「え、ええっ」
 なんだそれ。ちょっと待て。えー……。部屋の前に、いるのか?
「あーあー、篠原くん、えらいご立腹だねえ」
 大音量のせいでしっかり聞こえてるらしい宮野先輩が呆れ顔で肩を竦めている。
「いーよ、佐倉ちゃんここにいな。歩くの辛いんだからさ。俺が開けてくる」
「えっ、ちょ、待ってくださ」
「いーからいーから」
 呑気な声でひらひらと手を振って、先輩は部屋を出て行ってしまった。
「いやちょっ」
 違うって先輩! 代わりに開けに行ってもらうのが申し訳ないから止めたんじゃなくて! 篠原の突然訪問を受け入れる心の準備ができてないから止めたんだっつーのに……!