111<フテ寝>

「あっ、副会長!? どうしてこちらに!?」
 電話からじゃなく、玄関の方から直で声が聞こえてきて、宮野先輩がドアを開けてしまった事実を知る。
「さ、佐倉夏樹を探してるんです! いますよね!?」
 そんなセリフと共に、ばたばたと足音が近付いてきた。
 そして、宮野先輩がうっすら開けっ放しにして行ったドアが、勢いよく全開にされる。
「……佐倉! やっぱりいたな! どういうことだ!?」
「………………」
 あ、焦るぅう……。
 間一髪でかけた眼鏡と下ろした前髪を手で押さえながら、俺は沈黙を返した。
 これ以上素顔をさらすのは勘弁願いたいっつーの。
「ちょーっと、篠原くん、落ち着きなって」
 玄関から篠原を追いかけてきた宮野先輩がのんびりとした口調でそう言った。でもそれで篠原が落ち着くとは到底思えない。

「正直お前みたいな根暗不細工にそういう行動とる奴がいるとは思わなかったよ! だから僕も警戒していなかった! けど起こってしまったことはもうしょうがない! こういうことは僕らの信用問題に関わるんだ! 絶対に犯人を見つけ出して親衛隊の汚名を晴らしてやる!」
「………………」
 怒涛の勢いでまくしたててきた篠原の勢いに圧倒されて、頭が回らない。
「こら、なんて言い方すんの」
 宮野先輩はというと、篠原の勢いに呑まれることなく、平然としている。
 そういえば電話口での篠原の声にも普通にしてたしな……。
「あのさー、篠原くん。別に高嶺は親衛隊が佐倉ちゃんに何かしたって言ったわけじゃないよ? そういう不穏な動きを掴んでいないか篠原くんに聞いただけで」
「そ、それは表向きの言い分でしょう! 会長のおっしゃる不穏な動きっていうのは、親衛隊内部でのそれも言外に充分含んでましたよ!」
「いやー、まぁそれは……いやー、んー」
 ハッキリ否定できないらしい宮野先輩は、曖昧に答えた。

「会長が手を出すなと言って僕はそれを了承したんです! 不服なのは確かですがっ、一旦了承したからには責任を持って親衛隊の人間には佐倉に手出しさせたりしませんよ! 多少の嫌がらせは放置もしますが、こんなこと! 僕の力を疑われたようなものだ! とにかく親衛隊の人間は絶対今回のことには関わっていない! 犯人を探し出してそれを証明してやらないといけないんです!」
「……あー、分かるけど。んー、その思考過程はよく分かる」
 宮野先輩は篠原の大声なんてどこ吹く風とばかりにのほほんと喋る。
「でも、それは、もう高嶺がやってるからさー。篠原君は、心配することないよ。高嶺も親衛隊のことは可能性として考慮しなくちゃいけなかっただけで、本気で疑ってはないって。……な? 高嶺に任せればいい。俺も頑張る」
「……いいえっ」
 篠原が力強く否定したから宮野先輩は脱力したみたいだった。

「自分で探し出さないと意味がありません! ……佐倉! 早く言え! どんな奴だった!? 数は!? 顔は見たか!?」
「え」
「ぅおーっと! ちょいっ、篠原っ、何訊いてんの!?」
 宮野先輩が突然大声を出して、篠原も俺も、一瞬びくっと固まった。
 そろそろと視線を向けると、……驚いたような顔で固まっている宮野先輩。……一体何があったんだろう。

「……もしかして、それ訊きに来た?」
「そ、それ以外に何があるんですか!?」
「いや、普通、見舞いに来たのかと思うっしょ……。俺もそういう名目だったし……」
「…………」
 ……名目?
 ツッコミを入れたい気もするけど、まぁいいか。
「み、見舞いって……ふ、副会長まで、こんな奴に構うなんて……、意味が分かりません!」
「えー、なんで分かんないかなぁ。君らだって携帯番号交換するような仲になったんじゃないの? 佐倉ちゃんの携帯に名前表示出るくらいだから、心配して怒ってんのかと思ってたんだけど俺は。……なに、ホントに佐倉ちゃんに対する態度って変わってないの?」
「どうして変わるだなんて発想に至ったのかお聞きしたいんですけど!」
「………………」
 宮野先輩は、見るからに、あっちゃーって顔で沈黙した。

「アドレスを交換したのはっ、会長の近くにいる人間なのに親衛隊が連絡ひとつできないなんて状況は困るからです! それ以外に理由はありません!」
 ……俺の弱味を探したいとか言ってたのを俺はしっかり覚えてるけど。まぁ今は言及しないでおいてやるか……。
「あー、そう……。えーっと。……ごめんね佐倉ちゃん。俺てっきり、佐倉ちゃんならではーな感じで、仲良くなったのかと」
「いやー……」
 全然なってませんという意味を込めて、俺は引きつった笑顔を宮野先輩に返した。
 直接会うのだって、アドレス交換して以来じゃなかったっけな。
「副会長! あのっ、さっきからどうして、ちゃん付けなんですか……!? ちゃんってタイプには到底見えないんですけど!」
 うおお篠原、そこにツッコミ入れるのか!?
 それは俺も気になってたけど、光もちゃん付けるし、もういっかって半ばスルーすることを決めてたんだけどなっ。

「え、いーや、そんなこと訊かれても」
「一体何だって言うんですか……。副会長はいいんですか!? 会長がこんな奴に本気になったなんて、何かの間違いとしかっ」
「間違いじゃないよ」
 キッパリと宮野先輩はそう言い切った。
「……な」
「間違いじゃない。気の迷いでもないし、正真正銘、心の底からの本気だ。高嶺の冷静さを失わせるくらいにね」
「………………」
「…………」
 篠原が沈黙して、俺も何も言えなくて、先輩の言葉の余韻だけが部屋に広がってく気がする。

「……なんで、こんなやつ。……こいつ、食堂でも教室でも、会長に対して暴言を吐いて拒否してたそうじゃないですか……っ! なのにこういうことになったとたん、会長の庇護を頼って会長の部屋に当たり前みたいに……!」
 篠原がぐっと手を握り締めているのが見えた。
 確かに俺、最初高嶺に対して、周りに誰がいようが全く気にせずに、全身全霊で拒否してたな。しかも大声で。
「友達としてなら大丈夫って言ってるそうですね!」
 篠原の怒りの言葉が続く。
 お友達から始めたっていう俺の定番の言い訳を篠原が知ってるってことは……、綾瀬たちが話したんだろうな。友達になったことは表向きの理由だから隠す必要もないけど、光や要はわざわざ人に話したりしないし。他にその話をしたのって言えば、綾瀬と玉置と小倉だけだ。
 小倉には、実は俺の方も好きだけどけどって注釈付きの誤魔化しをしたから、その話が知られてないってことは、小倉は沈黙してるのか……。

「会長が本気で想ってるのを知ってて、友達として、ですよ!? 会長の気持ちに応えないくせに、特別扱いだけは気持ちよくて譲歩ですか!? 僕はそういう誠実さに欠ける態度が許せないです!」
 俺は後ろで、黙って聞いてるしかない。
 ……篠原の言っていることは、しごく真っ当だ。
 俺の容姿だけでモノ言ってるんじゃないだろうってことは分かってたけど。
「篠原、じゃあさ」
 先輩がふうっと息を吐いた。
「お前がちゃんと、親衛隊をコントロールしきる力があるって主張するなら、それを信じて、ひとつ教えてあげるよ」
 …………、お?
「何です」
 訊ねる篠原。
 あーあぁぁぁ、ちょ、え、嘘。

「高嶺と佐倉ちゃんは、もうちゃんと、付き合ってるよ」
「………………」
「…………」
 篠原と俺が同時に沈黙すること再び。
「……本当か!!」
 篠原はぐるんと振り返ってきて睨んできた。
「あぁあ先輩、なんでバラす……」
「だって公表してなかったのって、親衛隊とか刺激しない為だったんっしょ? 篠原くんが親衛隊は抑えるって約束するなら、言った方が前向きだと思ってさ」
「た、確かにそうですけど……」
 あぁ、でもなんか、光と要にバレた時に比べたら、全然ダメージなんてないぞ。
 あの二人が難関だったんだなー。

「あぁ、あとね。一応副会長の立場からも言っておくよ」
「……な、何ですか」
「佐倉ちゃんは、俺にとっても特別だから」
「せっ、せんぱぃい!」
 うわわわ、マジでやめて下さい頼むから……!
「ど、どういうことですかっ?」
「俺も本気で佐倉ちゃんを好きだってこと」
「あぁぁぁー」
 もう布団かぶってフテ寝していいですか!?
「ちょっと前、俺と高嶺がぎくしゃくしたことあったっしょ? 篠原くんも気にしてたっぽいじゃん? それの理由がそれ」
「な、な、な……」
 恐ろしい顔で振り返ってきた篠原の視線を避ける為に、俺はそろそろと布団を顔の前に持ち上げた。

「ッ佐倉! 言え! お前一体何をやった!?」
 篠原の声が迫ってきて、両肩をがしっと掴まれる。
「うわ、あ、いやいやっ」
「なんでお前みたいな奴に会長も副会長も……! 弱味でも握ってるのか!? なんか薬でも使ったのか!?」
「え゛ーっ」
「こらこら篠原くん。離れなって」
 一生懸命揺さぶってくる篠原を、宮野先輩がどかそうと間に入ってくれる。
「そんなわけないだろー?」
「だってそうとしか思えないです……!」
 もういい加減にしてくれと、本気でフテ寝を考えた時だった。