112<フリ>

「お前ら何やってる!!」
 部屋の入り口から、声がした。
「か、会長!!」
「お、慎也お帰り」
「何がお帰りだてめえ! 俺のいない間に勝手に上がりこんで! 夏樹は療養中なんだぞ!」
「んー、だからお見舞いだよ」
「お見舞い!? 俺の許可なく勝手に見舞うな! ここは俺の部屋だ!」
「ごめんって」
 二人のやりとりに、あれ、っと違和感が生じる。
「先輩、高嶺に言って来たんじゃないんですか?」
 そうだと思ってたから、なんで見舞いに行くのOKしたんだよとかって思って焦ってたのに。

「あはは。バレた? 部屋にいることは慎也に聞き出したんだけどさ、じゃあ見舞いに行くっていうのは言ってなかったんだ。カードキーは借り忘れじゃなくて、始めから借りなかったのね」
「………………」
「おい彰、お前夏樹を歩かしたのか」
「お詫びに帰りはベッドまで運んだよ」
「ちょっ、先輩!」
 高嶺の前でそんなこと言わないでくれよ! 横抱きの件とか特に!!

「会長! 本当なんですか!? 本当に、付き合ってるんですか!?」
「なんだ夏樹、バラしたのか」
「ちがっ、先輩が!」
「本当なんですね……! いい加減目を覚ましてください会長!!」
「目は覚めてる。篠原、俺はその話は終わりだと言っただろう」
「わっ、分かってます……! だから僕はこいつには一切……っ」
「それはさっきも聞いた。お前の言葉は疑ってないんだ。それくらい分かるだろう」
 高嶺の言葉に篠原は唇を噛みしめて沈黙した。

「それより、二人とも夏樹から離れろ」
 言いながら高嶺はまっすぐこっちに向かって歩いてくる。
 篠原は悔しそうに、宮野先輩は仕方がないという仕草をして、高嶺に場所をあけた。
「悪かったな。帰るのが遅くなって」
「……たか、みね」
 ぎゅうっと抱きしめられる。
 普段なら人前でそんなことをされるなんて断固拒否だったけど、俺はもう、なんか疲れ果てていて、どうでもいいかと思ってしまった。
 とりあえず、高嶺がいてくれるなら、俺はたぶん、もうこれ以上気疲れすることはないだろう……。

「……会長。……交際に発展したのなら、なぜ言ってくださらなかったんですか」
 篠原の言葉を受けて、高嶺は一旦抱擁を解き、後ろを振り返った。
「親衛隊を刺激しない為、ですか? 親衛隊が会長の命を破って何かするとでも思われたんですか」
「その可能性を考えなかったわけじゃない」
「有り得ません……! ぼ、僕らの存在理由は、会長の、生徒会のサポートです! 名称自体は親衛隊ですけどっ! ただのファンのまとめ役だとは思ってません! それなりに誇りをもって活動してます! 自分本位な感情で行動したりなんて……!」
「なら、何故お前らは俺に告白してきた奴らに制裁なんてものを加えていたんだ?」
「…………っ」
 篠原は目を見開いた。

「……会長?」
「確かに親衛隊ができてから、トラブルもぐっと減ったし、うっとおしいミーハーな連中とかストーカーはいなくなった。ただ抑制するだけじゃなくて、俺の指名制を敷いたのも、暴走しがちな奴らの受け皿にって意図があったんだろ? 俺も遊びまくってたし、ちょうど良いと思ったよ。本気で告白してきた奴は指名制から外すっていうのも分かる。本気なんだって分かってる相手はもう俺から指名なんてできないからな。でも、外すだけじゃなくて制裁を加えた上でっていうのは、どういう意図だったんだ? 俺は未だに、そこだけ理解ができない。それは感情的になった結果じゃなかったのか?」
「…………かいちょう」
 篠原は、なぜだか、呆然とした感じで突っ立ている。

「会長……、本気で言ってるんですか?」
「何がだ?」
 篠原は、瞬きをひとつした。
「僕らは……、親衛隊はっ、一度だって実際には制裁を加えたことなんてないですよ……!!」
「………………」
「………………」
「………………」
 高嶺も俺も、宮野先輩も、全員が沈黙した。

「……何だって?」
「指名制を破るなら報復を覚悟しろっていう話は流しました!! けどそれは抑止力の為ですっ! そういうルールがあることにしておかないと、指名制だけじゃ安定は保てないって分かりきってたから! 現に、報復があるのを分かっててもっ、会長に本気だと想いを告げる奴は後を絶たなかったでしょう!?」
「……待て、実際にはやってないってどういうことだ?」
「やりませんよ実際には! 非公式とはいえ、仮にも生徒会のサポートを行っている団体がそんな犯罪行為っ! ルールを破った者には、報復を受けたように振舞えと言ったんです! しばらく登校しないようにさせたり……っ! 皆簡単に従いましたよ! 報復のルールが建て前だと知れ渡ったら、何の障害もなく色んな奴が会長に想いを告げます! そしたらいつか誰かと結ばれるかもしれないでしょう!? それが嫌だから、皆報復を受けたフリをすることは、すんなり受け入れました!」

 篠原の言葉は、理解がなかなか追いつかない。
「……ちょっと待て」
「当然ご存知のはずだと……!」
「話されてないのに知れるか!」
 さすがの高嶺も声を荒げ始める。
「し、知っているから止めないんだと思ってたんです! 報復行為が実際に行われているとお思いなら、会長はとっくにやめるよう言ってるはずだと!」
「それはっ、今までは言わなかったが……っ、やっと言ったのがこいつだったんだ!」
「って、会長……っ、もしかしてあの校内放送の手を出すなって、一般生徒だけじゃなくて、親衛隊にも向けて言ってたんですか!?」
「そうに決まってる!」
「そんなっ」
 話の内容は、寝耳に水的な驚異的事実だ。

「確かに……っ、俺は、やめろと言わなかった……。言わなかった……、確かに……。……くそ、何も考えたくなかったんだ」
 高嶺の背中が震えてる気がして、はっとする。
「正直……、うっとおしかったんだ……。愛を本気で掲げてくる奴らが……、どうひっくり返したって俺にはなかったものを……、報復覚悟してまで求めてくるんだ。……応えられないのを責められるのはいい加減うんざりだった……。正直、そういう本気の奴らのことは早く忘れたかったんだよ……。報復のことも、覚悟してたなら別にいいかって……。俺がやめさせてその後どうするんだって……、応える気もないくせに……」
「高嶺っ」
 言葉を続けさせるのが嫌で、思わず手を伸ばして高嶺のシャツを引っ張っていた。
 体を素早く動かせてたなら、抱きついていたかもしれない。

「もういい……、よかった、よかったよ……」
「なつ……き?」
 高嶺はゆっくり振り返ってきて、俺は改めて高嶺を両手で抱きしめた。
「本気にならなくて良かった。……おれと、俺と出逢うまで本気になんないでくれて良かったよ……」
「……な、夏樹…………」
 高嶺の腕が背中に回ってくる。
「あー……、ちょっとさすがに傷付くかなぁ……」
 へこんでいるらしい宮野先輩の声が聞こえてきたけど、今回ばかりは勘弁してください、だ。
 高嶺がこんなに傷付いてんのに、俺が慰めなくてどうするんだよ。

「お前……佐倉……、そんな見た目でなんていう殺し文句を……」
 篠原の言葉は……さすがにどう反応したらいいもんか迷うけど。
「んーでも正直、俺もびっくりしたなぁー。俺も報復がフリだとは思いもしなかったけど……」
「な、副会長もですか!?」
「だって報復受けたっていう子たち、ものの見事なフリっぷりだったもんさ」
「でもだからって……」
「なぁ、ちょっと待ってくれ」
 高嶺に一旦手を離すことを伝えて、俺は篠原に話しかけた。

「な、何だ」
「報復したことないって、ホントのホントに本当?」
「なっ、どういう意味だ!?」
「綾瀬と玉置ってやつも?」
「あ、あの二人がどうかしたのか……?」
「玉置ってやつのクラスに小倉がいるの知ってるか?」
「あぁ、小倉は知ってる。そいつは指名制守ってたから報復受けたフリしろなんて言ってないぞ」
「うん知ってる」
「夏樹? お前がなんでそんなこと」
「この前乗り込んできたんだ」
「ちょ、お前それっ」
「それはいいんだ、大丈夫だったから。で、綾瀬と玉置と小倉が来たんだよ。綾瀬と小倉が従兄弟同士って話は?」
「知ってる」
 篠原の眉間にはしわが寄っている。

「三人、仲いいみたいだったけど」
「仲が良かった? まさか。恋敵同士だぞ?」
「俺もよく分からないけど、そうだったみたいだ。すげー一途で、もしその中の誰かの想いが実ったら、おめでとうぐらいは言える仲っぽかったよ」
「それじゃあ、小倉は、報復が嘘だって知って……?」
「いや、知らなかったみたいだった」
「……どういうことだ?」
 篠原も高嶺も宮野先輩も、意味が分からないという風に難しい顔をしている。

「綾瀬と玉置は、ホントに強姦されたんだと思う。自分達がやられたこと身をもって教えてやるって言ってきて……、あれ、演技に見えなかった。本当に報復受けてなかったらあんな風にならないだろうし、行動にも移してこなかったと思う……。あの二人が本当に報復受けたから、小倉もそれが嘘だって知らないし、怖くて二人に続けなかったんだと思う」
「…………お前、親衛隊が、……僕の知らないところで本当に報復をやってるって言いたいのか」
「違う、親衛隊かどうかなんて分からない。そうかもしれないけど、お前が親衛隊を全部把握しきってるっていうなら、親衛隊じゃない奴らが、親衛隊の報復を騙って強姦とかしてんじゃないかって」
「………………」
「だっておかしくないか? 誰も親衛隊の報復が嘘だなんて考えたこともないぞ? もしホントにフリだけだったんなら、絶対誰か一人くらい秘密もらして、そういう噂流れてるって」
 三人が三人とも、呆然とした顔で固まっていた。