113<上書き>

 結局どれだけ状況証拠を積み重ねたとしても、仮定の想像の話にしかならないわけで、話は暗礁に乗り上げた形になった。
 まず、俺の想像でしかない話を、事実かどうか確認する必要がある。
 それには、フリをしろと言った篠原が、綾瀬や玉置たちに直接聞くのがいいんだろう。他の誰が聞いても答えはフリの可能性がある。けど、そうすることを命令した篠原が聞けば、返ってくる答えは真実だ。

「……悪かったな。騒がしいことになって」
 俺を休ませると宣言し、高嶺はほぼ追い出すような形で宮野先輩と篠原を帰した。
 結果部屋には二人きりで高嶺はベッドの端に腰掛けている。
「いや、大丈夫」
「疲れてないか?」
「一日中寝てんだぜ? どんだけ体力ないんだよ」
「気疲れのことだ」
「あぁー、それはちょっと」
 笑いながら軽い返事をした。

「まさか彰が俺に内緒で来るとは思わなくてな、ふっつーに喋っちまった」
「はは、ちょっと焦ったけど、まぁ普通に見舞いだったし、大丈夫」
 塔の上のお姫様的な話は伏せておこうと思う。
 よく分からないし……うん。
「そうか。……でもなんで篠原までついてきてたんだ?」
「あぁ、違う。篠原は先輩と来たんじゃなくて、後から来たんだ。犯人のこと教えろって」
「聞いてきたのか?」
「……うん」
「………………」
 高嶺はぐっと言葉に詰まったみたいだった。

「……なぁ、もしかして、犯人探し、してる?」
「そりゃお前、絶対見つけ出してボコボコにしてやるつもりだ」
「じゃあ、俺に犯人の特徴とか聞かないのって、気でも使ってるから?」
 高嶺はものの見事にギクリとしたようだった。
「やっぱりそうか」
「…………お前、……夢とか、大丈夫か?」
「え、何、夢?」
 高嶺は難しい顔をしている。
「怖い夢、見てないか?」
「怖い夢? さぁ、昨日も一昨日も、見た夢は覚えてないけど」
「あぁ……、じゃあ、変な夢思い出したりとか」
「え……いや、特に」
 高嶺は何の心配をしてるんだ?
「そうか」
 高嶺はポツリと呟いて、俺の頭にぽんぽんと手を置いた。

「高嶺」
 頭に置かれた手を取って、握る。俺の好きな体温は相変わらずで、顔が自然に緩んだ気がする。
「……夏樹?」
「うん、ごめんな。……何があったか、感覚ではすっげえ覚えてんだけどさ、光景としてはあんまり覚えてないんだ。その代わり声とかは結構覚えてるかも。……後から考えたら、顔しっかり見て覚えときゃ良かったって思うのに、そんときって逃げたいばっかで、目ぇ逸らせることしか考えてなかったっぽい」
「夏樹」
「でも6人組ってことはなんとなく覚えてる。たぶん増えたりしてないと思うけど……。途中から記憶飛んでるからよく分かんねぇ……。あ、一人スタンガンとか持ってた。警備員用とか言ってて、超冗談じゃねえやつ。マジ痛ってぇの、半端ねぇし」
「す、スタンガ……」
「あ、いや大丈夫!」

 何が大丈夫なんだか説明できなかったけど、高嶺があんまりにも驚いた顔をするからとりあえずそう言った。
 あぁ、脅されただけって言えば良かったよな。
 なんで痛かったとか、普通に感想言ってんだよ俺……。
 重くならないようにと思ってぺらぺら軽い調子で喋りすぎた。
「あ、あ、それとな。俺、親衛隊の報復の方の話は、親衛隊騙ってるやつがいるかもって言ったけど、その6人組は親衛隊だとは言ってこなかったんだ」
 兎にも角にも、話題を変えようと思う。

「あー、言ってたのを覚えてないだけかもだから、微妙だけどさ。そもそも俺ってルール破りの定義に当てはまってないだろ? 俺、人前で高嶺拒否ってたから、俺が告白したとは思われてないみたいだし……。だから、同じ奴らだったとしても、俺に対して親衛隊の報復は騙らないと思うんだ」
「…………そう、だな」
 高嶺には元気がない。
「……で、でもさ、俺思ったんだけど。フリって言ってたのに本当に報復されたって訴えた奴が今までいないってことは、そいつら、なんか上手い言い回しとか、偽物じゃなくてホントの親衛隊の報復だって思わせるような手間とかかけてんじゃないかって思う。その6人組もさ、高嶺が俺の為に動くかどうか気になったみたいでさ、高嶺が俺に飽きたかどうか調べるのに脅迫状とか送ってきたんだ」

「……何だって?」
 高嶺が眉をぴくりと動かした。
「俺それを馬鹿らしいって思って握りつぶしちゃってな。んで、高嶺に頼っても無視されたか、気が強いから頼らなかったかって判断されたみたいだ」
「無視なんかするわけないだろ!?」
「うん、でも脅迫状出した夜、部屋の前見てたんだってさ。高嶺が来ることも俺が高嶺のとこ行くことも、見回りが巡回することもなかったから実行に移したって……」
「何だそれ! それで俺がお前に飽きたって判断か!? お前の為に犯人探しはしないって!? いやちょっと待て、お前が脅迫状無視したって可能性も考えたなら俺の関心は判断できないはずだろう!?」
「……あー、うん。……俺がね、高嶺頼らないくらい気が強いならさ、カメラ撮っといたら誰にも言いたくならないだろって……」
「な……何ぃ!?」
 結構な大きさの怒声が部屋に響く。

「撮られたのか!?」
「……うん、みてぇ。……いや、ってか、意味ないよなぁ。ばら撒かれるの怖がって誰にも言えなくなるって思ったんだろうけど、俺、言う言わないで悩む前に普通に保護されて、何があったか丸分かりだし」
「夏樹っ!」
「ぉお?」
 ぎゅっと抱き込まれて変な声が出た。
「……た、高嶺?」
「好きだ、夏樹」
「ええっ!?」
 いやちょっと、唐突すぎないか!? どういう流れ!?
「愛してる……絶対、それは確実だ」
「あ、うん……」
「変なことで不安になったりしなくていいからな。何があっても、俺はお前を抱きしめるから、迷わず俺のとこに来い」
「ぉ? お、おう……」
 凄いセリフに返事がうわずった。

「何があってもって……、あぁ」
 そうか。カメラのことか。
「ばら撒かれるかもってことな……。誰にも言うなって警告、全然無視してるしな、この状況」
「くそ、分かる動きはしてないつもりだが、しつこく見張られたりしてたら、俺らの動きに気付かれてるかもしれねえ……。輪をかけて慎重になった方がいいな」
「ごめん、カメラのこと、言うの今さらになって……」
「お前はいい加減、何も謝んなって」
「えー……」
「あぁ畜生、愛しすぎる」
「うっ」
 噛み付くようなキスをされた。

「なな、んっ」
 合間に言葉を紡ごうとするも、舌が入り込んでくる。
「ちょ、んーっ」
 そのまま後ろにそろっと倒されて、柔らかいベッドが背中に触れる。
 ……昨日の夜も、キスしたけど。
 昨日の夜より、激しい……。
「ん、ふ……ぁ」
 ホントは全部、上書きしたいとか思ってそうだと、ぼんやり考えた。
 それからその考えが自惚れてるような気になったけど、やっぱりそうなんじゃないかって思う。
 宮野先輩の時だって、高嶺はやられたことを上書きするって聞かなかった。今は俺の体調を気遣ってるからキスだけだけど、ホントなら、自分とのことで一昨日の記憶なんて塗りつぶしてやると思ってるんだろうな。

「……ん、たか、みね」
「なんだ?」
 唇を離してくれた高嶺の目を覗き込んだ。
「土曜な、俺とするつもりだった?」
「えっ」
 高嶺の目が何度も瞬きをする。
「いやだってさ……、密会予定の時間が消灯のちょっと前だったし……、次の日日曜だったし……、俺、前に次の日学校で疲れるから入れるなとか言ったしなって……」
「おぉお、お前は今それを聞いてどうするつもりだ!?」
「いや、おんなじ気持ちを共有したいじゃん?」
「おんなじ?」
「俺もそう思ってたんだ。……俺、高嶺とが良かったなぁ」
「…………なつ」
「俺もそのつもりだったし、結構、まじで。高嶺とが良かった。高嶺としたかった。……あぁ、もう。今だってしたいと思ってるよ」

 高嶺がごくっと喉を鳴らした。
 あぁ、コイツはほんとにもう……。
「なぁ。やる? どうせ一日休んじゃったんだ。明日も休んだって一緒だし」
「おっ、おま、何言ってんだ、そんな体でっ」
 焦ってるのか、高嶺の顔が赤い。
「……んー、なんかしばらく学校行きたくない。理由作ってくれたら嬉しい」
「え、理由?」
「このままだったら明日か明後日には授業受けれるようになっちゃうだろ。でも一週間くらいは時間が欲しいんだよ」
「んなの、好きなだけ休めよっ」
「体が元気になっちゃうと罪悪感感じるから無理」
 高嶺は一瞬口をぱくぱくさせた。

「ってお前っ、何言ってんだよ! 自分がどんな目に遭ったか分かってんのか……!?」
「分かってる」
「そんでセックスしようって!? どうしたんだお前! いつも恥ずかしがって嫌がるくせにっ!」
「そうだけど」
「できんのか!?」
「痛くてもいい」
「そうじゃねえっ、怖くないのかって言ってる!」
「…………怖いって、なんで? 高嶺とするのが……? 違う、土曜は高嶺とならいい思い出になったんだ。そうじゃなかったから思い出すのが怖いんだ。高嶺としたら怖くなくなる。思い出すのが高嶺とのになったら怖くないよ。……俺、上書きして欲しいんだ」
「………………」
「思いっきり、上書きして、塗りつぶしてくれよ」