115<くすぐり>

「ん……っ、ま、待っ……!」
 高嶺の全身から、誰が待つか的なオーラが出ている。
 それなのに、動きはすっげぇゆっくりだ。
 あー、……どうしよう。
 どうしたらいいんだ。俺は何をしてたらいいんだ。
「うーあー……」
「色気のない声出すのやめろ」
「あ゛ーぁ゛ー」
「てめえ……」

 絶対的に高嶺に主導権を握られた俺の、ささやかな反抗だ。
 ゆっくりやるってことは、理性も残る分、変な声だって抑えがきくってことだ。
 俺ばっかり恥ずかしい思いをさせられて、ただで済むと思うなよこの野郎、絶対、声なんか聞かせてやるか。
「あーいーうーえーおー」
 だいたい、俺の変な声のどこに色気があると思ってんだ。
「ほーお、そういう態度か。へえ、なるほど」
「な、なんだよ」
 高嶺の笑顔が微妙に怖い……。
「後悔するぞ」
「な」
 何を企んでんだと聞こうとした瞬間に高嶺は実行してきた。
「ぅひゃっ」
「ふふん」
 わき腹の辺りをわしっと掴まれて、思わず声が出た。
「ななな」
 くすぐってえんですけど!

「お前感度いいからな。くすぐったがりだと思ったよ」
「くすぐってどうすんだよ!」
「すぐ分かる」
「ひっ、あ、待ちっ、った、ぅは、タイムっ」
 わき腹やら首筋やら、いつも触られてるっていうのに、くすぐるという目的を持った指でそれをやられると、どうしても耐え難い。
「ゃややっ、めっ、あは、っは」
 手でガードしようとしても隙を突いて高嶺の手は伸びてくる。
 腰をがしっと掴まれた。
「やめっ、ちょ」
「覚悟しろ」
 腰骨のすぐ内側辺りに高嶺の指。
 ぐっと押されて体が跳ねた。

「ぅあぁ!?」
 変な声どころではない奇怪な悲鳴が出る。
「いっ、ちょぁ、ぃぃーっ」
 もう何がなんだか、どうにかして逃れようと暴れるのに、しっかり腰を掴まれてて叶わない。
「やめやめっ! っめ、やめ! あはっ」
 腰骨のそんなところがこんなにくすぐったいもんだとは思わなかった、マジでこれ、死ぬ!
「ははは、超必死なの、可愛い」
 笑い事じゃないって!!
「ば、っか! ぅはは、ぁはははっ、ひゃうっ」
 ぴた、っと高嶺の手が止まる。
 最後に出た俺の声……ありえない……。
「………………」
 高嶺の指に胸を引っ掛かれて出た声だ。

「………………」
 胸に走った感覚が、まだ残ってる。
「くすぐりで声出してると、感覚変わってもいきなりは声抑えらんないだろ?」
 こ、こいつは……っ
「てめっ、卑怯だっ、ぃ、あ、ふははっ、あははは」
 あああ、やばい! 転がされてる! 手の内で転がされてる!
「やめっ、あは、ンぅっ」
 ジャージの上からぎゅっと掴まれて、条件反射のように声が出る。
 くすぐりで条件付けをされた反応は、そう簡単には抑えられなかった。
 ってか、こんなやり方、いち高校生の発想する域を超えてる気がするんですけど!

「ひ、ひきょ、ものっ、ぅあ」
 ぐいっと下ろされたジャージは、高嶺に借りていたやつだ。
 下着までいっしょくたに下ろされていて、空調の効いた部屋の空気がひやりとする。
「うあああ、ばっか! お前!」
 腰を掴まれたまま逃げることもできずに、あっさり口に含まれるのを見てるしかなかった。
 なんでコイツは平気でこういうことを!
「う、う゛ー……」
 なんでもないと言い聞かせて平常心を保とうとしたら、高嶺からちらっと視線を向けられた。

「んははっ」
 なんでそんなに器用なんだとツッコミたくなる……。
 なんでそんなとこ舐めながら人をくすぐったりできるんだ高嶺は……!
「あははっ、ひ」
 もう無理だ! くすぐられすぎたら人間は死ぬってホントだと思う!
「ひっ、ぃ、ンあ」
 くすぐったいし、でも高嶺は口を離さないし、声が、声が……あーもう……。
「んぅっ、あ……く、ふはっ」
 声を抑えようとしたらくすぐられて、刺激、声、の反射を繰り返させられる。
「も……、も、おにっ、……っふ、あ」
 高嶺の舌はゆっくり動いていて、ちょっと頑張れば声は我慢できる感じなのに、我慢すればくすぐられる。
 声を出せば、くすぐられない……。

「っふ、ン、うぅー」
 って、それ、すっげえ恥ずかしい!!
「うあー! あ、い、いやだ高嶺っ、勘弁してホントまじで!」
 明日から高嶺の顔がまともに見れなくなったらどうすんだ! いやもう、今も既に見れないし!
「……うぅ」
 高嶺は無言で、返答する気がないらしい。俺のを咥えてるから喋れないってのもあるんだろうけど、それってそもそも、やめる気がないってことだ。
「……う……く、も、そんな……、むり……、っひ」
 また動く指……!
「ぅははっ、あはっ、ぃぃっ、ひっ」
 くすぐりはほんの一瞬だったけど、効果は抜群だ。声の我慢イコールくすぐりって図式が頭の中にできて、どうしようもなくなる。

「っふ、……ンぁ、は」
 ゆっくり昇っていく感じで、余裕があるから、自分がどんな声を出してるのかハッキリ耳に届く。
 もう、今すぐ消えてしまいたい……。
「ぅう、あ……あぁ、ゃ……、かみ、ね……、はず、ぃ……よ、もぉ」
 ああ何言ってんの俺! 何このきもちわるい甘ったるい声……!
「いぃぃ……! むりだ、っあ、ゆるしっ」
 とんでもないことになる。
 だって、だって、ああ、もう少しだ。ゴールが見えてきてる。
 もうすぐイかされる。
 勢いが強くないから、理性は奪い去ってくれそうにない。

「ンぁ、ぁ」
 何、何やってんの俺!
 こんな、こんな、まだ明るいうちから、舐められて、喘がされて、イかされそうになってるなんて!
 しかも俺自分から誘ったよ!!
 やりたいって言ったのは俺だよ!
「ぁい、く……、も、あっ、ンぁ」
 自分の声が恐ろしいほど、高く頭に響いてくる。
 こんな声を高嶺は毎回聞いてたってのかよ……!
「あ、いくっ、も、はなしっ、や、めぁ、あぁっ」
 息が詰まった。

「……っ、ッ」
 体が跳ねる。びくびく足が震える。高嶺の前ではいつも訳が分からないうちに過ぎている時間が、やたらとしっかり自分の上に流れていく。
「ふ……っく」
「夏樹」
 声がして……。
 腰に置かれていた高嶺の指がぴくりと動いて、
「ひぁアっ!!」
 体が勝手に仰け反った。
「は……ぁ、あ」
 びっくりしすぎて、頭が真っ白になる。
「イ……ぁ、……な、なん」
 押されたのは、さっきと同じ、くすぐったかった腰骨の内側辺りのはずなのに、……いま、体に走った感覚って……。
「性感帯がひとつ増えたな」
「……あ、うあ」
 さらりと言ってのける高嶺。
 俺は言葉が出なくて、口がぱくぱく金魚みたいに動いた。

「ははは、顔真っ赤だな。そんなに恥ずかしがんなくてもいいだろ」
「………………」
「俺しか見てないんだから……って、お、ちょ……ちょっと待て。……な、泣くなよっ! 泣くなって!」
「うー……、うぅうーぅ……」
 高嶺に泣くなと言われて泣いてないと答えようとしたらできなくて、涙が出てることに気が付いた。
「おい待て! そんな、なに……、ちょ、ごめんって!」
 おろおろしだす高嶺。
 それはもっと、前の段階でやってほしかった。
「ももも、もー、嫌だっつたのにぃい……! う、あああー」
「わわわっ、なつきっ、ちょ、やめろって!」
 高嶺は慌てて俺の涙をぬぐってくる。
 頬を両手で挟まれて宥められるけど、そんなのは逆効果だって。

「おれ、俺っ、もう無理っ、恥ずいっ、しぬっ」
「待て待て待てっ! 泣くなって! 俺お前に泣かれんのホントやばい、勘弁してくれよ、悪かったって! や、やならやめるから! な? なっ?」
「やめんなぁ」
「ええっ」
 俺なんつう我がまま……。
「やめたらイヤだ……っ、うわ、上書き、するって言ったし! しろよちゃんとっ」
「でも泣くほど嫌なんだろっ?」
「嫌じゃないっ、いや、いやだけど、嫌じゃない……! はず、恥ずかしいのだけ、無理……っ」
「でも今日やるなら負担かかんのは駄目だっつたろ」
「だって……!」
「お前はぁ」
 高嶺は呆れたように呟いて、俺の上から離れてベッドから降りた。

「……た、かみね?」
 あぁ、どうしよう。
 我がまま言い過ぎたんだ。うんざりして嫌になったんだ。
「…………」
 高嶺が甘やかしてくれるからって、調子に乗りすぎた。
 どうしようと思ったら視界が真っ暗になる。
「え?」
 でも、俺の気分以前に実際に部屋が真っ暗になったらしくて、一瞬思考が止まった。
 戻ってくる高嶺の気配。

「高嶺?」
 頬に触れてくる高嶺のあったかい手。
「電気消した。真っ暗だし、見えないし、恥ずかしいの、少しはマシか?」
「…………………………」
「夏樹?」
 やばい。女みたいにすっげえ胸キュンした……。
「大丈夫か?」
「だ、大丈夫」
「ほんとに?」
「うん」
 答えた俺の声は、だいぶ甘ったるかったと思う……。