116<献立>

 そんで高嶺と無事に事が終わった後、俺に最大の試練が待ち受けていた。

「何! 何の電話!?」
 高嶺生徒会の仕事とか大丈夫かなぁ、なんて思いながら二人でベッドでのんびりうとうとしてた時だった。
 高嶺の電話がピリピリ鳴ったのは。
「あー……うーん」
 高嶺の返事はハッキリしない。
 高嶺が電話に出て言った言葉はこうだ。
 ――さっそくだな。どうした? あぁ、大丈夫だ。 ……夏樹? あー、あぁ、大丈夫だ。……ああ。……ん? お、おぅ。……あー、そうだな。……今から? あいや、それは大丈夫だ。……え、いやっ、ちょっと待て! お前ら……、落ち着け……。あぁ分かった、分かったから。……あー。じゃあー、……一時間後……だな。……あぁ、直接でいい。……ああ、じゃあな。

「…………ぜっっ、たい今俺の名前出てきたよな!! 何! 誰だよ!? 一時間後って!?」
 だいたい予想は付くけれども。
「お前のダチの安達光だ。あと、電話口に萩迫要。今日番号を教えたんだ。何かあった時にお前の友達と連絡は取れた方がいいからな……」
「で!?」
「…………あー、その」
 高嶺は明後日の方向に視線をやって、頭をかいた。
「ノートとか、取った分届けるのと、見舞いがしたいってのと……色々」
「来るのか!?」
「………………あー」
「一時間後に来るんだな!?」
「…………話がしたいんだそうだ。メールや電話じゃなくて、直接会って顔が見たいって。……土曜の夜以来だろ? 友達なら心配で当然だ」
 高嶺はどうやら光あたりの切実な訴えに落ちたらしい。

「あー、ああー……」
「それに、こういうことをしておいて、調子がよくないからとかいう理由も付けられないだろ?」
「たしかにそうだけどー!」
 俺は頭を抱えて布団をかぶった。
 どうすんだよ俺!
 高嶺と付き合ってるって暴露しちゃって、そんで、ちゃんと話もしないまんま、うやむやな感じで光と要は帰っちゃって、それ以来だし……!
 俺どんな顔して、よぅとか言えばいいんだ!?
「こっ、心の準備が……っ」
「夏樹、とりあえずシャワー浴びるぞ。このまんまじゃ会えないだろ」
「あ! そうだよ!」
 二人とも、めちゃくちゃ事後ですって感じだよもう恥ずかしい!

「手ぇ出せ。風呂場まで歩けないだろ」
「そ、それくらいっ」
 慌てて起き上がってベッドから立ち上がろうとして、ずるっと落ちかけたのを高嶺が支えてくれた。
「……さ、さんきゅ」
「やる前から歩くのよろよろしてたろーが。ゆっくりだろうが何だろうが、突っ込めばそれなりにダメージは出る」
「突っ込むって言うなっ!」
 全くデリカシーの欠片もない!
「入れたらって言えばいいのか? あんまし変わらない気がするけどな」
「俺は変わる気がすんの!」
「ほんと乙女だな」
「うるせえ! 恋愛教育は姉ちゃんたちにされたっつったろ!」
「突っ込むと入れるの言葉の感覚の違いも教わったのか?」
「教わるか!」
「じゃあお前の感覚なんじゃないか」
「くっそー!」
 言い負かされた気がする!

「ほら腕こっちに回せ」
「え、あ」
 高嶺に腕を取られて首に回すようにされて、気付いたら抱き上げられていた。
「ちょちょちょっ」
 見事に横抱きだ……。
「あ、あぁ、ちょうど良かった……」
 これもばっちし上書きだ。
 宮野先輩にされた横抱きの。
「何が良かったって?」
「……お、おう。こ、これ一番楽な運ばれ方だなーって思ってたんだよ……」
「ふーん……」
 怪しい言い訳だと思う。高嶺が向けてきた視線も怪しげだ。

「お前、隠し事するならもっと上手くやれよ?」
「えっ!」
「ホントは?」
「………………」
「夏樹ちゃーん?」
 抱きかかえられたまま、ぐーっと顔を近付けられて覗き込まれる。
 下がろうと思っても、抱えられてるから限界があるわけで。
「いや、ちょ、何」
「お前素っ裸で俺に抱えられてんの自覚してるか? 足腰たたねえ上に、今から行くトコは風呂場で、イタズラし放題だなあ?」
「いやいやいやいや!」
 この前の風呂場での無茶が頭を過ぎる。
「一時間しかねえんだって! シャワー浴びて髪乾かして! 何もなかったフリしねえと!」
「別に俺は風呂上りでもいいぜ?」
「やった後ですってもろバレじゃねえか!!」
「でも一時間ありゃ、一回くらいイかせる時間あんぞ」
「やめてくれ!」
「うん。何があった?」
「せんぱいがっ」

 あああ、もう、なんかさっきから高嶺のペースだし!
「先輩が来て鍵開けた時……! 玄関から抱っこして運ばれたんだよ! 俺おろしてっつったんだけど問答無用で! そんで高嶺が同じことしたからっ、あぁこれも上書きになったなあって……!」
「………………」
「ごめんて!」
「……お前が基本的に無防備なのはよーく分かったよ」
 呆れたように高嶺は言う。
「き、気を付ける……」
「心配するな。無防備な分まで俺が護ってやる」
「えっ」
 な、なんだ? このいきなり真剣シリアスモード……。

「夏樹……。お前が好きなんだ……」
「え、え、あ、あぁ、うんっ」
 抱きかかえられたまま、さらにぎゅうっと抱きしめられる。
 風呂場へ向かう途中の廊下。
「お前の全部が全部、胸ん中直球で、俺は、動揺したり興奮したりで、どうしていいか分からなくなる……」
「……高嶺?」
「俺のせいなんだな」
「え?」
 高嶺は小さな声でポツリと言った。
「俺が歌の奴を放送で呼び出したのが、変な噂になっただろ。……俺はそれで、お前が不安になるかもという心配しかしてなかった。噂が、今回みたいなことのキッカケになる可能性に気付いてれば、お前を護れたかもしれない。もっと言えば、何も考えないで放送なんかしなければ、こんなことにはならなかったんだ……」
 俺を抱きしめながら、高嶺は俯く。

「高嶺……」
「ごめん。ごめんな……」
 俺は、高嶺に抱きしめられたまま、その右頬にそっと手を当てた。
「高嶺、宮野先輩に何か言われた?」
「……え?」
「この前、俺を泣かせる泣かせないで、資格がどうのこうのって話しただろ? そのことで何か言われて気にしてんの?」
「い、言われたからとかじゃ……。俺は……」
「高嶺が、自分で自分のせいだって思ったのか?」
「だってそうだろう、どう考えても……」
「高嶺のせいじゃないよ」
「え?」
「原因は、歌の奴、だろ? 放送で歌なんか歌った奴がいたら、責任者なら誰だって名乗り出ろって放送するよ。その責任者がたまたま生徒会長の高嶺だったんだ。しょうがないだろ?」
「でも、彰や智に任せれば……」
 高嶺の落ち込みっぷりは半端ない。今まで喋ってる間もずっと気にしてたんだろうな。

「うーん……。まぁ、そんなもしもの選択肢を考えたってしょうがないじゃん。高嶺はきっと今までにいっぱい正解の選択肢を選んできてるって。一個くらい正解じゃなかったとして、それの何が悪いんだよ。最初から完璧に正解の選択肢のみ選べって、そんなこと言う奴いたら俺がぶっ飛ばす」
「………………」
 高嶺は黙ってしまった。
 きっと、誰かに直接そう言われたわけじゃない。
 でも、そうせざるを得ない無言の圧力を受けてきたんだと思う。
 宮野先輩の話だってそうだ。
 高嶺が選択を間違えたって何度も言った。
 間違えるのなんか普通なのに、あっちゃいけないことみたいな言い方で。
 たぶん宮野先輩だけじゃなくて、周りがみんなそうなんだ。
 生徒会長とかカリスマとか言われて、周りの期待も大きくて、高嶺のすることなら間違いないって感じになって、常に正しくあることを求められてるんだろう。
 きっとそういうのって、高校に入ってからとかじゃないはずだ。
 小さい頃からずうっとそうだったから、今もそうなんだろうな。

「しなくちゃいけないことを分かってたのに、自分に負けてしなかったことがあったら、それは責められて当然だけど、高嶺そうじゃないだろ? その時その時にベストだと思って選んだ行動だったら、それ以上の選択肢なんてなかったんだよ、初めから」
「………………」
 高嶺が、俺に、泣かせて嫌われたらどうしようって言ってたのは、こういうことなんだ。
 正しいことが当たり前で、間違いを受け入れてもらえることがなかったから、失敗したらアウトだって思い込んでしまってる。
 そこを、溶かしてやらないと。
「……俺、お前になら泣かされてもいいって言っただろ? お前が好きっつってくれるなら、傷付けられてもいいって。もしかして、そう言ったの、余計プレッシャーに感じたか? 俺の言った言葉が盲目的すぎて、ますます信頼を裏切らないようにしなきゃとか思わせた?」
「……それ、は……」

 俺が塔の上にいるって、こういうことだったのかもしれない。高嶺がプレッシャーに感じるくらい、受け身になりすぎてたのかもしれない。
 高嶺の行動を受け入れるばっかで、その上傷付けられても平気だなんて言って、俺がどうしてほしいかを言わなかった。
 ちゃんと言えば、高嶺は手探りじゃなくて、俺の言葉を基準に安心して動けたんだ。
「……俺、ちゃんと献立の希望は言うよ」
「え、え?」
 口をついて、唐突な例えが出てくる。
「晩御飯のおかず何がいいかって聞かれて何でもいいって言うのはやめる……。お前だって、俺の嫌いなもん出しちゃって、実は俺が我慢して食べてたなんて、嫌だろ?」
「え、え……、いや、嫌だけど……、何の話だ?」
 変な例えを振って、高嶺はようやく暗い表情を一歩脱したようだ。

「俺の決意の話」
「あ、あぁ」
「高嶺、俺も好きなんだ」
「………………」
「お前の事、好きだ。間違えないからとか、いつも正しいからとかが理由じゃない。いろんなことを当たり前みたいに頑張ってる姿勢が好きだ。まっすぐ気持ち向けてくれるところが凄い好きだ」
「……な」
「俺、二人にちゃんと、堂々と言うよ。恥ずかしがらない。付き合ってるって、高嶺は恋人だって」
「…………」
「そんで、もう隠すのやめよう。今まで我がままにつき合わせてゴメン」
「夏樹?」
「学校でも、俺たちは恋人同士だって、手ぇ繋いで歩けばいい」