118<保護者>

「…………ふぅううー……」
 散々興奮しまくる光を宥めすかして、やっと対談を無事に終えた俺は、帰る二人をベッドから見送って、高嶺が入れてくれたホットティに牛乳を入れてひたすらふぅふぅ冷ましながら頭の中でシミュレーションを繰り返していた。
 次に登校した時の、身の振舞い方だ。
 高嶺と一緒に登校すんの見たら、光は絶対また大興奮するに違いない。
「しばらくからかわれるな……」
「今まで恥ずかしいって先延ばしにしてきたツケだろ」
「うっさいな」
 高嶺の言う事はもっともで、まぁ今日のが一番の山場だったと思えば後は何とかなるだろうって感じもする。

「それと、さっき丸山先生から電話あった」
「え?」
 急な話題に、ふぅふぅをやめて、ベッドの端に腰掛ける高嶺を見た。
「お前の具合の話と……。あのさ、お前の保護者って、理事長の息子のあの人なんだろ?」
「……あぁ、陽丘さん?」
「そう、息子の豊さん」
「うん。母さんの昔の知り合いだったらしい。知ってんの?」
「……忘れてるようなら言っとくけど。一応な、俺、生徒会長だからな」
「あ、あはは、そうだよな」
 なんか、最近へたれっぷりを見せてくれるもんだから、ちょっと忘れてた。

「で、なに?」
「……いや、それで、丸山先生、今回のこと、陽丘さんにはまだ知らせてはないんだって」
「………………うわっ、それ忘れてた!」
 そうだ、一応これって今回のことって、結構立派な傷害事件的な?
 保護者に連絡行くとか普通当然なはず……。
「やばい、いや、それは待って!」
「あぁ、待ってるって話だよ。事がこういう問題だった場合は親に知られると二重に傷付く場合があるっていうんで、連絡する前に本人に了解得るようにしてるらしい」
「な、ナイス判断……」
「そろそろ落ち着いてきたなら、その話できるかって電話だったんだけど」
「……あー、俺もしかして、もっと捻くれて寝込んだりした方が普通だった?」
 わりと今日はぎゃあぎゃあ元気に色んな人と喋ってる気がする。
 ……やることやったわけだしな!
 俺が乾いた笑いを交えつつ訊くと、高嶺は優しい顔で笑ってくれた。

「……弱い奴がホントに弱いって話だよ。いや、彰も篠原ももっと丸山先生くらいの気遣いを見せろっていうんだ。お前の友達も様子聞くのにちゃんと電話してきたし」
「はははは」
「で、連絡するけどいいかって話だった」
「だだだ、駄目だって!」
「やっぱ嫌か……。そうだよな。お前の場合、保護者ではあっても親じゃないし、他人にこんなこと知られたくない気持ちも分かる……。でも丸山先生の立場からすると知らせないままってわけにはいかないだろう?」
「いやいやそうじゃなくて!」
 俺はなかなか冷めないホットティを持て余しながら色々否定した。

「さすがに、が、学校、休学とかさせられたりするかも……」
「……は? なんでお前が休学……」
 高嶺の表情が強張る。
「俺、なんか今色々敵多いじゃん? 噂聞いて、陽丘さん一回会いにきたんだよ。過呼吸の話とかも丸山先生から聞いてたみたいで、学校生活が負担になってんじゃないかって。復学のタイミング早すぎたなら、もうちょっとゆっくり休んだ方がいい的な話で……」
「……そういう、休学か」
「いや、まぁ、そん時はそこまで本気で考えてなかったぽいし、俺もないないって言っといたから大丈夫だったんだけど、さすがに今回みたいなの巻き込まれたって知ったら……もしかして、の可能性も」
 高嶺は眉間にしわを寄せた。

「……そうだな、普通考えるよな……保護者の立場なら。俺だって、それがお前にとって最善ならそうすべきなんだろうとも思う……」
「ちょ、高嶺まで!」
「でもお前の為だとしても、夏樹が休学するのは嫌だって我がままなことも思ってる」
「ぜひそっちを前面に押し出した意見を持っててくれ」
「……分かった」
 俺がキッパリ言うと、高嶺も少しの間の後しっかり返事をくれた。

「けど、黙ってるって選択肢以外の方法の方がいいな」
「やっぱ言わなきゃ駄目か……」
「教師としては、知らせないわけにいかないだろう。丸山先生の胸に秘めておいてもらえるレベルを超えてる」
「だよな……」
「……完全に、犯罪として成立する……。俺は、お前が巻き込まれるまで、そんなことも認識してなかったんだな」
「高嶺……」
 高嶺の手が、ホットティのカップをそうっと取っていった。

「親衛隊が実際に報復をしてなかったんだとしても、俺はしてると思ってたんだ。報復制度の禁止を言うべきだった。そうしたら親衛隊を騙っていた奴らも、好き放題できなかったはずだ」
「……ていうか、誰も言わなかったんじゃないか。学校中が親衛隊の報復制度のことは知ってたのに、それを犯罪だと指摘して問題にする奴いなかったんだ。俺もその一人だよ。高嶺がって言うより、この学校全部が麻痺してるんじゃないか? だって教師だって知ってたはずだろ? 報復制度なんて有名なもの」
「……ある意味、篠原が一番正常な考えだったわけか」
 高嶺は自嘲気味に口元を歪めて、それからホットティに息を吹きかけて冷ましはじめた。

「仮にも生徒会の親衛隊がそんな犯罪行為を実際にするわけないって言い切ってたもんな。確かにその通りだったんだよ」
 あいつ、なんか変で嫌味な奴だけど、悪い奴じゃないんだろうな。
「……いや、ちょっと待て」
 ふと高嶺の声色が変わる。
「ん?」
「……教師も知ってた?」
「え、それが何……?」
「いやいや、ない。そんないくら何でも……。俺たちは……学生は、完全に学校の内側にいるから感覚が麻痺してるのも頷けるけど、教師は有り得ないはずだ……。うちはただでさえそういう暴力問題が多くて、保護者の強引な揉み消しやらで頭を悩ませてるんだ。親衛隊の報復制度なんて暴力問題の種、放置しておくはずがない……」
「……そういや、そうだよな」
 言われて初めて、そういやそうだよなと思い至る俺も、随分この学校の感覚に慣らされてきたものと見える。

「教師は知ってたんだ。報復制度が建て前のものだと」
「…………」
「実際には報復は行われず、生徒の欠席もフリだと分かっていたから問題にしなかったんだ」
「フリって分かってるのに欠席を認めてたってこと? 学校公認の仮病?」
「お前は知らないからな……。親衛隊が報復制度を敷く前の、ファンの乱れっぷりを」
「そんな凄かったのか」
「まぁメンバーが……というより俺と彰と、留学してったもう一人がな……、騒ぎ自体はうざいとは思ってたのに、据え膳状態に負けて正そうとしなかったってのもある……」
「あぁそう」
 とりあえず、どうでもよさげな相槌をしておく。
「その状態に戻ることを思えば、たまに生徒が仮病で休むくらいは、ってことだったんじゃないだろうか……」
「教師は報復制度がフリだって知ってたってことか」
「でなきゃ普通、教師側から親衛隊の解散か報復制度の禁止が言われるだろう。篠原に確認した方がいいな」
 湯気が落ち着いてきたカップを俺へと託し、高嶺は携帯を取り出した。
 二人の驚きが部屋中に響き渡った。