119<ミルク>

『そうですよ。だって僕は教師から話が伝わって、会長も報復制度がフリなの知ってると思ってたんですから』
 静かな部屋の中では電波状況のいい電話の通話内容は隣からでもよく聞こえた。
「そうか。やっぱり教師は知ってたのか」
『僕の確認不足でしたね……。よく考えれば、安易に口に出せない内容だったのに、伝わってるだろう、は僕の怠慢でした……』
「いや、今はその話じゃないんだ。俺たちでさえフリだと知らなかったことをフリだと知って親衛隊を騙る奴らがいたとしたら、もとから知ってた教師から情報を得た奴がいると思ってな」
『………………』
 高嶺の言葉に電話の向こうから沈黙が返ってきた。

『教師が、扇動を……?』
「いや、そこまでは言っていない。教師から何かの拍子に報復制度が建て前だってことが洩れた可能性があるって話だ」
『……それは、……一番有り得る話ですね……、いえ、でも』
「何だ?」
『待ってください。でもそんなスキャンダルな内容が〝何かの拍子〟で洩れたなら、それはあっという間に生徒達に広まっておかしくないはずです。それがたまたま、親衛隊を騙ろうなんてことを考える奴にピンポイントで洩れたってことですか?』
「…………」
 今度は高嶺が沈黙する番だった。
「……篠原お前、頭の回り具合が最高だな」
『ありがとうございます』
 なんかとっても、ヤバイ話になってるのは気のせいか?

「まさかとは思ってたが本当に扇動している可能性が出てきたな……」
『もしそうなら、実際の暴行に関わっている可能性すらありますよ。扇動だけしても何も得はしませんから』
「篠原、まだ何も根拠があるわけじゃないが、その線で動いてくれ。こちらが偽の親衛隊の存在に気付いたことを相手に悟られないように。しばらく学校側への報告もなしだ。教師も咬んでるとしたらどう出られるか分からない」
『了解です。ギリギリセーフですよ。もう少しで綾瀬の部屋へ行くところでした。接触するなら細心の注意を払った方がいいですね。誰がどこで見ているかわかりませんから』
「連絡は取ったのか?」
『携帯は繋がるんですが出ないので話がある旨のメールは送りました。今は返信待ちです』
「分かった。何か分かったら知らせてくれ。こちらもそうする」
 そう言って高嶺は二言三言言葉を続け、電話を切った。

「……聞こえてたか?」
「うん……、かなりクリアに」
「そういうことだ。……相手がどんな奴らかはまだ分からないけど、でもお前は絶対に護るからな」
「……うん。頼りにしてる」
 付き合うってなる前に自分を頼れと言われた時は拒否するしかなかったけど、今は素直に頷ける。
 だって俺は……今は、高嶺の、恋人……だ、し……な。うあ恥ずかしい、頼っていいよな!
「いいんだよな!」
「お? おぅ、頼りにしてくれ」
「う、うん分かった!」
 なんだっつうんだ俺。

「ホットティ、もう冷めたんじゃないか?」
「あ、あぁ、そうだ」
 忘れかけていた手の中の存在。
 湯気の出ていないそれをそろっと口に含む。
「あー、ちょうどいい」
「だいぶ時間たってんぞ。ちょっとかしてみろ」
 高嶺は俺からカップを奪い、一口飲んだ。
「ぬっる」
 そして顔をしかめて俺の方へと戻してくる。
「ぬるいかぁ? ちょうどいいけどなぁ。ヤケドもしないで普通に飲めるあったかい温度……」
「猫舌だったな……」
「それは認める」
「お前もどっちかっつうと猫だよな」
 ふいに高嶺はそんな話題を出してきた。

「高嶺は……犬か? いや違うな……、猫でもないしな……」
「俺のことはどうでもいいんだよ」
「なんでだよ」
「なぁ、今度一回にゃあとかっつってみて」
「にやー」
「………………」
 高嶺はものの見事に沈黙する。
「…………なんだよ」
「……ゆ、夢はくれないのか? そんなやさぐれたニャーが欲しかったわけじゃ」
「ひょっとして高嶺って結構変態入ってる?」
 我ながら今さらな質問だと思うけども。
「変態は嫌いか?」
 風呂場でやった時、めちゃくちゃって条件を、乱暴にするって意味じゃなくハードプレイの意味に捉えた高嶺だもんな。
 縛られたり目隠しされたりイけないようにされたりお湯責めされたり、あれが変態じゃなければ何だっていうんだ。
「はいはい。高嶺なら変態でもいいよ」
 呆れ声で答えを返してやる。

「……おーまーえーはぁー」
 再び高嶺にカップを奪われた。
「あ、まだ飲むし!」
「………………」
「ちょー!」
 ようやく冷めて飲めるようになったっていうのに、高嶺は目の前でそれをがっつり飲む。
「たかみねっ」
 呼びかけたら高嶺はカップから口を離した。
 返してくれるのかとカップを目で追っていたら、ふいに髪を掴まれる。

「え? な、ンぅっ」
 なんつう不意打ちなキスっ
「んゥっ、ン!」
 と思ったらなんて奴だ……!!
「ぅう、ン、く」
 口に含んで飲み込んでなかったミルクティ流しこんできやがった……!!
「んク、っ」
 ミルクティの味に、喉が勝手にその液体を飲み込んでいく。
 口元からこぼれたりもした。

「っはぁ、たか」
 ようやく流し込まれたのを全部飲み込んで、なんとか抗議の言葉を紡ごうとするけど上手くいかない。
 高嶺はまだキスを続けてくる。
「ちょ、なに……いきな、りっ」
「いいって言うから変態になってみたんだよ」
「口移しがか!」
「まぁ色々」
 答えて高嶺は俺の口元に舌を這わせてきた。
 こぼれたのを舐め取ったらしい。
「……っ、も、アホ!」
「あれ、もう駄目か? 俺の変態許容範囲ってここまで?」
「こういうのは変態っつうより馬鹿っつうんだ!」
「よーし、待ってろ」
 高嶺はカップをベッド脇のサイドテーブルに置くと、うきうきした感じで部屋を出て行く。

「……なに」
 しばらくしてすぐに戻ってきた高嶺は、右手に紙パックの牛乳と、左手に皿を持って戻ってきた。
「なに、する……」
 目の前で、皿に牛乳を注ぎ始める高嶺。
「……もしかして」
 高嶺はカップの横にパックを置き、皿を両手で持って、俺の目の前に差し出した。
「舐めて」
「………………」
「お前のやさぐれたニャーで傷付いた俺の心を癒してくれ」
「………………」
 本っ気で言葉が浮かんでこなかった。
 まじ? という意味合いを込めて高嶺を見上げると、素敵な笑顔を浮かべている恋人の姿。

「…………これは、たしかに、ヘンタイだ」
「だろ? いいって言うなら毎日何か考えるぞ」
「いやっ、よくない! 毎日はやめろ、勘弁だ……」
「ははは、毎日はやめろっつっても、変態はやめろって言わないんだな。お前も充分変態だろ」
「うわっ」
 言われて初めて毎日しか否定しなかった自分に気付く。
「……あ、ぁ」
「舐めてくれよ」
「…………っ」
「なつき」
 高嶺の声は、なんでだか、頭をぼうっとさせて。
「……ぅ」

 つい舌をぺろっと出してしまったら、もう後には引けなかった。
「………………」
 一度ぴちゃっと舐めて、濃い沈黙の中、もういいかなと高嶺を見上げる。
「……ちょ、お前、分かっててやってんのかその上目遣い」
「へ、ぇ、いやっ、ちが」
「まだだ! もっと!」
「ええっ」
「毎日考えるのはやめるからその分! 一回じゃ牛乳もったいないだろ!」
「そういう理由!?」
 やばい、高嶺が壊れてる。
 別に変態でもいいなんて適当に返事すんじゃなかった!
 もう俺高嶺に何が地雷なのか分かんねえっ!
 さっきまですげえシリアスな話してたのに!

「夏樹、ほら、もう一回、舌出しな。可愛いから」
「……っ、……」
 な、なんだってこんな、おれにMッ気なんて、ないはずなのに……。
「俺の可愛い夏樹」
 こんな馬鹿げたこと、やらなきゃなんない理由なんてないのに……。
「牛乳……、ほら、夏樹の好きなミルクだ。舐めて」
 つい、口を開けてしまった。