12<ノリ>

 安達と萩迫と一緒につるんで楽しく学校生活を送るようになって三日。
 二人のフォローもあって、俺は思っていたほど色んなことに気を使わなくていい生活を送れていた。
 事情を知った二人は、転校の詳しい理由や容姿の話題から俺を絶妙な感じに遠ざけてくれるのだ。
 そのさりげなさは見事、って感じで、俺は二人に感謝しきりだ。

 そしてもう一人の秘密の共有者、小野寺はどうしてたかって言うと。
 これまた面白いことに、俺がクラスメイトにそういう話題をふられそうになる度に大げさに咳き込んで欠伸をしてみせたり伸びをしてみせたりして注目を集め、自分に話題を移すという匠の技っぷりを披露してくれている。
 いつもストイックに音楽を聴いている奴がいきなりふぁああとか間の抜けた声を出したらそりゃ注目も集めるってもんだろう。

「なんか、俺も恩返ししなきゃなー」
 とりあえず、今現在は安達と萩迫にささやかな恩返し中だ。
 いわゆる、二人っきりの時間ってやつである。

 授業も終わった放課後の時間、一緒に寮に帰ろうという二人の申し出を、俺は先生に呼ばれてるからという理由で断った。
 付き合ってるっていう二人の間に、放課後までお邪魔するのはちょっと野暮ってもんだろうと三日目にしてようやく思い至ったわけだ。
 だってなんか、放課後になるとそわそわしてるんだもんな。二回も一緒に下校すれば、早く二人きりになりたがってるのは目に見えて分かる。

 男同士っていまいちピンとこなかったけど、何の事はない、普通の男女のカップルと気持ちは何も変わらないってことなんだ。
「あーあー。俺も彼女欲しいなぁー」
 前に付き合っていた子は、俺が事故にあって連絡がとれなかったせいで自然消滅だ。携帯も何もかも壊れちゃって連絡がとれなかったのはもちろん、一ヶ月も意識不明だったせいなんだけど、夏休みに入っていきなり音信不通になったらそりゃ、距離を置かれたと向こうが思っても仕方が無い。

 夏休み、一緒に遊ぼうって友達としてた約束もみんな、俺が事故にあったせいで反故にしてしまった。
 それに例の特殊事情だ。学校でも夕香は長期入院って形で伝えられ、死んだことは知らされなかったらしい。だから見舞いに行きたいって生徒を止めるのに学校側は夕香が長期入院してるはずの病院を教えなかった。
 それで、ついでに俺の入院先も教えなかった。俺から夕香の入院先を聞き出そうとする生徒がいるかもしれないってことだったらしいけど、そのおかげで俺には友達が一切見舞いに来なかったんだ。
 壊れた携帯もそのまんまで、正直、涙が出たよ、全く。

「あとニ、三年の我慢だ……」
 そうすれば、ほとぼりも冷めて、地元に顔も出せるだろう。

 そんなことをぼんやり考えながら廊下を歩いていた俺は、ふと我に返った。
「……あれ」
 ここどこだ?
「………………」
 先生に呼ばれているという嘘を、いかにも本当って感じに見せる為、どっかの準備室に向かった的な感じで教室を出てうろうろしていたのが仇になった。
 俺ってば、方向音痴なんだった。

「……あー。とりあえず、一階に降りるかー」
 そしたらエントランスとか職員室とか、雰囲気で分かるだろう。それに窓から外に出ちゃうとかいう手もあるし。
 俺は近くに見つけた階段から下に降りようと、一歩足を踏み出した。
 その時。

「ねぇー、頼むよ瑠璃川さん~。俺ら本気なんだってばー」
「そうそう、本気上手いからコイツ。任せてよ」
「ね? いっぺんだけ、試しでいいから使ってみてよ」
「そうそう、やらしてくれたら一発で分かるって」
 俺が降りようとしていた階段の踊り場に、数名の生徒に囲まれている華奢な生徒が一人。
「…………」
 イジメ?

 いやいやいや!
 なんか話題が怪しいし! 昨日安達と萩迫が言ってたこの学校で多いノリって、まさしくコレか!?
 ついこの前この学校の代表たる生徒会長さまにそのノリをぶつけられた俺は、他人事とは思えず、気が付いたら行動していた。

「ちょぉっと待てーッ!」
 階段を二段飛ばしで駆け下りる。
 俺の声に気付いた生徒たちは俺の声と凄い足音に気付き、振り返る。
「な、なんだおまっ」
「うおあっ」
 だんっ、とかなり大きな着地音をさせて現場に到着した俺に驚く生徒が三人。
 三人で一人に寄ってたかってナニするつもりだったんだコラ!
 うあ、しかも学年章見りゃ三年の先輩だし! めんどくせえ!

「な、なんだお前っ」
「一年か!?」
「関係ねえだろ! すっこんでろ!」
 俺は無言で笑顔を作り、手をぽきぽき鳴らして、くっと首を傾けた。
「……ぉ」
 とたんに静まり返る三年生たち。

 しょせんお友達でつるまなきゃ何もできないお坊ちゃま校の軟弱生徒だ。体つきを見れば分かる。
 囲まれてた人より背は高いものの、みんな猫背で筋肉なんか全然なさそうだった。もちろん、殴り合いをやったことがあるのかさえ疑わしい。

「俺がムカついたんだから関係あるし。相手一人に三人で迫って一体どうしたんですか?」
 さあいつでも来いとばかりに俺は鳴らした手をぶらぶらさせてほぐし、構えの姿勢をとった。
「な、何だお前……っなめてんのか!」
 三人の中で一番リーダー格っぽい一人が、意を決したように向かってきた。
 って、ちょ。

「おーいおい」
 殴るじゃなくて突き飛ばすつもりに突き出された手は、思った以上にバカバカしい。
 俺は半身になって難なくかわし、逆にその手を逆手にとって後ろにひねり上げた。
「無理すんなって」
 そんで手を離してから背中に軽く蹴りを入れてやると、ものの見事に吹っ飛ばされて、仲間に激突なんかしている。
 えー、これで人を襲おうとしてたわけ?

「く、くそ! 覚えてろよ!」
「行くぜ!」
「瑠璃川さんっ、話はまた今度!」
 三人はばらばらに捨て台詞を残し、重なる声をなんとか聞き取ってやった俺はいまいち手ごたえのなさに首をかしげた。

「ありがとう、助かったよ……」
 くすくす笑いながら礼を言われて、俺は後ろを振り返った。
「………………」
 思わず沈黙する。

 だって、本当に男か? って感じの美人が目の前にいるもんだから。
「……だ、大丈夫でしたか?」
 安達だって相当女の子っぽくて可愛い系だと思ってたけど、この人はさらに上の凄みを帯びている気がする。
 可愛い系より美人系だ。超クールな感じ。ほんの少しゆるくウェーブしている髪がまた超似合っている。

「そんなに見られても困るんだけど……」
「あっ、いや、すみません!」
 学年章は二年、ってことは年はタメで、学年は上か。
「……えーっと、その反応ってことは、俺のことは知らないのかな? 君、もしかして例の転校生?」
「え? あ、はい」
 良く分からないけど、なぜか俺のことに気付いた先輩はにっこりと笑う。

「うん、本当に助かった。実はね、しつこくて参ってたんだ」
「し、しつこいって……や、やっぱそっち方面ですか?」
「あはは。俺にそっち方面で迫る人はいないよ、中々ね」
「え?」
 先輩は愉快そうに笑った。

「俺は瑠璃川真人 ( るりかわまさと ) 。生徒会の会計を担当してるんだ」
「………………」
 せいとかい。

 この前、神の国がどーたらこーたらで、色々敵に回したくないなら避けといた方がよさそうって流れで郷に従う話をしてた、あの、生徒会?
「…………さすがに生徒会の人間は押し倒されたりしないよ。後の報復がそりゃあ恐ろしいからね。でも君は俺が生徒会の人間だって知らなかったんだろう? 見ず知らずの生徒を体を張って助けようとしてくれるなんて、いい子だね」
「…………はぁ」
 俺は他にどうすることもできなくて、曖昧に頷いた。

 いい子、って……。