120<メデューサ>

 それから三日目の木曜日、俺は引きこもりをやめることにした。
 まぁ、平たく言うならば交際オープンの初登校ってやつなんだけれども。
「………………」
 朝から光とのメッセージのテンションは凄いことになっている。
「で、なんだって?」
 エレベーターが5階に着くのを待っている中、隣から声がかかる。
 高嶺だ。
「……もう教室着いたって。スタンバイはバッチリらしい」
「お前の友達面白いな」
「……うん」
 否定できない評価だって。

 この前言ってた、次に登校する日の事前報告ってやつを済ませた昨日の段階で、折り返し電話がかかってきたんだぞ。
 例のごとく興奮して暴走しまくる光のトークに、俺は相槌さえ打つ暇はほとんどなかったように思う。
「……どんな反応されっかなぁ」
「まぁ、大騒動になることは間違いないな。校内放送程の混乱は起きないだろうが」
「アレは酷かった。だって校内全域同時告知だもんな」
「悪かったって」
 とりあえず到着したエレベーターに乗り込む。

「一番気をつけることは分かってるな?」
「あぁ、犯人側に、俺が襲われたこと高嶺に喋ったって思わせないようにってことだろ」
「犯人探しをしてることもだ」
「難しいよなー。普通やっと出てきたと思ったら高嶺と一緒に登校って、真っ先に疑われるって」
「けど俺がお前に飽きたと思われたままの方が危険だ」
「そうなんだよなぁー」
 結局のところ、俺たちの演技にかかっているわけだ。
 土曜のことでびくびく周りを警戒している俺と、それを不思議そうに尋ねる高嶺。さらに、それに対して何でもないと首を振る俺。
 犯人側が近くで見てるとも限らないから、そういうやりとりを遠くからでもジェスチャーで分かるように演技しないといけない。
「はぁ」
 繊細な問題にぐったりしたところで、エレベーターは止まった。3階だ。

「げっ、誰か乗って来る!?」
「夏樹、こっちに来とけ」
 高嶺に肩を抱かれて立ち位置を端に移動させられた。
 うああ、すでにエレベーターの段階で初登校は始まってんだな!?
「…………」
 がーっと開いたエレベーターの向こうから、眠そうな顔をした生徒が一人、ふらーっと乗ってきて、はっと高嶺に視線を向けた。
 そしてちょっと驚いたように体を揺らし、表情を僅かに引き締め……俺に視線を移して固まった。
「………………」
 高嶺が何事もなかったかのようにボタンを押し、ドアが閉まる。
 ドアが閉まって初めて、そいつは思考を復活させたらしく、ぎこちない足取りで俺たちとは反対側の隅に立った。

 か、肩を抱かれたのは立ち位置を移動させられた時だけで、今はお互い体は触れていない。
 けど、このポジションが既に、高嶺と俺は連れですと言っているようなもんだ……。
 新聞部のせいで佐倉夏樹の外見がどんなであるかは既に広まりきってるし、一緒に登校している二人が誰かなんて、見れば一発で分かるはずだ。
 そんで、この密室。
 あぁ、なんかもう、正直自分にウケる。
 俺、何やってんの?

「………………」
 2階ではエレベーターは止まらず、1階に到着して、俺たちは先に降りた。
 居合わせた相手から、自分は絶対先に降りませんオーラが凄い出てたってのもある。
「……なんか、既に想像以上なんですけど」
 エレベーターから降りて、コンビニやら談話室やらで始業前の時間を潰している生徒の間を抜けて歩くわけなんだけれども。
 俺たちはもしかしてメデューサか何かか?
 あの、目が合うとピシって石になっちゃう、どっかの神話の化け物?
 っていうか、俺たちが目を合わさなくても、俺たちを見たとたん、皆固まっていくんですけど。

「まぁ想像の範囲内だよ」
「うっそ」
 高嶺の落ち着きっぷりは半端ない。
 騒がれなれてるというか、注目され慣れているというか。
「夏樹」
「え?」
 ようやく寮の外に出た時、高嶺が声をかけてきた。
「手」
「て?」
「手ぇ繋いで歩く」
「…………」
「そう言ったよな? 覚えてるぞ」
「……う、うふふふふ」
「そんなことで気持ち悪いと思ってもらえると思うなよ。断固握る」
「あはは、なんでバレんの」
「お前のテレ隠しは大体把握したっつーの」
 ん、と差し出された手に、すごいドキドキする。

「…………」
 だいたい、俺は高嶺の手、超好きなんだよ。
 超だ、ちょー、好きなんだ。
「……う」
 そろそろと手を伸ばして、高嶺の熱い手のひらに重ねる。
「よしっ」
 とたん、ぎゅっと握りこまれて俺は慌てて俯いた。
「…………あぁー」
 今の顔は誰にも見られたくない。
 ゆ、ゆるんでるぞマジで!

 それからはもう、顔なんか恥ずかしくて上げられないし、周りの様子を見てるどころじゃなかった。
 堂々と歩いてるだろう高嶺の横で、俺は俯いて歩く。
 でも、手はしっかり握り返したまんま。
 うあああ俺も随分破廉恥になったもんだ……!
「なっちゃん!! 会長!! おはようございます!!」
 光のでっかい声が響いてきて、俺は教室に着いたことを知った。
「ひ、ひかる」
 ふと顔を上げると、案の定ぴったり動きを止めて固まっている生徒が廊下に点々といて、教室の前に光と要がいた。

「おはようございます会長。大丈夫でしたか?」
「あぁおはよう。俺的には大丈夫だったけど、夏樹は結構ヘロヘロだ」
「ほんとだ」
「いやあぁなっちゃんヘタってるの可愛い~」
「ちょ、ひかっ」
 高嶺との交際をカミングアウトする気はあっても、素顔を公開する気はないんだぞ、前髪をめくろうとするなっ。
「光。お仕置きされたいのか?」
「…………」
 ピッキーンと固まる光。
 光にとっちゃお仕置きの一言はメデューサ並みの凝固作用があるらしい。