121<ジェスチャー>

「夏樹、例の」
「あ、そっか」
 耳元で囁かれてぴくりと反応する。
 例の犯人側への対策だ。
 光と要にも話は通してあるから二人もばっちり合わせてくれるはず。
「今日からまた噂が凄そうですね」
「夏樹が決心してくれたおかげでな。どこでもいちゃいちゃし放題だ」
 ちょ。
「…………」
 その話にはすごいツッコミを入れたいところだけれどもっ。
 俺の役割は、高嶺と要の会話から意識を逸らして周りをびくびく窺うこと。
 なるべく、傍から見たら警戒バレバレって感じがベスト。
「あれ? なっちゃんどうしたの?」
 そこで光が俺の行動に気付く。
「えっ? なー、何でもない何でもない」
 そして大袈裟なジェスチャーで何でもないことをアピール。
 それに気付いた高嶺と要がどうかしたのかと覗き込んできて、さらに何でもないアピールをする。

 まだ登校していない生徒もいるとはいえ、廊下の階段の方には人がどんどん溜まってきているし、離れた教室からも身を乗り出して覗き込んでいるのもいっぱいいる。
 その中での大きなジェスチャーは、たとえ犯人がこの場にいなくとも何らかの噂として伝わるだろう。
 それに、何回かやるつもりだし。
 周りはきっと、カミングアウトに対する反応をびくびく警戒しているのを高嶺や友達に必死に隠している、と思うだろう。
 でも犯人側はその噂を、自分達に対する警戒を周りに隠しているのだとちゃんと思うはずだ。
 あんだけ口汚く抵抗しまくった俺がカミングアウトに対する反応ごときでビクビクするとは思わないだろう。

「そうかなっちゃん! 初めて会長と一緒に登校したから不安なんだね!」
「えっ」
 興奮しながら棒読みをするという芸当を披露した光の目がキラキラ輝いている。
 そ、そこまでキッチリ会話しなくてもいいと思うけど。
「そうか、それは良くないな」
「ええ?」
 要まで乗ってきてるし……。
「会長。やっぱりきっと凄い噂になるだろうし、夏樹が不安なのも無理はないですよ」
「そうだな」
「………………」
 何をやってんだ三人とも。

「俺が生徒会長なんて立場なばっかりに、不安な思いさせてごめんな」
「え、え、……ふわぁあっ」
 だ、抱きしめられた……!!
 こ、公衆の面前で!
 あいや、でもこれ二回目か!?
「あ、あ……」
 でも、前と違って俺には怒鳴り散らして拒否する理由がないんだよ……!
「ややや、あぃやっ、たか、みっ」
「うぅぅ~」
 隣で変な声がすると思って振り返ったら、光がすっごいにやけた顔で、出そうな声を両手で塞いで我慢しているのが見えた。
「かわいすぎるぅー……っ」
「は、図ったな!!」
「だって見たかったんだもん~!」
「光……っ!」
 どうやら俺の知らないところで、警戒アピールジェスチャーには続きが加わっていたらしい。

「こらこら怒んなよ夏樹。いいだろ? 初日なんだからこれっくらいラブラブっぷりを披露したって」
「俺は自分のキャラクター上どう反応していいか分かんねぇんだよ!」
「素直に抱きしめ返せばいいだろ」
「あぁ、夏樹、それいいよ」
「要ぇっ!」
 要にまでそっちに回られたら俺は独りだ!
「わっ、夏樹っ、そこで涙目になるなよ!」
「なに!? おい夏樹っ、泣くならこっち向いて泣けっ」
「もーやだ帰るぅ」
「きゃあーっ」
「うっわ、夏樹っ」
 俺の泣き言に光はますます興奮し、高嶺は真っ青になる。要はどうやら言葉を失ったらしい。ざまをみろ。俺だってやる時は捨て身の演技をするんだぜっ!

「……夏樹ごめんっ、手ぇ繋ぐのでまだいっぱいいっぱいだよな!? 悪かった急ぎすぎたっ」
「…………あー」
 高嶺に解放されて、人心地つく。
「だんだん高嶺のポイントが分かってきた」
「なっ」
「地雷も読めるようになればいいんだけどなー。修行しよう」
「お前ぇ~」
 高嶺が脱力しつつ呟く横で、光と要がぽかーんとしている。
「どうしたんだ?」

「……か、会長って、なっちゃんにはそういうところも見せるんですね」
「そういうとこ?」
「っへ、ヘタレな部分ですぅ~……!!」
 光が例のごとく涙の潤んだキラキラ目で言う。
「へ、へたっ」
 ショックを受けてる高嶺。
 ってか、光、なんか高嶺への発言が大胆になってきてないか?
 最初の頃は神様だ何だっつって恐れおののいてたのに。
 もはや生徒会長っつうより、友達の彼氏って認識に近くなってそうだな。

「なっちゃんの涙に今超びびってませんでした!? おろおろしてましたよね!? なんか僕、会長がそんな風ですごい安心しました……!」
「ど……どうも」
 どう答えていいか分からないらしい高嶺は適当に答えるしかなす術がないらしい。
「っあー、会長、大分混雑が激しく……」
 光の頭にぽんぽんと手を置いて落ち着くように促した要が、階段の方に目線をやりつつそう言った。
「あぁ、まずいな」
 登校してくる生徒が使う、校舎の入り口に近い階段の方の廊下に、俺たちの姿を目に留めて進むに進めなくなった人がすごい固まっている。
 そりゃ、寮内でもメデューサ現象だったんだ。
 ここでも同じことが起こるよな。

「じゃあ夏樹、俺行くな」
「あ、うん……」
「何かあったらすぐ連絡しろ」
「うん……」
 さっきまで抱きしめられてぎゃーとか思ってたのに、いざ高嶺がどっかに行ってしまうとなると、俺はなんでか本当に心細くなってきた。
「……じゃあ」
 だって、土曜日からこっち、ずーっと高嶺の部屋にいたんだ。
 そばにいなくたって、高嶺の部屋にいるってだけで、安心できたんだ。
 ここで別れて、その後は?
 いつもの日常に戻って、俺は自分の部屋に帰って……。
 何かあったら、連絡する……? 何か、あったらって、それって、何かあるかもしれないってことで、高嶺のそば以外に安全な場所ってどこなんだろうか。

「じゃあな……」
「っ」
 離れようと足を踏み出した高嶺の、腰のベルトの端。ベルト通しからわずかにぴょんと出ていたその先っぽを、気が付いたら掴んでいた。
「な……つ、き?」
「ほ、放課後……、まって、る」
「……なつ」
 つまりは、迎えにこいよという意味だ。
 い、忙しいかもしれないけど、一緒に帰るくらい、せがんだって……いい、よな?
 たぶんまた、すぐ学校に戻ることになるのかもしれないけど。
 いや、俺が高嶺の仕事終わるの待ってたっていいんだ。

「大丈夫。初めから迎えに行く気満々だ」
「そ……、なら、いい」
 ベルトを掴んで引き止める理由がなくなって俺はぱっと手を離した。
 だが高嶺は逆に近付いてくる。
「その前に、俺の中では当然昼も一緒に食う予定だしな」
「そ、そう」
 気恥ずかしくて目線を逸らすと、近付いてきた高嶺に頭をぎゅうっと抱きかかえられた。
「う」
 そしてすぐ離れていく。

 こんなハグなら、いつでもいいかもしれない……。とか思った自分が恥ずかしすぎるっ。
「じゃあ、夏樹のこと、頼むな」
「任せてください」
「バッチリです!」
「じゃ、またあとで」
 俺は手を振って高嶺の背中を見送った。