122<移動>

 昼休みはとんでもなかった。
「…………」
 昼飯を一緒に食おうと迎えにきた高嶺に、光がみんなで食堂行きませんかと誘ったのが始まりだ。
 俺は、大騒ぎになるのが目に見えてたから、何もカミングアウトしたその日に食堂に行くことないじゃんと言ったんだ。
 けど、高嶺と光に却下されて、四人で仲良く食堂デートだ。
「しかもトリプルだし……」
 騒ぎを聞きつけた瑠璃川先輩と福神先輩がやってきて、席が広かったこともあって相席することになり、現場はもう酷い有様だった。

 生徒会長含む生徒会員が三人と、結構知られてるらしい有名人カップルの光と要、そこに根暗眼鏡の俺一人。
 遠く離れた席からはすげぇ視線と喚声。最初から近くに座ってた生徒は見事にメデューサ現象を起こし、そっから先は全然席が埋まらなかった。
 面白がったのか浮かれたのか、高嶺が俺にポテトあーんとかした時には、あまりの大反響に死ぬかと思った。
 ぎゃーだの、いやーだの、やめてーだの。
 定石通りの展開になんてそうそうしてやるかと思った俺は、ポテトを突き刺したフォークを奪って逆に高嶺の口にポテトを突っ込んでやったわけだけども。
 ……俺っていつも、後先考えず行動して後から後悔するタイプだよな。

 きっと食堂で飯を食った生徒は大半がなかなか進まなかっただろう。食堂の皿洗いの人はいつもより生徒の引きが遅くて仕事が伸びただろうな……。ごめんなさい。

「佐倉ってやっぱ会長と付き合いだしたの?」
「でぇっ?」
 やっと教室に帰ってきてようやく自分の席についたと思ったら、何の前触れもなく隣の小野寺が話しかけてきて、俺は思いっきり固まった。
「……え、え、……いや、それ、今?」
 結構朝から噂凄いんだけど……、今、昼休みもだいぶ過ぎて終わりかけなんだけど。
「いや、朝からなんかざわついてるなとは思ってたんだ。昼に友達と飯食った時話聞かされてさ。俺が佐倉と席隣なの知ってて、どうなのとか聞かれた」
「……あー」
 そういや小野寺っていつも音楽聴いてるもんな。
「いや別に、その友達に報告するのに興味本位とかじゃないから。純粋に、トモダチとしてさ」
「……え、……うわぁ」
 小野寺が何の躊躇いもなく俺をともだちって言ってくれるなんて、なんかすげぇ嬉しいんですけど!
 ユーカのことで秘密を共有してる一人とはいえ、俺から友達だよなとか言葉にするのは図々しいのかとか、ちょっと悶々としてたし……!

「なに喜んでんの……?」
「いやっ、俺小野寺好きだなって思って!」
「えっ、いやちょっと。う、嬉しいけどさ、会長に嫉妬されそうな発言謹んでくんない……?」
「あ、あぁそうだよな……はは」
「何があったんだ?」
「……あー、……うー、……まぁ、カミングアウト?」
 それ以外にどう答えろと……。
「あぁ、結局口説き落とされちゃったわけか」
「結局って何だよ……」
「だって会長が放送で佐倉は俺が落とすって言ったんじゃん。生徒会室送ってった時、俺内心、あぁ佐倉は落とされそうだなーって思ったよ」
「思ったのかよ!」
 ……まぁ、小野寺に生徒会室まで送ってってもらったのは確か、付き合うことになった次の日で、気も緩んでただろうけど……。

「俺はよく分かんないけど、会長は色んな人に想われてるし、人として普通に魅力あるんだろうなーって思ってたから。そんで佐倉は乙女の恋愛論を植え付けられてどうしようって言ってたし、あーこれは……って思うじゃん」
「……小野寺」
 そんなに俺って分かりやすい奴なのかな……。
「もうちょっとポーカーフェイスを心がける……」
「いやいいよ、今のままで。ただでさえ変な変装みたいに顔隠さなきゃいけないんだから、無表情になったらホントに根暗だし。せめて見えてる口元くらいは笑ってる方が」
 小野寺はにへらっと笑った。
 相変わらず、笑い方が変で、ある意味キュートだ。

「あぁ! でらちゃんっ、なっちゃんと何話してんのー!? 次移動だから行くよー! ついでに僕も混ぜて!」
 要といちゃついていた光が席に戻ってきて、そんな風に騒ぐ。
 大声で話題にされたことで、教室内からちらちらと冷たい視線を送られた。
「あっ、あ……、ごめんっ」
 慌てて口を塞ぐ光。
「ははは、全然いーって。そのうち収まるよ」
 光はしょぼくれながら、そうだといいけど、と呟いた。

 教室内で大声で拒絶しまくっていた時はまだ、敵意もそこまでではなかった。
 会長の告白は何かの気の迷いで、俺がその気じゃなくて付き合うことがないのなら、会長もそのうち我に返るはずだと皆思ってたんだろう、綾瀬たちや、嫌がらせ実行犯みたいな一部の人間を除いては。
 けど、付き合い始めたとなっては我に返るどころの話ではない。
 我らが会長と根暗眼鏡がどうにかなっているとか、想像するだけで虫唾が走るらしい。
 今まで以上に、ひそひそ話の声音は刺々しい。
 でも、確実に手は出しにくくなっただろうな。交際を公にするってことは、俺の後ろには高嶺がいるってアピールになるわけだし。嫌がらせも何もかも、会長様に筒抜けってわけだ。

「光、忘れ物はないか?」
 次の移動教室である自然科学の教科書を抱えて要が自分の席からやってきた。
 それに対して子ども扱いするなと光が抗議している間に、他の生徒は移動の為に教室を出て行く。
 もちろん、俺につめたーい視線をよこしながら。
「さ、そろそろ行こうぜ。鍵閉めなきゃな」
 光の鞄盗難事件以来、移動教室の間はいまだに教室の施錠を徹底しているのだ。

「ひどいよねー、みんな態度が露骨過ぎだよ、僕には話しかけるのにさっ」
「……うん。それは俺にとったら不幸中の幸いだよ。俺のせいで光たちまでハブられたらどうしようかと思うしな」
「もー! そういうこと気にしなくていいって言ってんのにー!」
「いやいや、無理だって。普通に」
 廊下を歩く時も光は元気だ。
「なっちゃんがこんなに可愛くてカッコイイってこと、みんなに分からせてあげたいよー」
「ちょい待ち。格好いいだけでいいんだよそこはっ。このメンツで可愛いは光だけで腹いっぱいだっつーの!」
「もー、部屋に鏡ないんじゃないのー!?」
「どういう意味だっ」
 あぁ、なんで要は小野寺と仲良く談笑してるんだっ。

「事情さえなければなぁ。なっちゃんの素顔見ただけでまず皆ぶったまげると思うなぁ」
「褒められてる気がしねぇ……」
「そんで、深くお付き合いをすると、ピンポイントで可愛さがぶわっとクるんだよねっ」
「意味わかんねーから!」
「ツンテンっつったじゃない、ツンデレならぬツンテン! 天然入ってるもんねぇえー。僕はわりかしわざとこういうノリだけど、なっちゃん素だもんねぇいつもー」
「えっ、光キャラ作ってんのか?」
 何気にすごい発言じゃないのか?

「作ってるっていうか、学校モードっていうか? 実家だとこんなんじゃないよさすがに」
「学校モード?」
「普通さ、家と学校じゃキャラ違ったりするでしょ? でもなっちゃんって、同じっぽくない?」
「え、普通違うのか?」
「そうだよぉ、うわー、やっぱり一緒なんだぁ。素なんだあ。すっごいキュンとクるー」
「いっや全然何が来たのかさっぱり意味不明だぞ」
「えぇー。なんか全部さらけだしてくれてるんだーって感じがすごい感激じゃない?」
「さらけだしてねぇよっ、そんなアホみたいにはっ。俺にだって隠し事くらいできるっ、口も堅かったりするっ」
「いやいやそういう意味じゃなく――」
 がたがた ガタン がしゃんっ
 不意に妙な音が響いて光は言葉を止めた。

「……なに? 何の音?」
「中から……か?」
 要が見上げた先に視線を追うと、化学室と化学準備室の札が見えた。
 ふたつの部屋は隣り合っている。
 どうやら音がしたのはそのどちらからしかった。