125<念入り>

 高嶺にメールをしたら、授業中だっていうのに返信が返ってきて、血迷っても高嶺まで早退してくるなよと俺はメールを返した。
 なんかホントもう、心配かけてばっかで嫌だな俺。
 高嶺忙しいのに。
 結局5限目終了直後に高嶺から着信があって、綾瀬のことをかいつまんで話し、俺の具合は早退する程じゃなかったけど、保健室が使えないからそうなっただけであることを納得させた。
 授業が終わったら終わったで高嶺は俺の部屋に直行してきて、しばらくした後にまた学校に戻っていった。
 前夏祭の件で色々仕事があるらしい。
 前夏祭の直前は期末考査の時期だから、部活動を含めイベント事の活動は全面禁止になるから、今のうちから作業を始めなければならないそうだ。
 ほんともう、そんな時期に俺は……。

「実行犯の人数は少なくとも四人以上。顔見知りはいないらしくて、学年証も付けてなかったから学年も分からない。名簿の顔写真でもよく分からないって」
 高嶺が学校に戻ってしばらくして、丸山先生が訪ねてきた。
 俺の具合を診るのと一緒に、綾瀬のことも知らせに来てくれたらしい。
「四人……、少なくとも、ですか?」
 今はリビングのソファの上に向かい合って座っている形だ。
 目の前のローテーブルにはアイスティ。丸山先生はストレートだけど、俺のには牛乳が入れてある。

「あぁ。一番多かった時が四人だったらしい。でもメンバーは毎回同じじゃなかったから、グループが最大何人かは分からないって」
「……俺の時と同じ奴らかどうかは、まだ全然分からないですね」
「うん、そうだね」
 丸山先生はぽつりと呟いて、俺の方をじっと見てくる。
「……どうして具合が悪くなったか、自分で分かる?」
「………………」
 聞かれて、俺は沈黙した。
 一緒に事故に巻き込まれて、夕香以外は即死だったっていうなら、死んじゃった彩姉をこの目で見てたっておかしくない。
 姉ちゃんのうつろな目、思い出した時は現実だとは思えなくて、酷い悪夢の記憶だと思ったけど、冷静に考えたら現実である可能性は高いんだ。

「……佐倉くん、大丈夫?」
「あ、はい……。えっと、……たぶん、……綾瀬が、切ってて血……出してたのが、……その、俺が失くしたっていう、病院に運ばれるまでの記憶を、思い出させたんじゃないかって」
「……思い、出したの?」
「あぁ、いや、あの、全部思い出したっていうより、一番上の姉ちゃんの……たぶん、もう死んじゃった後の……目が……合ったような記憶だけ……」
「……そうか」
 丸山先生はほっとしたように息を吐いた。
「それは、今思い返しても、フラッシュバックが起こりそうになったりはしないんだね?」
「え? あ、はい」
 思い出した瞬間は混乱しかけたけど、今は落ち着いている。

「……そうか、……平常な状態でも思い返せる記憶が……、ほんの一瞬とはいえ、できたんだね」
「え、えぇ」
 丸山先生は難しそうな顔をしている。
 なんか、不安になるんですけど。
「佐倉くん、この前フラッシュバック起こしたの覚えてる?」
「え、いつですか?」
 そんな、丸山先生の前で起こしたこと、あったっけか?
「……土曜の夜、手当て終わって、高嶺くんが帰ってきた後。過呼吸も起こしてた。覚えてる?」
「え……え、……ぇえ?」
 そんなこと……あったっけ? でも、丸山先生……そんな嘘とか言う人じゃないし……。

「その過呼吸を止めようと、高嶺くんが君にキスをしてたんだけど」
「……っあ」
 ふいに記憶が浮上してきた。
「そ、ういえ、ば!」
 光と要の目の前でキスなんかしてきてどうしようって思ったの思い出した! ななな、なんですっかり忘れてたんだ!?
「キスっ、うわぁ、キス……っ、あいつ、そういえば、なんでっ?」
「だから、君が過呼吸起こしたからだよ。以前にそれで止まったから試したって高嶺君は言ってたけど」
「か、こきゅ……、お、起こしましたっけ……、あん時……」
「どうも……健忘の症状が起きてるみたいだね……」
「え?」
 けんぼうって、……あぁ、解離性健忘がどーたらのことか。

「フラッシュバックを起こしたことそのものと、その時に思い出したものを平常時には再び健忘してる……。まぁそれは、日常生活を送る上では脳の大事な判断と言わざるを得ないけど……」
「な、なんですか……」
「今回は、今までと違って、フラッシュバックの時に思い出した事を今でも覚えてるんだね?」
「………………はぁ。……って、俺……忘れてるだけで、今までもフラッシュバックの時に何か思い出してるかもってことですか?」
「佐倉くん……、君、何回かフラッシュバック起こしてるね?」
「え、あっ」
 気が付いたのは、つい口からぽろっと出してしまった後だった。
 過呼吸のことは丸山先生に言ってあったけど、フラッシュバックのことは言ってなかったんだ。フラッシュバック起こしたらカウンセリングがどうとかややこしいこと言ってたし、学校生活の刺激が強いって言われたら最悪だと思ったから。

「宮野くんが言ってたんだけどね。佐倉くん、宮野くんに発見された時、宮野くんのこと分からなかったんだって?」
「え……?」
「……記憶にない、か」
「いや、あの」
「少なくとも、君が把握してる自分のフラッシュバックはそれ以外にあるってことか」
「…………いや、あの」
 まずい。全然誤魔化せない、どうしよう。

「ちゃんと話して」
「………………」
「君が自分の状態をちゃんと正直に伝えてくれないのなら、君の為にこっちも念入りの対応をしなくちゃならなくなる。それは嫌だろう?」
「ど、どういう意味ですか?」
「休学とか入院の話」
「な」
「過保護すぎるって? でも陽丘さんは本当に君の事が心配なんだ。君の為に必要だと思ったら診断書にそういう措置も書いてくれって言われてる」
「…………なん」
 陽丘さん、そんなことを丸山先生に言ってたのか?
 もう休学なんて、俺は二度と御免なのに。友達に置いていかれるのは、もう絶対に嫌だ。
 心配、してくれてるのは、そりゃ……嬉しいけど……。

「フ、フラッシュバックに……なった、のは……」
 ちゃんと話せば、無理矢理休学とかさせられたりしないんだよな……?
「高嶺の……前で……、二週間くらい前……、でも、高嶺いたし……、すぐ落ち着いて、記憶飛んでたりはしてなくて……」
「……うん、それで?」
「記憶が、途切れてるのが二回……。一回目は、その……寝ぼけたみたいで……なんか、過呼吸になってたのを……高嶺が助けてくれた時……。その時のことは全然覚えてなくて」
「あぁ、それで高嶺くんが聞きにきたのか」
 黙って小さく頷いた。
 あの時は俺、自分の身に起こったことっていう実感が全然なかったから、丸山先生に相談に行くなんて考えもしなかったんだ。

「じゃあ、二回目は?」
「………………」
「言いたくないの?」
「いや、そんなんじゃ」
 二回目は……、二回目は、……だって、あれだ。
「……ちょっと、ちょっとした、喧嘩……みたいなもの」
「喧嘩っ?」
「あ、いや、喧嘩っていうか、まぁ、未遂……」
 丸山先生の声が険しくなると、なんか普段穏やかな分、超怖い。
「まさか五十嵐にまた何かされたんじゃっ」
「えっ」
 何の話だ?

「いや、え、なんで五十嵐が……?」
「ち、違うのかい?」
 丸山先生は真剣だ。
「ち、違いますけど……」
 俺の答えに丸山先生ははぁーっと息を吐く。
「いや……ね、五十嵐が、君の事故の傷跡のことで質問してきたことがあって、なんでそんな事に興味持ったんだろうって思ってたんだよ。もしかして、五十嵐と喧嘩でもして、五十嵐の目の前で君がフラッシュバック起こしたからとかじゃないかって今ピーンと……」
「何もピーンとしてませんって……」

 丸山先生の五十嵐に対する過剰な心配っぷりは、ぜひとも本人に教えてやりたい。
 方向性はどうあれ、丸山先生は五十嵐のことを結構気にかけてるみたいだ。
「五十嵐とは、最初の保健室でのアレ以降は仲良しですよ」
「えっ、そうなの!?」
 五十嵐と仲良しという表現が出てくるとは思ってなかったらしい丸山先生は、思いっきり驚いた顔をしている。
「はぁ、まあ」
 その二回目の時の縛られてた腕を解いてくれたのも五十嵐だしなぁ。

「じゃあ、喧嘩の未遂って何だったの?」
 五十嵐は関係してないと分かったとたん、丸山先生は動揺をひっこめて真剣な顔つきに戻る。
「…………いや、その……、……俺と高嶺のことで……気に入らないって奴が……まぁ、その」
「殴られたのっ?」
「えっ、殴られ……? あ、……いや、う? 殴られたかな……?」
 そういえば起きた時、左の頬だけ、痛かった気がする。
「一体何があったんだ!? ちゃんと話しなさい」
 丸山先生は何かとんでもない想像でもしてるかのように眉間にしわを寄せている。
 俺は慌てて手をぶんぶんと振った。

「いや、ほんと未遂なんで、何もなかったです! 俺記憶飛んでてよく覚えてないしっ、たぶん過呼吸かフラッシュバック起こしたのをヤバイ病気かと思って逃げたんだと思うしっ!」
「な、何を言ってるんだ!?」
「っ」
 本気で怒鳴られて、思わず体がはねた。
「なんで君はもっと自分の事を大事に考えないんだ!? それは昔からなのかい!? そんな性格だから君は……っ」
「…………ま、丸山、先生……?」
「……っ、いいかい!? 何もなかったから問題にしないのは間違いだ、記憶が飛ぶようなことがあったんだろう!?」
「……そ、れは」
「何っ、誰かを庇ってるの!?」
「………………」
 そうかも、しれない。

 だって、この前は、高嶺や宮野先輩や篠原の前で、綾瀬たちに襲われかけたことをさらっと言ってのけたんだ。
 今言えないとすれば、それは、やっぱり見ちゃったからだろう。
 綾瀬のあんなところを。
「……今話してくれないなら、これからも君は誰かを庇って正直に話してくれないんだろうって判断するよ」
「待っ」
 正直に伝えないなら念入りの対応をすると言われたばかりだ。
「はな、話します……」
 そこまで言われたら、綾瀬へのモヤモヤも後回しにせざるを得ない。