126<引っ掛かり>

「……何があったの?」
「あの、高嶺の放送のせいで親衛隊が報復をしないなら、自分たちが代わりにやるって……。自分たちが受けた通りに、親衛隊の報復を再現してやるって奴が……」
 さすがにいきなり名前を口には出せない。
「親衛隊の報復を受けた子……?」
 でも丸山先生は感づいたみたいだった。

「……相手は何人? 一人じゃなかったでしょう?」
「さ、三人……」
「いつ頃の話?」
「高嶺の校内放送あって……すぐくらい」
「君は一人だったの? 高嶺くんに言われて、そういうのの警戒はしてたんでしょう?」
「……最初は、味方みたいな風に言われたんです。それで部屋にあげちゃって」
「あげたの……」
 丸山先生の左眉がぴくりと動いた。
「いや、ごめん。それで?」
「……それで、俺が、高嶺と、友達ってことになったって話したら、態度変わって……、俺そん時にはすっかり信用してて、もらった紅茶……飲んじゃってて……」
「……紅茶?」
 ぽつりと呟いてから丸山先生は一度深い深呼吸をした。

「薬か何か盛られたってこと……?」
 必死に怒りを抑え込んでるらしいのが、すごい伝わってくる。
「あ、あの……」
「睡眠薬? 意識が朦朧とするようなもの?」
「いや、あの……なんか、力が入りにくくなるような……やつ」
「…………。……そう」
 丸山先生はぎゅっと目を閉じてゆっくり息を吐いた。
 こんなに怒ってる丸山先生を見るのは初めてで、怖い。
 俺はそんなに有り得ないことをされたんだろうか。喉元過ぎちゃって全然実感が沸かないけど、そういえばその時はかなり腹立ててた気もする。

「……力、入らなかったの?」
「はぁ……、なんか、だるい……程度でしたけど、掴まれたの、振りほどけなくて……」
「内服薬で、そんな作用のある薬……、何か混ぜて副作用を強くしたのか……?」
「あの、先生?」
「分かった、ちょっと待って……。はぁ……」
 深刻そうな表情をして丸山先生は俯いた。重たいため息をついている。
「情状酌量とか言ってる場合じゃなくなってきたな……」
「いやあのっ、待ってください!」
 とりあえず俺は叫んだ。

「待ってって、何を? どうして?」
「いや……その、だって……あんなことあって……、もう、十分……罰になってるって……思ったり」
「佐倉くんそれは違うから」
「……え」
 きっぱり言われて俺はポカンとするしかない。
「もう口にしちゃうけど。三人の内の一人は綾瀬くんだね?」
 いきなりストレートに言われて、誤魔化しもできず、俺は頷いてしまった。
「綾瀬くんが脅されたのは、罰なんかじゃない。脅した子たちが最低なことをしたその被害者だ。罰っていうのはね、自分の罪に対して課されるものじゃなきゃ駄目だよ。でなきゃ自分が何を悪いことしたのかいつまでたっても分からないままだ。それとこれとは別に考えなきゃ」
「……はぁ」
 言ってることはよく理解できるけれど。
 ……気持ちがついていかない。
 あんな目に遭った上に俺との事で何か処分があったりとかしたら、綾瀬はどうにかなっちゃうんじゃないだろうか。

「まぁタイミングとしてしばらくは当然外すけど……。でも有耶無耶にはしないから。佐倉くんも自分が被害を受けたらちゃんと周りに言いなさい。分かった?」
「……はい」
 でも有無を言わせぬ丸山先生の力強い口調に、俺はイエスしか言えなかった。
「全く……。今回のことで君がすごく無防備なのはよく分かった……」
「……そ、そうですか……」
「自覚がないのが一番面倒なところだ!」
 がー、と丸山先生はおっとり吼える。
「もう佐倉くんはしばらく一人になるの禁止! 休み時間も絶対一人にならないこと! 安達くんたちとか誰かについててもらいなさいっ」
「は、はぁ」
「登下校は高嶺くんについててもらうとしてっ、えーっと、あっ、あいつも役に立つじゃないか、五十嵐っ」
「……へ?」
 何がどうして五十嵐の名前が出てきたのか分からずに俺は間の抜けた返事をしてしまった。

「五十嵐だよ、仲良くなったってさっき言ったよね? 実は五十嵐の部屋、この隣なんだよね」
「はぁ……知ってます……」
「へぇ! 部屋知ってるくらい仲良くなったんだ、ますますぴったりじゃないか。五十嵐には僕から言っておくから、友達とか高嶺君を頼れない時は五十嵐についててもらいなさい」
「………………はぁ!?」
 意味が分からなくて盛大にはてなマークを飛ばす俺。
「あいつは暴力沙汰をしょっちゅう起こすから腕っ節が強いことは有名だし、ホモ嫌いも結構知られてる。そんな五十嵐が傍にいれば、親衛隊騙ってる奴らも、佐倉くんを襲った奴らも、今回の綾瀬くんの件に絡んでる奴らも、みんなそう易々とは手を出しにくくなるはずだ」
「…………マジですか」
 俺の顔は今ものすごく引きつっている。

「マジですよ。佐倉くんに手を出したら会長が黙っていないっていうのも効果はあるけどね。立場上、正攻法での対処しか会長は無理だろうって高をくくられる可能性がある。生徒会長として人を殴ったりしたら、生徒会全体のイメージにも関わる。それで逆に処分なんか受けたら佐倉くんの傍にいられなくなる。その点五十嵐はそんなことお構いなしに気に入らないものは殴ってくってイメージがあるし、処分なんか気にするタイプじゃないって結構思われてる。だから効果は正直、会長の牽制より高いと思う」
「………………」
 丸山先生……その言い方はあんまりじゃあ……?
「……なんか五十嵐の扱いが随分酷いんですけど」
「いや、イメージの問題だよ? 本当に五十嵐がそういう人間だとは言ってない。この場合は周りにどう行動しそうと思われるかが重要なんだって。ほんとう、五十嵐は適任だよ。いやー良かった。これで心配事が随分少なくなる」
「…………決定なんですか?」
 ぼそりと訊いた。

「え、嫌なの?」
 聞き返されて俺は首を横に振るしかなかった。
「それじゃ、連絡しておくから。コンビニ行くにも本屋に行くにも、外に出る時はまず五十嵐に連絡して迎えにきてもらって行きなさい。分かった?」
「………………」
「そうでもしないと今回の件が片付くまでは危なっかしくて敵の多い君を学校に置いておけない」
「わ、分かりました!」
 もう半分、脅しだ……。

「……それで、佐倉くん」
「はい……」
 もう何でもいいからはいはい言って終わらせよう。この人には逆らえない……。
「陽丘さんに連絡、するからね」
「は……、っえ!」
 いやそれはハイハイ返事できないし!
「だいぶ引き伸ばしすぎた。今の件を守ってくれるなら無理矢理休学にしたりしないよう陽丘さんに僕も掛け合ってあげるから」
「え……いや、その……」
「どうやら高嶺くんが君の精神安定に結構必要なことは確かみたいだし」
「あっ、ちょっと待っ」
 かなり重要なことを思い出す。

 そういえば俺っ、高嶺と付き合いだしたことも陽丘さんには言ってないんだ!
 今日の登校で学校に広まった噂、もう陽丘さんの耳に入ってるだろうか……。
「……自分が保護者になった子供が男と付き合いだしたなんて、それちょっと厳しくないですか……」
「何言ってるの。陽丘さんにそんな偏見ないよ。バイなんだから」
「ええッ!?」
 思わず仰け反った。

「あれ知らなかったの? なんだ、そう」
「えぇぇええ……、は、……あれ、えっ、えぇー……」
 あまりの衝撃に口が勝手に何かしゃべっている。
「まぁ比較的女性と付き合うことの方が多いみたいだけどね」
「ソウナンデスカ」
 あぁ、返事が思いっきり片言だ。
「とりあえず連絡するから。陽丘さんが連絡してきたら、逃げないで一度ちゃんと話をするんだよ」
「……はい」
 結局ハイと頷くしかない俺って……。

「じゃあ僕は戻るから、ゆっくり休むんだよ」
「あ、はい……あ、あの」
「ん?」
 呼び止めてから、俺は何を聞きたかったのか一瞬考えた。
 それで思いついたのは、綾瀬のことだ。
「……綾瀬、は、その……、今回の、件、偽の親衛隊の報復と……別件なんですか?」
 気になっていたのはそれだ。
 今回のことが親衛隊の報復をきっかけにそれで脅され続けていたものなのか、別のことで暴行されてそれで脅され続けていたものなのか。
 親衛隊の報復だったとしたら、呼び出される度に綾瀬は、高嶺に告白したことを責められ続けていたみたいに感じてたんだろう……。
「……偽の親衛隊の報復?」
「……あ」
 丸山先生の呟きで、俺はあることに思い至った。

「もしかして、まだ聞いてないですか……? 丸山先生には誰か知らせてると思って……!」
 親衛隊を騙る奴らの報復事件に教師が絡んでいるかもしれないから教師への報告はしばらく控えることになったのは知っていたけど、丸山先生にまで知らせていないなんて思わなかった。
 被害にあった生徒のケアを担当する丸山先生にまで情報を隠してどうするんだよ。
 いや、隠してたっていうより、単に伝え忘れてたというか、まだ話してなかったとか、そういう事だろうとは思うけど。
「あの、実はですね……」
 俺は事の次第を最初から掻い摘んで説明し始めた。

「………………教師が、扇動してる、可能性……?」
 丸山先生の顔は青ざめている。
 そりゃそうだろう。教師にそんな奴がいるなんて、顔面も蒼白になるってもんだ。
「……わ、かった……。それは僕も、注意しておくよ……。他の先生方には話さないでおくから……」
「お願いします」
「……うん。じゃあ……、僕は帰るから……」
 ふらりと丸山先生は立ち上がる。
 丸山先生のことだし、よっぽどショックだったに違いない。親衛隊の報復なんて実際にはないと思っていたのが誰かが代わりにやっているって言うんだから。
「じゃあ……僕が帰ったら鍵閉めて、知ってる子以外部屋にあげないこと。いいね?」
 丸山先生はそう念を押して帰っていった。

 でも、丸山先生はこの話、もっと怒り狂って憤慨すると思ってた。
 思ったよりも落ち込んでたみたいでちょっと心配かもしれない。
 でもまぁ、早く犯人見つける以外にどうしようもないし、俺が何とかできる話でもないわけだけど……。
 よく分からない引っかかりを、俺は気にしないことにした。