127<腕力>

「おいこら! 開けろ佐倉っ!」
 ドアからドスのきいた声と激しいノックの音が聞こえてきて、俺は思わず寝た振りをしたくなった。
 ……なんでさっそく来てんだよ五十嵐っ!

「開けるから叩くなー!」
 がんがん鳴らされ続けるドアを救出すべく叫んで、俺はしぶしぶ玄関へ向かう。
「……俺べつに今日はどこも出る予定」
「ちっげえだろが!」
 訪問を丁重にお断りしようと思ったら五十嵐は俺の言葉を遮り凄い勢いでぐいっと中に入ってきた。
「ち、がうって何が」
「てめぇ俺になんか言う事ないのかっ? 本人だんまりで丸ちゃんに連絡寄こさせるとか何様だよ、え?」
「…………」
 丸山先生一体なんて連絡したんだろう。
 あ。ってか、丸山先生って五十嵐と連絡先交換してたんだ。へえー。

「会長絡みの件で一人にすると危ないから佐倉くんがどっか行きたい時はついてってあげてくれ、だと! 俺はお前の下僕か何かか!?」
「いや、俺が言い出したんじゃ……」
 律儀に靴を脱いだ五十嵐はつかつかとそのまま迫ってくる。
 そうなると後ろに下がるしかない俺としてはどんどんリビングの方に招き入れる形になってしまう。
 訪問お断り計画が台無しだ……。
「しかもお前っ、会長絡みってざけんなよ! 今朝からの騒ぎは何なんだ!? 色々世話してやった俺に何の報告もなしか!?」
「あぁー、そ、そうですねぇ」
 そりゃ学校中に噂広めようと思って結果その通りになったんだから、五十嵐の耳にも入ってるわな……。
「お前俺が基本的にホモ嫌いなの覚えてっか!? ぁあ?」
「そうですよねぇえ」
 泣きたい。

「結局ケツ掘られたのかよ!?」
「………………」
 ストレートすぎて顔が引きつった。
 どどど、どうしたらいいんだ。
 ンなこと恥ずかしすぎて絶対言いたくないけど、やってないって言い切るのもそれはそれで後々面倒そうな……。絶対その質問はやったって答えるまで訊かれ続けるだろうし……。
「そ、想像に任せる……」
「掘られたのかよ!!」
 誤魔化したつもりがアウトだったらしい。

「あーもー! しんっじられねえ!」
「………………」
 俺もできれば信じたくない。この状況を。
「お前が会長と……!」
「……想像しないでイダタケマスか」
「なま言ってんじゃねえぞ!」
 今の何が生意気だったのかさっぱり分からなかったけれども、五十嵐にすごまれて俺はとりあえず笑っておいた。
 必殺、誤魔化し笑い。

「っだぁ、くそ!」
 五十嵐は燃え尽きて脱力した。
「……大丈夫か?」
 とりあえず、訊く。
「よくその質問ができんなぁ……おい、茶くらい出せ」
「あー、えー、今日はミルクじゃないアイスティあるけど。あと水」
「甘くねぇならティを入れろ」
「はいはい……」
 傲岸不遜な言い方に呆れながらも冷蔵庫へ向かう。
 五十嵐は自分のうちみたいにソファに座ってくつろぎ始めた。

「アイスティでございます……」
 微妙に立場の弱い俺としては下出に出るしかない。
 五十嵐の前にそっとアイスティを置いて、向かいのソファに座る。
「でお前、いつから付き合ってんだよ?」
「えっ、訊くの!?」
 そっち系の話一区切りついたと思ってたのに!
「ぁあ? 今日オープンにしたからって今日から付き合いだしたなんてわけじゃねぇだろ。会長絡みの件で一人にすると危ない? オープンにしたのになんで危なくなるんだよ。牽制する為にオープンにしたんじゃねぇのか。なんでここで俺に出番が回ってくる? なぁ?」
「………………」
 そうだ五十嵐って見た目によらず……は失礼か、結構頭の回る奴なんだよな……。あはははは。

「ハッキリさせとこうぜ。俺は今機嫌が良くねぇからよ」
「……まぁ、あの……、その……えぇーっと……、ちょっと前に……そう、なって……」
 まさか告白されてすぐとか言えない……、恐ろしくて。
「で?」
「……で? で、って言われても……」
「ぁんでンなことになったんだよ。口説き落とされたのかてめーはよ」
「………………」
「好きになったってわけか?」
「…………」
「迫られて、好きになっちゃいました?」
「……」
「おい」
「……だあっ」
 もう駄目だと口を開いた。

「そうだよ好きになったんだよ……! いいだろ別にっ! ンなの人の勝手だろじゃねぇか言っとくけど高嶺だけだからな! 男を好きになったんじゃねえよ高嶺だから好きになったんだよ!」
「………………」
 開き直って叫んだ俺に、五十嵐は表情を変えなかった。
「……まぁ、別にどーでもいいけどな」
「はっ!?」
 どうでもいいってこたないだろ、あんな責めといて!
「しっかしまぁ……マジでこんな日が来るとはよ……」
 何やら感慨深げに呟いて、五十嵐はアイスティをぐいっと飲んだ。
「俺も違和感ねぇとかお前ならホモでも許せるとか言った気もするしな」
「……言ってたな。たしかに」
 どういう評価だと思ったけど、こうなってしまった以上、俺はそれを否定できる立場にない。

「……はぁ。てめぇがなあ……、会長と恋人……はぁ」
「…………なんでそこでため息をおつきになるんデスカね」
「うるせえ。てめぇ俺に文句言える立場か?」
「なんで言えない立場にされてんだよっ」
「ぁあー? 俺はお前が一人でどこ出歩いたって別にかまわねぇんだぜー?」
「あ、いやそれは……」
 五十嵐と喧嘩して護衛してもらえなくなったなんて丸山先生に知れたら、マジで休学案を陽丘さんに言い出されそうだ。
「ンだぁ? そんなに危ねぇことになってんのかよ? 何かあったんなら言えよ」
「………………べつに、これと言っては」
 さすがに襲われたことは黙っていたい。
 けど五十嵐は納得なんかするはずもなく、眉を片方ぴーんとはねあげて顔をしかめた。

「これと言って? てめぇ隠し事すんならもっと上手くやれよ。お前ポーカーフェイス苦手だろ。ぜんぶ顔に出てんだよ、自覚してねぇだろ」
「え。うそマジ……? そんな言う程出てる……?」
「はぁ……、お前ほんと何もかもだだ漏れだな……。その返しじゃ何かあったと認めたようなもんだぜオイ」
「え、あ……そう……? は、はは」
 なんだよ、今のかまかけられただけか? もうなんか、笑うしかない俺……。
「ボコられでもしたか?」
「え、……あ、あー………………うん」
 五十嵐の想像に俺は乗ることにした。
「ちっ、用心がたんねぇんだよお前はよ。かんったんに襲われやがって。滝田にも押し倒されてたし、この前も未遂とかあったし、それでなんで警戒心が身につかねぇかな」
「………………」
 返せる言葉もありませんって……。

「……お前ちょっと痩せたか?」
 突然五十嵐はそう言い出した。
「え? 痩せ? え? そう?」
「肉食ってんのかよ肉!」
 そう言いながら五十嵐は俺の方のソファに回り込んで、俺の肩やら腕やらをばしばし触ってくる。
「んー? がりがりってほどでもねぇけど……、骨が細いのか? 全体的にうすーく足りてねぇんだよ」
「な、何がだよっ」
「体格が!」
「ほっといてくれ!」
 こちとら入院生活のおかげですでにマイナス5キロなんだよ!
 姉ちゃんたちも食べても太らない体質だったし全体的に細かったし遺伝なんだよもう!

「ほっといてくれだぁ? てめぇンなこと言って筋肉つけねぇからあっさりリンチとかされんだろうが!」
「き、筋肉の問題じゃねぇよ! 多勢に無勢だったんだよ! 俺だって人並みに腕力ぐらい……っ」
「ぁあー? じゃ、おめぇ、俺に抵抗してみろよ」
「えっ、うわっ」
 上下がひっくり返った。
「な、にすっ、離せよっ!」
「実験結果を目の前に突きつけられねぇと危機意識が沸かねぇみたいだからよ。腕力あるっつうなら逃げ出してみろ。多勢に無勢じゃねぇぞ、一対一だ」
 ソファの上に押し倒されて馬乗りになられて腕をがっしり掴まれて、どうしていいか分からなくなる。
 だってコイツ、片手で俺の両手掴んでんだぞ!?

「おっ、お前の馬鹿力は人並み以上じゃねぇか!」
「世の中理不尽なことだらけだっつうの。言い訳してねぇで逃げ出してみろよ」
「うっ、……っくぅう」
 逃げ出すくらいなら何とかと思って、腕を振りほどこうとするのに、ぴくりともしない。
 それどころか鼻で笑われて頭の上に縫いとめられてしまった。
「ぜんっぜんだな」
「くっそぉお離せ!!」
「片手でこの有様だぜ? マジックで落書きだってできんぞ」
「頼むからすんなよ!! マジで!!」
 怒りのコメントをしておきながらも、五十嵐の手の届く範囲にマジックがないことに心底ほっとする。こいつならやりかねない。

「にしてもやっぱお前ちょっと体重増やせよ。鎖骨とか浮いてんぞ」
「ぃっ」
 何の前触れもなく首もとを触られて喉がひくついた。
「………………」
「……な、……っに、べたべた触ってっ」
「……お前、ボコられた時、その顔見られたんじゃねぇの」
 ふいに訊ねられて、俺は何も返せなかった。
「…………お前、まさか」
 五十嵐が表情を強張らせる。
「…………」
 何を想像されたのか、分からないわけじゃなくて、視線を逸らすしかない。
「……まわされたのかよ」
 五十嵐の声はなぜか、心なしか震えているようだった。

「…………多勢に、無勢って……、大勢に……、無理矢理……?」
「………………」
 黙っていたら、鎖骨の指が首筋に上がってくる。
「……やめ」
「ありえねぇな……」
 五十嵐は脈絡もなくそう呟いて、指先を首筋から髪の中へなで上げていく。
 思わずぞくりと鳥肌が立った。
「いがらしっ」
「……そん時もお前、そんな顔見せたのか……?」
「えっ」
 後ろ髪をぐいっと掴まれる。
「……なぁ?」