131<停戦>

「……お前、俺なんかとトモダチやりたいってのか」
 五十嵐はぽつりとそう呟いた。
「やってたじゃんか、今まで……」
「恥ずかしい奴だな……」
「何がだよっ」
「物好きなのか、他にダチいねぇのか……」
「少なくとも多くはない!」
「自慢することじゃねぇ」
 呆れたように言われて俺はぐっと口を紡ぐ。

 それから五十嵐はおもむろに頭をぽりぽりとかいた。
「まぁ、いいぜ……。そこまで言うなら、な」
「え……」
「確かに言ったしな。お前なら許せるって。それは会長が惚れただけの男だって思ったからだった。……さっきみたいなお前はゴメンだが、そういう部分があるからってお前のそういう悪くないとこがなくなったわけじゃねぇし……」
「い、いがらし……」
「続けてやるよ、ダチを」
「五十嵐……!」
 思わず感激して五十嵐の名前を呼んだその時だった。

「水を差すようで悪いが、ボディーガードの件は認めないからな」
「た、高嶺!」
 なんでこう話がまとまりかけてた時にマジで水差しぶっかけるかなお前は!
「俺としては絶交してくれても構わないくらいだが、夏樹がそんなにあんたとダチでいたいって言うなら夏樹に免じて友情は信用してやるさ。けど、ボディーガードは駄目だ」
「……た、高嶺」
 何なんだ、何を言ってるんだ。
 じゃあどうするって言うんだ。
 丸山先生に休学させた方がいいって陽丘さんに言われたらどうするんだよ。みんなとも、高嶺とも離れ離れになっちゃうじゃないかっ。

「あんたみたいな暴力沙汰を頻繁に起こす奴をボディーガードになんかつけられるか」
「ぁあ? どういうことだよ。むしろ俺みたいに喧嘩慣れしてる奴くらいの方がいいんじゃねえのか」
「慣れすぎてるから駄目だって言うんだ。あんた、敵意むけてくる奴片っ端から相手していく人間だろう」
「俺が殴るのはいつも相手の非が確実になってからだぜ? ちょっと気に入らないことがあるってだけで手ぇ出してくる奴が多すぎんだよ」
「あんたの場合は挑発して相手に手を出させて正当防衛の体面を作ってるだけだろう」
「へぇ、なんだバレてんのか」
「一応こういう立場なんでな。あんたくらいの有名人の暴力沙汰は詳細まで耳に入る機会があるんだ」
 高嶺はふっと息を吐いた。

「で、それがどうしたよ」
「暴力沙汰にならないように努められる人間ならいいが、好き好んでそういう場面に持っていこうとする奴には不適格だ」
「は、ぁー?」
 意味が分からないというように五十嵐は首を傾げる。
 だが俺は何となく分かってしまった。
 高嶺は、俺を極力そういうことから遠ざけようとして言ってるんだ。
 自分が直接関わらなくても、そういう騒ぎを俺が目の前で見ることさえないように、って。
「会長サマは校内で暴力事件が増えるのを心配してるわけだ」
「まぁな」
 高嶺は適当な返事をする。
「ま別に? 俺だってどうしてもそいつのボディーガードやりてぇわけじゃねえし。丸ちゃんの頼みだったからやってやってもいいかって思った程度だしな。あんたがしなくていいっつうなら、別に俺は構わねぇぜ?」
「なら話は終わりだな」
 高嶺が話の終了を宣言して、俺は焦る。

「で、で、でも、そしたら、俺、丸山先生に……」
「一人で出歩く時は五十嵐についててもらえって話だったんだろ。一人にならなきゃいいんだろうが。お前、明日から放課後は俺といろ。休みの日は俺の部屋に泊まれ。出かけたい時は俺に言えばいい」
「……え」
 とりあえず頭がフリーズした。
「五十嵐が必要になるような余地がなければいいんだ。そうすれば丸山先生にも言い訳ができるだろ。何なら俺をダシにすればいい。他の男に守らせるなんて嫌だって高嶺が駄々こねたって。それくらい俺は別に構わないぞ」
「…………あ。そう……か」
 なんだか返事はそれしか思い浮かばなかった。
「……う、うん……、そ……だな。たしかに……」
 高嶺の言い分は綺麗すぎて、反論の余地もない。素直に言いくるめられてしまって俺は拍子抜けした。

「佐倉お前、見てるこっちが恥ずいってどういうことだコラ」
 憮然とした五十嵐の声がかかる。
「えっ、な、なにがっ」
「っはぁー。自覚なしかよ。他の男に守らせるのが嫌なんて理由かざされて平気でウンっつってるなんて、相当会長サマにめろめろなんだな。っあー、めろめろとか死語だ、うぜぇ、まじうぜぇ」
「……………………なっ」
 五十嵐の言葉を頭で理解してから怒りに変えるのには結構時間がかかった。
「何言ってんだてめぇっ!」
「うぅーぜーえぇー」
「うるさいっだまれ!」
「ムキになんなよ佐倉ちゃん」
「ちゃん付けすんな! 身の毛がよだつ!」
「あんだよ、夏樹ちゃんの方がいいってか?」
 五十嵐は余裕の表情でふっとにやり顔を向けてくる。

「おまっ、バラすぞ!」
「ぁあ? 何をだよてめぇ」
 五十嵐の余裕そうな態度を見て俺はにやりと笑う。
「何をってお前が学校サボって風呂入ってた時――」
 五十嵐が顔色を変えた。
「てめぇ佐倉っ! それ以上言ってみろっ」
「えー? それ以上って何かなぁー? 鼻歌歌いながら風呂入ってたことーっ?」
 本当は、幽霊話に尋常じゃないくらい顔色変えてビビってたことなんだけども。
「佐倉ぁあっ」
「あーそれともーっ」
「てめぇ! その気なら俺にだって考えがあんぞ!」
「おぅ何だよ言ってみろよ?」
「お前っ、俺に出張頼んだ時のこと忘れてんだろ!」
「出張?」
 とっさに言われて思い出せない俺は本当に忘れてるらしい。でも忘れてるなら大したことないはず……

「俺の部屋が隣だって判明した時のことだよ! 喋ってほしいか!?」
「……あ!?」
 そういえば! 綾瀬たちに腕縛られたまま逃げられて五十嵐に出張頼むってメールした気が……え、そん時俺、何か弱み握られたっけ!?
「いーやー、あん時のお前は可愛くて笑えたなぁあ」
「…………げっ」
 唐突に思い出す。
 そういえば俺、ちょうど姉ちゃんたちのこと思い出してほろりときてたのを見られたんじゃなかったっけか!?
「べっ、べべべべ別に五十嵐が余計なこと喋らなきゃ俺だってお前の名誉なんかあえて傷付けようとか思うことなんてないしっ!?」
「はっ、素直にすいませんでしたって言やぁいいだろうがよ!」
「なっ、そもそもお前が変な言いがかりつけてきたんじゃねぇかっ」
「おい」
「なんだよ高嶺はだまってろよっ」
「あーあぁ、彼氏に対してそんな言い方、会長可哀相じゃねー?」
「だからなんでいちいち俺と高嶺のことで突っかかってくんだよ!?」
「おい夏樹」
「高嶺はいいからっ!」
 変に口を出されたら余計ややこしくなる。
 そう思って口出し無用の視線を向けようと振り返りかけた時……、
「ひヤぅっ!!」
 …………とんでもない声が出た。

「………………」
「…………」
「……な、にすっ」
 高嶺に腰骨の内側なんてコアなところをくすぐられたらしい。
「……っんだ、よ……っ」
 全身から力が抜けて、思わずその場にがっくし肘をついて倒れこんでしまう。
 あぁぁぁ、俺はいま、何かとんでもない声を……。い、いが、五十嵐の前で……っ!
「とりあえず、お前を止めようかと思って」
「だからって……っ」
「方法としてキスも候補にあがってはいたんだけどな、そっちが良かったか?」
「………………」
 本気で聞いているんだと分かって俺は投げやりな気分になった。
「口で言っても効果なさそうだったからな。落ち着かせようと思ったんだ。止血もしてないし……二人とも」
 高嶺は最後に俺と五十嵐両方を気遣う言葉を付け足してくれる。
「……とにかく、二人とも結構本気で仲良しだったのは良く分かったよ」
「「どこがだよっ」」
 結構本気で五十嵐と俺の声はハモった。

「気が合うんだな、お前ら」
「「一緒にすんなっ」」
「…………」
「…………」
 二度もハモってしまった手前、続けられる言葉がなくて無言になる。
 そんなことまで同じなのが不覚だ。
「と、とりあえず五十嵐っ、一時休戦だ!」
「つかむしろ永久停戦しようぜ……」
 なぜかダメージを受けたような五十嵐の返事があった。

「お前と喋ってると疲れるわ……」
「つ、疲れるって何だよ……っ」
「いや、色々衝撃が……」
「しょ、衝撃ってなんだっ、……っあ、いや忘れろ! そういうのは忘れろ!」
 今さっき五十嵐の前で変な声上げてしまったことだとか、高嶺に素直に言いくるめられたりしてしまったことだとか、マジで高嶺とキスして発作収まったりしちゃったことだとか、そういうのが衝撃のもとだったりしたのなら、是非とも忘れてもらいたい。

「夏樹、とりあえず手当てだ」
 高嶺が言うので俺はそうだなと一生懸命頷いた。話題は変えたい。
「服に血は付いてるか? 付いてないなら着替えはいいな。消毒液と絆創膏はあるか?」
「あ、あぁ。それはある……けど、いいよ、俺自分で」
「座ってろ。変に転んで怪我でも増やされたらたまらない」
「………………」
 普段ならそんな間抜けじゃないとか抗議するところだが、これ以上痴話喧嘩みたいなやりとりを目撃されたくない俺はぐっと言葉を飲み込んだ。
「それであんたは? ……あんたの方が出血は酷そうだな。夏樹、ガーゼとかもあったりするか?」
「え、えーっと」
「あーいーよ。俺は自分の部屋帰ってする。隣だしな」
「……そうか?」
 特に反対する理由もない。高嶺は半ば了承の返事をした。

「丸ちゃんに無理矢理受け取らされた応急セットが部屋にあんだよな。俺が喧嘩っ早くてしょっちゅう怪我してくるからって」
「……嬉しそうだな」
「あんだって?」
 ぴくりと右眉を跳ね上げた五十嵐の声に俺はなんでもないと首を振った。