134<Lサイズ>

 放課後生徒会室に通うようになって一週間が過ぎた。。
「いやいくらなんでも、それは無理だろう」
「えーっ、だってもう、それがてっとり早いじゃんかぁ」
 さっきから相葉先輩と宮野先輩が押し問答に近い議論を繰り返している。
 高嶺はパソコンと手元の資料を見比べて何やらぶつぶつ呟いているし、今は瑠璃川先輩もパソコンに向かって凄い勢いでガタガタキーボードを打っている。
 福神先輩は今俺と一緒に今年の部活関係の資料の整理中だ。

「……宮野先輩たち、さっきから何モメてるんですかね?」
「あぁ、アキが……あーえっと、宮野が、……またなにか無謀なアイデアを持ってきたんじゃないかな」
「無謀なアイデアですか」
「うん」
「ってか先輩、べつに大丈夫ですよ。いつも先輩同士が呼び合ってる言い方で言ってもらっても。俺たぶん分かりますから」
「そうか?」
「宮野先輩のこといつもアキって呼んでるんですか?」
「あぁ、あきらだから……アキ。バンドやってたって言ったろ? そんとき全員あだ名みたいなのを付けたんだ。高嶺は、しんやだからシンで、まさ……えっと瑠璃川は、ルリ。俺はヨウイチだからヨウで、留学した吾妻ってのはアズ」
「へぇ。みんな二文字で統一したんですね」
「そうだな。気が付いたらなってた」
 嬉しそうなのか楽しそうなのかよく分からなかったけれど、とにかく上機嫌な感じで福神先輩は頷く。

「相葉先輩はバンドメンバーじゃなかったって言ってましたけど……じゃあ、そういう意味でのあだ名もないんですか?」
「相葉? 相葉は……そうだなぁ。バンドのでって決めたのはないなぁ。でもシンとアキはトモとかトモ兄って呼んでる」
「あ、聞きました。高嶺の従兄弟だって」
「そうそう。アキも含めてあの三人は幼馴染みだから。バンドのことも手伝ってくれてたし。ステージは立たないけど仲間みたいなもんだよ」
「へえー」
 相葉先輩と宮野先輩の押し問答は相変わらずだ。

「初等部卒業くらいからさすがにしょっちゅう兄ってつけなくなったらしいけど、やっぱりすぐトモ兄っていうのが出てくるみたいなんだよな。で、それがみんなにもたまに移るんだ」
「ははは、相葉先輩、みんなのお兄ちゃんなんですね」
「そんな感じだなぁ」
「俺も呼んでいいですかね? 俺姉ちゃんばっかだったんで、兄って存在にはちょっと憧れが」
「あぁ、きっと大丈夫だ。じゃあ、なっちゃんのあだ名も付けるか」
「えっ、それ既にあだ名じゃないんですかっ?」
「いや、バンド風に。二文字で。……ってするとナツかな?」
「ナッ」
 思わずドキーッと心臓が跳ねた。
 だってその名前は、俺が音楽やってた時の作曲家としてのネームだ……。

「ナ、ななな、ナツですかっ。いやぁ、ちゃん付けされるよりはいいですねっ」
 思わずそのことがバレたような気になって焦る。
「どうしたんだ? ナツになんかあるのか?」
「な、ないですないです……。あぁ、いや、まぁ、姉ちゃんたちが、なつー、っていつも呼んでたんで……はは」
「ほぉ。それでびくっとしたってことは、お姉さんたちには苦労したタイプだな?」
「はぁまぁ」
 そこは否定できない。

「そうかそうか。いったいどんな苦労をしたんだ? お兄さんが聞いてあげよう」
 福神先輩は書類の紙を綺麗に折ってパンチ穴開ける作業を続けながらそう尋ねてくる。
「え、いやー話して面白い苦労とかは……」
「聞きたいなぁ。……いやごめんな。とても真剣に興味本位なんだけど、女の子ばかりで、着替えとかは?」
「え?」
「ちょっと遥一。いったい何聞いてるの?」
 唐突に、瑠璃川先輩のちょっと冷たい声が聞こえてきて、俺は少しびびった。
 でもそれに福神先輩はへへへっと笑って答えている。
「あ、あー、えっと着替えですかっ、着替えはですねっ」
 その二人のやりとりが危険レベルなのかそうじゃないのか分からない俺は、事が穏やかに済むよう、必死で二人の注目を集めようと話を続ける。

「確かに大変でしたよ! 姉ちゃんたち平気で下着でうろつくし、俺の着替え中も平気で覗いてくるしっ」
「おっ、なんだそれは苦労というより幸せなんじゃあ」
「遥一っ」
「いやそんなことないですって! 小さい時からずっと見てるとドキドキなんかしないですから! とくに一番上の姉ちゃんなんか、すっごい巨乳なんですけど、セクハラでいつも俺に押し付けてきたりして真面目に窒息ものだったり! おかげで俺巨乳にはトラウマがっ」
「へぇえ」
「ちょっと待て夏樹なんだそのエピソードは!?」
「なっちゃん何その鼻血もの体験!?」
「えっ」
 仕事してたはずの高嶺と宮野先輩まで食いついてきて、俺はちょっと焦った。
 なんで聞こえてるんだよっ。

「は、鼻血ものとかそんなんじゃ……っ、本気で酸欠で倒れかけたんですよっ」
「あははっ、それって昇天しかけたとかじゃなく!?」
「違いますっ」
「いーいなぁー。そんな体験したくてもできるもんじゃないよ」
 宮野先輩は俺の話を聞いてくれてないらしい。
「ほんともう、いい体験とかないですからっ」
「それじゃあその良くないのでいいから、他にはどんな体験を?」
 福神先輩は瑠璃川先輩の視線をものともせず質問してくる。

「え、えー……他に? ……うーん、あ。二番目の姉ちゃんがそのー、ちょっとオタク気味だったんですけど、持ってた小説の表紙を再現したいとかで、脱衣所に置いてあった俺の着替えぜんぶとっかえてたり」
「何その面白いエピソード! オタク!? オタクってなんの!? なにもしかしてコスプレの服とか置かれてた系!?」
 完全に面白がっている宮野先輩だ。
「違いますよ……。Lサイズのカッターシャツ一枚だけです……。それ一枚だけ着るのがどれだけエロ恥ずかしいか想像できますかっ? 女の子なら萌えもするでしょうけどっ、屈辱ですよ!」
「ぶっはあ!」
 宮野先輩は吹き出した。
 その横で、高嶺がふらふらと椅子から落ちる。

「佐倉くん……っ、それっ、弟の君にLサイズのカッターシャツ一枚着せて小説の表紙を再現って……、その二番目のお姉さんって、そっち系の……っ?」
 瑠璃川先輩が笑いを必死に堪えながら声を震わせて尋ねてくる。
「分かりますか……? 自称腐ってる女子だそうですよ。見た目全っ然そんな風に見えなくて彼氏もいましたけどっ」
「……あはははは! もしかして佐倉くんたったの一日で高嶺に落とされたの、それで免疫あったからだったりして……!」
 思いっきり笑う瑠璃川先輩なんて初めて見て、俺はどう反応していいか分からない。

「見たいー! 超見たいー! なっちゃんのシャツ一枚姿ーっ! なまあしっ、なまあし可愛いだろうなぁあ、いやー、ほんともー、お姉さんサイコー……!!」
 ひいひいお腹を抱えて宮野先輩も笑っている。
「……俺は姉ちゃんが一体どうやってLサイズの男物のシャツなんて手に入れたのかが疑問ですよ」
「そ、それは買ったんじゃないかなぁ……。その表紙の再現の為だけに、……買ったんじゃないかなぁ」
 福神先輩はすごい嬉しそうにしみじみ呟いている。
「アホすぎますよ!」
「それだけ見たかったんだよ、なっちゃんのなまあし」
「なまあしくらいっ、シャツ一枚になんなくても夏なら家は短パンでしたよ!」
 ぶっはあ、とまた宮野先輩が吹いた。

「も、駄目だ……。俺死ねちゃう……」
「そこで既に死んでる奴を起こしてから死んでくれよ」
 相葉先輩だけが普通にしてる……かと思いきや、眼鏡の奥の目に涙が浮かんでいる……!
 笑い涙以外の何ものでもないらしいそれに、俺はもう、今すぐ消えたくなった。

 ……高嶺、真っ先に死んでないで、俺のフォローしてくれよ……!!