135<エロボケ>

 「たかみねぇえええ!!」
 俺は叫んだ。
 あまりにもアホらしすぎて。
 怒りが呆れに変わって霧散したかと思いきや、呆れたとこからまたふつふつと怒りが湧いてきて。

「なにしょうもないことしてやがんだテメェはっ!!」
 思い通りになんてなってやるかという決意のもと、“脱衣所に一枚きり置かれていた高嶺のものらしいシャツ”をがっつり腰に巻いて、ずかずかとリビングに向かう。
 するとそこには携帯を構えた高嶺がいて、俺は思わずその携帯を奪い取って投げ捨てていた。
 とりあえずはソファに。
「あってめっ」
「何があっ、だ!! このエロボケオヤジ!!」
 蹴り飛ばされなかっただけありがたいと思え!

 週末で、高嶺の部屋に泊まりにきて、先に風呂を借りて出てきたらコレだ。
「オヤジってなんだよこんなイイ男つかまえて!」
「発想がオヤジすぎてキモいんだよ! 俺のスウェットどこやった!?」
「さぁどこだろうな」
「お、まえぇっ」
「つうかいいじゃん俺の期待に応えてくれたって。なんて色気のない使い方してんだよ」
「ふっざけんな!」
 真面目に袖を通させようとしたのか、シャツを腰から取ろうと手を伸ばしてきた高嶺から俺は慌てて身を一歩ひいた。

「あんだよ、ンな怒んなよ。なんでそんな怒んだよ?」
「着てみてほしいなら姉ちゃんと同じことしてねぇで正面から頼めよっ! 無言で着ろみたいに置いとかれんのイラっとすんだよ!」
「頼んだら素直に着たのかよお前」
「少なくともこの方法よりは検討したっつうの!」
「検討だろー? どうしても見たかったんだっつうの。だからほら。ちゃんと肩から羽織って」
「てめぇっ」
 がしっと腰の結び目を掴まれて俺は怒りと焦りとでわけが分からなくなる。
「着ねぇっ! 絶対着ねぇ!!」
「それもう意地だろただの」
 高嶺は俺の怒りをものともせず、全然悪びれてない様子だ。

「やめろ手ぇ離せっ!」
「んじゃーどうしたら着てくれんだよ? 言ってみ?」
「着ないってだから!」
「それは却下」
「なんでっ!?」
「なんか条件あんなら聞くって譲歩してんだから、お前も条件付きなら着るってくらい譲歩しろよな」
「なんで上から目線なんだよ!!」
「いやほんと真面目に。喧嘩してる場合じゃないから。ほんっと俺あの話聞いた時から絶対この目で見るって決めてたんだって。頼むから見して。な?」
「な……、なん……っ」
 すっげぇ真顔で頼んでくる高嶺。
 何がどうしてそんなもんが見たいのか理解できない俺は高嶺が宇宙人に思えそうだ。

「なんでそんな真剣に見たがってんだよっ!? ンなしょうもないことよりもっとなんか見たいもんねぇのかよ!?」
「もっとってなんだよ?」
「も、もっとって……そりゃ、えっと」
「そりゃ色々見たいけど。でもコレはその中でも外せない内に入る」
「だからなんで!?」
「夏樹が一度でもしたことある格好だからだ。恋人の俺が見たことないのに他の奴があるなんて、そのまんまにしておけない」
「他の奴っつったって姉ちゃんだよ! 嫉妬とかする対象じゃねぇだろ!」
「姉ちゃんでも誰でも違いがあるか。母親相手だって俺は嫉妬するぜ」
「ばっ、か言ってんなよ……!」
 もう馬鹿らしすぎて脱力しそうになる。

「おま、おまえ……お前って……、ほんと馬鹿……」
 しそうになるというか、既にしてしまって、俺の怒りはどんどん消えてってしまう。
「馬鹿でいいさ。認めてやる」
 あぁ駄目だ。結局俺は高嶺に強く言われたら口説き落とされてしまうんだ……。
 自分の馬鹿さ加減にも脱力したくなってくる。
「……夏樹?」
「条件」
「お、おぅ」
「なんでも呑むっつったな?」
「あぁ」
「じゃあ、高嶺は女装だ」
「じょっ!」
「女装」
「おまっ」
 そりゃそうだろう。
 俺の羞恥と同じレベルの条件を呑んでもらわないと。

「俺の女装なんて見て楽しいか!? お前ならともかく!」
「そりゃ俺からしたら、俺のシャツ一枚の格好見て楽しいかってのと一緒だろ」
「いやっ、まぁそうだけども!」
「呑まねぇの?」
「だっ、…………、…………っ、……わ、分かったよ! ち、近いうちにしてやる!」
「おっ、マジで?」
 女装かぁ。高嶺の女装が見れんなら、まぁしてやらんこともないか。シャツ一枚。
「おっけぇ。男に二言はねぇぞ。ちゃんと聞いたからな? そんなら俺も腹くくるし」
「ほ、ほんとかっ?」
「ちょっと後ろむいてろ」
「よしっ」
 高嶺は軽くガッツポーズしながら意気揚々と後ろを向いた。

 腰に巻いたシャツをほどいて羽織りなおし、袖を通す。
 それからシャツのボタンを留めて、具合を確かめた。
 ……まぁ、姉ちゃんに着させられた時より短くてきわどい感じするけど、しょうがないか。
「……い、いいぞ」
「お、おぅ」
 高嶺は緊張した感じで返事をし、ぎこちない動きで振り返ってきた。
「………………」
「………………」
「………………」
「……べ、別に大したことなかったろ?」
「…………………………」
 高嶺は黙ったままだ。
 黙ったまま、じーっと、俺を食い入るように見つめてくる。

「……ちょ」
 そんな見つめられると穴が開きそうな気が……。
「夏樹……」
「ん、ンだよ……」
 ぺら。
「……ッ!!」
 高嶺の行為に頭が沸騰しそうになる。
「なにめくってんだテメェ!!」
 がっつり高嶺の頭をこぶしで殴って俺はシャツの裾を元に戻した。

「ってぇえ」
「エロオヤジ!!」
「いや、ごめんごめん。どうしても。手が止まらなかった」
「エロボケオヤジ……っ!!」
 それしか言えなくて俺はがっくし床に座り込んでしまった。
 もう、アホらしすぎて。怒る気力が尽きた。