136<証拠>

 後からよくよく考えたらバカップル以外の何ものでもないアホなことをやったあと、次に高嶺がシャワーを浴びている間、俺は自分のスウェットとシャツに着替えて、めしを作っていた。
 とりあえず、オムライスだ。
 あった材料が、ご飯の残りと卵と玉ねぎピーマンだったから。
 チキンライスなんて塩コショウ振ってケチャップかけときゃ味なんて失敗しないし、無難っちゃあ無難だ。
 つか別にチャーハンでも良かったんだけど。
 まぁ、消費期限切れた卵がまだいっぱいあったもんだからこりゃ使わないとまずいってことで決め手になった。
 ちなみに卵の消費期限は生の場合らしく、加熱するなら1ヶ月以上は大丈夫らしい。
 母さんの教えだ。

 つか高嶺って料理すんだな。卵だけならともかく、玉ねぎとピーマンがあったってことはそうだよな?
 いやでもまぁ、冷蔵庫の中は他あんま入ってないし、調味料も少なかったからマメにしてるって感じではなさそうだけど。
「まだ卵焼くには早いか……?」
 今から焼いたんでは高嶺が出てくる頃には冷めてしまう。
「置いとくか」
 チキンライスが冷めないように火を止めたフライパンに蓋をして放置した。

「なーんか面白いテレビやってねぇかなー?」
 何気なくリモコンに手を伸ばし、スイッチを付けようとしたところだった。
 携帯の着信音が鳴り始める。
「うぉ、っと。誰だ?」
 俺の着信音はユーカの歌だ。
 画面を開く。
 非通知の表示が出ている。
「…………」
 出ようか出まいか一瞬考えて、相手が分からないことにはその判断もできないし俺は出ることにして通話ボタンを押した。変な奴だって分かったらその時点で切ればいいしな。
「もしもし?」
『よぉ』
 向こうはそんな風に切り出してきた。

「……どちら様?」
『あぁー、声だけじゃ分かんないー?』
「誰だよ?」
 向こうの言い方にイラっとした俺は、怒気を隠さない声音で尋ねる。
『おぉ怖。俺だよ俺。あー、えーっと、この音聞いたら分かるかな?』
 音? と思った直後。
 電話越しに、……音が。
「………………」
 バチバチと、弾けるような音が、耳に飛び込んできた。
「……あ、んた」
『そう。思い出してくれたー?』

 慎重に息を吸った。
 呼吸を、息をすることを忘れたらいけない。
 あ、慌てるな俺。
『あん時は世話になったなぁ』
 ふいに、ごちゃごちゃしたものが脳裏をよぎる。
「っ」
『あぁ、切らないでくれよ? そこに会長はいるのか?』
「な……んで」
『お前の部屋に明かりがついてなかったからな。会長の部屋かと思ってさ』
「………………」
『図星なわけだ? 近くにいんの? この電話、誰からか不思議がってっかな?』
「…………い、まは……そばには、……いない……」
『あぁそう? トイレか風呂か? そんなら、まぁいいや』
「………………」
『お前さ、会長にばらしたんだろ?』
「……っ、ば、ばらしてなんかっ」
 お、落ち着け俺、とにかく座れ、座るんだ。ふらつきそうになるなら、座れ、俺。

『ばらしてなんかないって? 会長と交際宣言なんかしちゃってさぁ。俺ら、これに懲りたら特別扱いは辞退しなっつたよな? 特別扱い辞退どころかマジで付き合っちゃうとかどういうつもりだよ? 何? もっかい犯されてぇの?』
「…………お、……おれ、は……っ」
『ぁん? どうした? なんか言いたいことあんなら言ってみ?』
「お、れは……っ、別れないっ!」
『あっはっはっは! ぁあー? なんだー? やっぱマジ交際なわけかー?』
「な……」
『お前学校出てきたと思ったら、とたん会長と交際宣言だろー? こりゃ会長にばらして犯人探ししてくれって頼み込んだんじゃって思ったわけよ。そんでぇ、俺らを焦らせて尻尾でも掴もうとして交際始めたフリでもしてみせてんのかなぁと。だもんで、こっちもじっくり様子見てたわけ。でもどうもガチでラブラブしてっからさぁ。あぁこれフリじゃないかもーって思って? お前のことほんとどうにかしてって奴も増えてんの。分かる?』
「…………知るか、よ」

『うん、知らないなら思い知らせてやるからどっちでもいいよ? とりあえず、ばらしたろお前?』
「ば、らして、ねぇ!」
『あぁ。なんかキョドキョドしてたなぁ? 会長にもなんでもないみたいな態度とって。いやまぁ最初はガチでばらしてないのかとも思ったけど。あの日の夜のこと、どうもかぎまわってる連中いるのが分かってきてさ。演技だったんだなぁアレ』
「………………」
『どうすっかな。忠告した通り、写真とかバラまく? 動画も撮ったし、ネットに流しちゃってもいいケド』
「…………ば、らして……ねぇ」
『おっと。まだ言ってんの?』
「……ば、ばらす……前に……、知られてた……っ、目ぇ覚ましたら、手当てされててっ、もう知られてたんだよ……っ!」
 そうだ、気が付いた時には保護されてて、なにがあったのか、みんなに丸分かりだった。

『あ? そうなの? あははっ、そりゃ間抜けだねぇ、ちゃんと自分で帰れなかったんだ?』
「バラまきたいなら好きにすりゃいいだろ! 俺は別れないっ」
『ふうん。まぁ、佐倉くんが別れたくなくてもねぇ』
「ど、どういう意味だよ!」
『お前みたいな節操なしの淫乱、会長の方から愛想尽かすっつうんだよ』
「……な」
『いくら薬で気持ちよくなってたからってさぁ。普通レイプされてんのに言わないっしょ』
「……な、にを」
『いやだ、まだやめないで。もっと酷くして。まだできるから。もっともっと』
「…………」
『お願いやめないで。行かないで。もっと痛くても酷くてもいいから、大丈夫だから』
「……なに、いって」
『言ってたって。ちゃあんと動画で声残ってる。このお前の携帯番号、最中にちょいっとゲットしといたんだけどさ、そん時会長のアドレスもちゃんと手に入れといたんだ。会長にその動画送ったら、どっちにしろ破局っしょ』

 あんまり意味が分からなくて、思考が働かない。
『信じられないか? まぁお前だいぶ理性とんでたみたいだし、覚えてないかもと思って、お前の方にも証拠残しといてやったから。』
「……おまえの、ほう?」
『お前の携帯だよ。SDカードに入れといてやったから。動画ってファイル作ってあるからそんなか。後で見てみな』
「………………」
『ま、理性飛んで気持ちいいとか口走っちゃうのは結構見たことあるし、しょうがないっちゃあしょうがないけど、お前みたいにもっと痛くていいからやめないでなんて初めて聞いたし。超ウケた』
「……し、らな」
『だから証拠あるって。節操なしの淫乱な変態ちゃん。無事に破局したらまた可愛がってやるよ。もっと痛くて酷いやつで』

 電話の向こうで笑い声が聞こえて、何がなんだか分からないうちに気付いたら電話は切れていた。
 ツーツーと無機質な電子音が聞こえてくる。

「………………」
 そんな、馬鹿なこと。
「…………」
 証拠って、……どういう、意味だ。証拠って……。
「………………」
 有り得ない、そんなまさかと頭の中で繰り返しながら、のろのろと手が動く。
 証拠なんて、そんなもの、あるわけ……。
「……っ」
 SDカードのフォルダに……、知らないデータが、入っている……。
「……そん、な……こと」
 有り得るわけないのだからと、大丈夫なはずだからと、震えそうになる手を無視してボタンを押した。

 ………………
 …………………………
「……っあ」
 手が無意識に、携帯を放り出していた。
「…………あ……ぁ」
 なんだよ、なんだよ今の。
 うそだ、待って、だれか。
「う……そだ……」
 停止ボタンを押してから捨てれば良かった。
 手に持っていられなくて思わず放り投げた携帯から、気持ち悪い声が聞こえ続けている。
「……い、……やだ」
 そんなの、……こんなの、俺じゃない……っ

「あー、サッパリしたー」
 後ろから高嶺の声が聞こえて、俺は飛び跳ねるように携帯を拾い上げて停止ボタンを押した。
「……どうした? 夏樹」
「な、なんでもない」
「夏樹? お前顔色悪いぞ? どうした?」
 高嶺は慌ててこっちに駆け寄ってきて俺の両肩を掴んだ。
「なんでもない!」
「夏樹! どうした何があったんだ!? 言え!」
「なんでもないって!」
 こんな言い方じゃ何かあったと言ってるようなもんだってのは分かっていたけれど、半分パニックになりかけた俺には他に何か誤魔化すとかそういうことが一切できなくなっていた。

「夏樹、何携帯持ってんだ? 誰かから電話か? どうした?」
「ちがう、なにも、なにもない」
「誰からだ? 何言われたんだ?」
「なにもないから!!」
 叫んで思わず高嶺の手を振り払った時だった。

 高嶺の携帯が、鳴った。