15<携帯>

「んー、スタンプラリー?」
 微妙な疑問系で返事は返ってきた。
「すたんぷらりい?」
 また、なんかつまんなさそうな……。
「佐倉、適当なこと考えてるだろう」
 隣で萩迫がにっと笑う。

「前夏祭ってのはまあ一言で言えばスタンプラリーだけど、そのスタンプは別にただで手に入るんじゃないんだよ」
「う、うん……」
 にやにやと笑う萩迫に圧されて俺は前夏祭とやらの説明に固唾を呑んだ。
「有志でさ、二、三年からミニゲーム提供チームを募集するんだ。まずこれに特典がつく。前夏祭終了時のフィナーレをこのシェリーズホールでやるんだけど、それの特別指定席がもらえるんだ。当然、前のほう」
「…………フィナーレの為だけに?」

 フィナーレって閉会式とかそういう系なんじゃないの? って俺の頭は考えた。しかし。
「凄いんだって! 毎年やる内容は変わるんだけど、その年々の生徒会が趣向を凝らしたステージで、去年は当然あのバンドに出演要請がかかって、そりゃあもう、有志志望が殺到してさ、それさえ選抜することになったんだから」
 萩迫のその言葉を聞いて、少し納得する。
 閉会式じゃなくて、ほんとにちゃんとシメに盛り上がれるステージを用意するってことなんだろう。

「じゃ、有志で参加できない一年は前の方じゃ見れないってこと?」
「いやそうじゃなくて。一年と、一般参加の二、三年は、そのミニゲームに挑戦して、クリアしてもらったスタンプの分だけ、前の方のエリア席を振り当ててもらえるって寸法」
「あー、なるほど」
 じゃあ、生徒のやる気は全て、そのフィナーレにかかってるってことか。
「生徒会も大変だ」

「何他人事みたいに言ってるんだよ、僕らも頑張るんだよ! あの生徒会ならバンド解散したって何かやらかしてくれるに違いないんだから! 絶対前の方の席、取るからね!」
「あぁ、うん……」
 聞いた話だけではいまいち理解できない俺は曖昧に頷いた。
 やっぱり、こういうイベントのリアルな興奮は内部生の方が分かるんだろうな。

 そんなことをふよふよ考えていた時だった。
 ピリリリリ、と甲高い電子音がした。
「……あ」
 顔色を変えた安達が自分のポケットをまさぐる。
「何。電話?」
「おい、光……」
 萩迫がなんか心配そうな声をかける。
 なんだ? どうしたんだ?

「その着信音……」
「うん……、番号登録してない設定のやつだから、非通知……やっぱり」
 安達は取り出したスマホを見てため息をついた。
 ってか、そのスマホ……。
「すごいストラップだな」
 ストラップ対応のスマホカバーから、大きなアフロ犬が一個ぶら下がっているのが異様に目立つ。
 さっきから上着の下にちらちら見えてたのはこれか。

「あぁ、直接ポッケに入れる時は減らしてるんだけど、学校のある日は鞄にいれとけるからあと二匹……」
 安達があははと強張った笑みを浮かべる間も、携帯は鳴り響いている。
「……なんか、変な電話?」
「うん……。出ると無言電話でさ。最近多いの」
「げ、ストーカーか何か?」
「たぶん……」
「光、だから番号変えようって言ってんじゃないか」
 萩迫は超心配そうな顔をしている。
 そりゃそうだ。恋人がストーカー被害にあってるなんて、そんなの超心配に決まってる。

 けれど。
「……でも、こんなことに負けて番号変えたりするの、やだよ。なんで僕がこんな最低な行為に合わせて苦労してあげなくちゃなんないのさ」
 安達の意見も最もだ。
「そりゃそうだけど……」
 まだ、そんなに実害はないってレベルか?
 姉ちゃんが三人もいた俺は、ストーカーの脅威ってのを間近で体験したことはある。姉ちゃんたちは強かったから、そんじょそこらのストーカーなんてものの見事にシャットアウトしていたけど。

「安達、非通知着信拒否ればいいじゃん」
「え? だって手続きとか」
「…………は?」
 俺の頭にハテナが飛ぶ。
「え、だってそういう通話の詳細設定って色々大変でしょ? そりゃ、番号変えるよりは簡単かもだけど……、実家にはあんまりこういうこと言いたくないんだよね……」
「………………」
 ちょっと待て。
「………………あれか?」

「なに?」
 安達は聞いた。
「……携帯の契約だの設定だの、全部誰か家の人にやってもらってる? カスタマイズされて使いやすくなったのからスタートした感じ? その、アドレスに載ってない番号着信がその音だったりするのも?」
「あー、家の人……っていうか、使用人の田村さんって人が機械に詳しくて」
「しようにん」
 俺は思わず単語を繰り返していた。
 携帯をどんな難しい専門精密機械だと思ってるんだろう。
 安達の話に疑問も抱かない萩迫もそうだ! 絶対馬鹿だ! 金持ちの世間ズレ、万歳!
「……安達、携帯、ちょっと貸して。メールとか見ないから、ちょっといじっていい?」

 俺は二人に根本から説明するのが面倒で、手っ取り早くすることにした。
 安達は未だ鳴り響いている携帯を俺にハテナ顔で渡してよこす。
 俺は画面をスワイプして、無理矢理着信を切った。
「………………」
 キャリアが違おうが機種が違おうが、だいたいどこの携帯も操作に大した違いはないはずだ。
 メニューカテゴリから設定を選んで通話、詳細、と。
 着信拒否設定……非通知、発見。
 その設定をオンにして、俺は安達に携帯を返した。

「はい。これで非通知は着信来ないようにしたから。手続きとかしなくてもこういうのは携帯上の設定変更で大丈夫なんだよ。またなんかあったら言って」
「………………」
 安達は目を丸くして、萩迫は無言で瞬きを繰り返して、俺を見た。
 …………いかんいかん、こんな普通のことなのに、なんか自分偉くなった気がするじゃないか。