16<舞台袖>

「すっごい……、佐倉ちゃんって天才だね……」
「……いやいやいや」
 本気で世の中の天才に失礼だよ、俺がその称号を冠すると。
「いやじゃないって佐倉、お前音楽のテストも手ぇ貸してくれたし、器用だよな」
「あー、まあ、あれはね」
 楽譜系とかの音楽要素には強いと思う。作曲とか趣味だし。

 曖昧に言葉を濁しつつ、俺イコール天才論から話題を変えようと俺は何かネタを探す。
 えーっと、えーっと。って思い浮かばない間に。
「……あ! のやろぉ!」
 萩迫が唐突に怒気を含んだ声を出した。

「えっ?」
「要!?」
 驚く俺たちを置いて、萩迫は走り出す。
「どうしたの!?」
 安達は座っていた舞台から飛び降りて声をあげた。
「こっち覗いてる奴がいた! 目があったら逃げやがった!」
「えっ、それって!」
「光は来るな! 佐倉も! 光についててくれ!!」
 そう言い捨ててホールを凄い勢いで飛び出していく萩迫。

 あっという間に取り残された俺たちは顔を見合わせた。
「ま、まさかいまのストーカー!
「あ、あいつ一人で追っかけて大丈夫か……?」
 なんだかよく分からない急展開にどうしていいかわからない。
「どどど、どうしよう追いかけないと!」
「お、追っかけるったって、もうどっちいったか」
「だだだ、だって心配だよ、そのストーカー!」
「え?」
「要にぼこぼこにされてるかもしれない!」

「………………」
 とりあえず、考えてみた。
「萩迫って、強いの?」
「強いよ、空手習ってるんだ、大会とかには出たがんないから名前は知られてないけど……」
「……うーん。なら、俺は安達についてればいいのか?」
「ええっ、追いかけないの!?」
 不安そうに聞いてくる安達。

「だって、もうホール出てどっち行ったか分かんないぜ? それに、人影が見えたってんならホールの外にいたんだろうし、こっから追いかけた距離差じゃ逃げ切られてすぐ戻ってくる気がする……。すれ違うと余計心配するだろ、萩迫」
 すぐ戻るハメになりそうなのを見越して、萩迫は俺にここで安達と待っててくれと言ったような気がした。
 たぶん、本気で捕まえようとしたんじゃなくて、牽制の意味も込めた行動なんだろう。

「そ、そっか……。すぐ戻ってくるかな……、大丈夫かな……」
「大丈夫! 心配すんな! 空手強いんだろ、萩迫って」
「う、うん……」
 安達はまだまだ不安そうにしている。
 そりゃそうだ。ストーカー被害に合ってるのは安達だし、恋人がそれと立ち向かいに行ってるんだから、不安にもなる。
 ってか、安達って可愛い系だし、やっぱこういう学校じゃそういう被害の対象になったりすんだな……。

「………………」
 考えたら気分が落ち込みそうになってきた。
「な、安達! 萩迫戻ってくるまでちょっと舞台あがって見てもいいか?」
 気分を変えよう。じっとしてたら不安は増すばっかりだ。
「え、いいんじゃないかな……」
「よし、じゃさっそく! 舞台袖とか気になるんだよなー」
 舞台に手をついてよっこらせと上る。目線が一気に高くなった。結構高い舞台だ。それこそ体育館についてる舞台と変わらないくらいの高さ。

「安達も来いって。萩迫にお前頼むって言われたんだから、そばにいてくんなきゃ困るし」
「う、うん……」
 そろそろと伸ばしてくれた手を掴んで俺は安達を舞台に引き上げた。
 シェリーズホールは、ホールの左右にバルコニーが付いていて、暗幕も張られていない今はかなり明るい。
 舞台袖とはいえ、溢れる光が届いていて、電気を付けなくてもよく見えた。

「………………」
 電気をつけなくてもよく見えるその場所に、なんか、よく分からないものを発見して、俺は無言になる。
「佐倉ちゃん?」
 俺の沈黙に気付いた安達が俺の視線の先を目で追った。
「…………わっ、福神先輩だ!」
 安達はびくりと体を震わせて、その人の名を呼ぶ。
 よく分からないもの、とはつまり、なぜかこんなところで寝ているらしい人間のことである。

 舞台袖の壁にもたれてすやすやと寝息を立てている。
 俺たちの会話とか結構声大きかったはずだけど、起きなかったのか?
 顔色を見ると、体調悪くて寝てるようには見えないけど……。
「……安達、この人知ってるのか?」
「知ってるも何も……!」
 安達の声を聞きながら、俺はとりあえず起こそうと近付いた。
「生徒会の人だよ!」
 一瞬手が止まりかける。

「せいとかいぃ……?」
 勘弁してくれよ的な声が出た。
「ったく、なんだってこんなに遭遇率が……。でもまあ、今俺たちしかいないし、近付いたって妬まれやしないだろうけど」
「そそそ、それはそうだね……っ」

 安達は焦ったようにどもりながら答えた。
「あの、すみません、先輩? 大丈夫ですか? こんなとこで寝てたら風邪引きますよ」
「………………」
 声をかけても反応がないので肩を掴んでゆさゆさと揺さぶってみる。
「先輩? 大丈夫ですか? 具合悪いとかですか?」
「………………」
「せんぱい!?」
 あまりにも反応がないので、両肩を掴んでみたその時だった。

「ぅわあっ」
「ひゃっ」
 がし、と手を掴み返されて、正直めっちゃびびった。
 だって、いきなり動くんだもんこの人。
 後ろで安達も驚いている。
「先輩? 大丈夫ですか? 起きれます? 立てますか?」
 俺はとにかく反応が返ってきたことに安心して、掴まれたままの腕をどうしようか考えながら先輩の顔を覗き込もうとした。
 けどできなかった。

「ぇっ、えっ、はい!?」
 先輩が前のめりになって倒れこんできたからだ。
 何、気分悪いのこの人!?
「ちょちょちょ、大丈夫ですか!?」
 とりあえず支えようと思ったが手を掴まれているせいで支えに入れない。
 俺の肩に顔をうずめた先輩を背筋だけで支えようとしたが、掴まれた腕を後ろ方向に引っ張られたので和えなく限界を迎える。
 結果、先輩と一緒に床に倒れこむことになった。