序章
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「……落ち着いた?」
「はい……」
気分の悪さがマシになって、保健室についている洗面台で口をゆすいで、ソファに腰掛けて、少し暖めたお茶を渡されながらそう訊かれ、俺はイエスと日本語で答えた。
それからふと思い出す。
「……授業」
「次は休みなさい。連絡しておいてあげるから。君何年何組? 名前は?」
保健医の先生は優しそうな笑顔で俺に微笑みかけた。
和むタイプの先生だなと思う。
「一年B組の、佐倉夏樹です……」
「えっ、佐倉くん!?」
「え、あ、はい」
俺の自己紹介に驚いたらしい先生は笑顔を引っ込めて目を丸くした。
「君の入院カルテの写しを預かってるんだよ。そうか、君が佐倉夏樹くんか。……五十嵐のやつ、佐倉くんになんてことを」
「……俺だとマズイんですか?」
なんか、他の生徒より俺が特に駄目みたいな言い方だ。陽丘さんの知り合いだからとか、そういう理由だろうか。
「え、いや……、転校したてで慣れてない佐倉くんに……なんてことを、って思って。本当ならこの学校に馴染んでもらうために優しく面倒みてあげなきゃいけないところじゃないか」
「………………」
あの訳の分からない不良が人の面倒を看るとは到底思えなかったが俺ははぁそうですねと答えておいた。
「それより、……大丈夫? 気分悪いとか、収まった?」
「あ、はい」
今は全然平気だ。
もらったお茶をちょっとずつ飲みながら出してしまった水分を補給しにかかる。昼ごはんが全部出ちゃったせいか、正直お腹もすいた。
吐いた後にすぐ食欲湧くって、どんな体調不良だよ。全く。
「いつから? 今朝は気分とかは?」
「全然普通でした。俺もさっきまでは体調悪かったのに気付かなかったくらいで。自分でもびっくりです。……すみません、迷惑かけて」
「いやそれはいいんだよ。僕、保健医だしね」
先生は俺を安心させるようにまた微笑んでくれる。
ちゃんと袋に出したとはいえ、それを処分してくれたのは先生だ。
「今は大丈夫なの?」
「はい、たぶん」
自覚がなかったのにいきなり吐き気が来た前例がある以上、手放しで大丈夫だと断言できないのが痛いところではあるが、今の俺の自覚する体調の変化は、本当に腹が減ったことくらいだった。
「本当に? 気分じゃなくて、気持ちでも? なんか落ち着かないとか、泣きそうとか、ない?」
「はぁ……。いや涙は出そうにないですけど……なんでですか?」
「あぁいや、五十嵐に殴られたりしなかったかなぁと……」
あぁそう言えば。
「腹殴られました。……もしかして、もどしたのって、それですか。俺体調悪いとか全然なかったんですよ、さっきまで」
「あー、そうだね、たぶん。あいつ腹なんか殴ったのか。本当もう後でキツく叱っとくよ」
先生は信じられないとかぶつぶつ呟きながら眉間にシワを寄せている。
話ぶりを見ていると、なんかすごく五十嵐とは親しそうだ。
「……さっきのやつ、何なんですか? この学校にああいうのがいるとは思いませんでしたけど」
「あぁ……、彼はねぇ」
難しい顔をして、先生は語り始める。
この学校にも、セレブな教育を受けた上流階級な人間もいれば、金だけがあるようなとんでもない家庭で育てられた問題児もいるということ。
我がまま坊ちゃんが多いせいか、程度は大したことはなくても暴力事件は言うほど少なくないこと。
その中でも五十嵐は純粋な暴力のみの事件を起こす常習犯であること。純粋な暴力のみっていうのは、つまり強姦だとかそういう性的な暴力は一切振るわないって意味らしい。そりゃああんだけホモが嫌いなら襲ってもヤってしまおうとは思わないだろうな。
ってかそういう意味でって注釈が付くって、この学校どんだけ性的暴力事件多いんだ……。
「とにかく、次の授業は体育なんだね? 先生ならたぶんまだ職員室にいると思うから連絡するよ」
保健医の先生は言いながら奥へ行き、壁掛けの受話器を取って何やら呼び出しをしている。電話だろうか。とりあえず内線機能がついているらしいことは確かだ。
「……はい、そうです。保健室で休ませてますので。……はい。そうです。……はい、宜しくお願いします。では」
先生が話を終えて受話器を置くのを見て、俺は授業の欠席にため息をつく。
編入してまだ一週間もたってないってのに、超体弱いイメージじゃないか。安達と萩迫には普通に着替えてくるって言ったのに、すごい心配するだろうな。
「……なんか、出れそうなんですけど」
「何言ってるの。駄目駄目。体調不良じゃなくても、吐いちゃったんだから、すぐ運動して汗かいたりしたら、脱水症状起こすよ」
「……あー、はい」
そうか。そういうことも考えなきゃ駄目なのか。
面倒くさいな。
こんなことなら着替えくらい、トイレでも何でも、五十嵐みたいな面倒くさい奴相手にしないで無視して行けば良かった。
なんで血なんかだらだら流したまま放置して保健室にいるかな。
「……っていうか佐倉くん。一体なんだってあんなことになってたの?」
「え? いやなんか……。俺、傷跡結構アレなんで、ここで着替えさせてもらおうと思って来たんです」
そういえば状況説明がまだだった。
「そしたら、あの血でここでぼうっとしてるから……、手当てしないとまずいんじゃないかって思って、タオルとか渡そうとしたら、機嫌悪かったのか知らないけどキレだして……。あぁ、ホモが嫌いらしくて、俺がここで着替えるの、体にキスマークでもあるんじゃないのかって馬鹿なこと言い出して……」
「……すまない、ほんっとうにすまない」
先生は心底申し訳なさそうな顔でうな垂れている。
「いや、先生が謝ることじゃ」
「いや、僕がちゃんと指導してやらなきゃいけないんだ。あいつケンカばっかやってるからしょっちゅう怪我して結構ここによく来るんだよ。担任より接する機会が多いんだ、たぶん。それなのに……佐倉くんにまで因縁ふっかけて……、本当ごめん」
「いやいやいやいやいや」
俺は謝ってなんかほしくなかったから慌てて手を振った。
「……それで、本当に大丈夫?」
「え、だから大丈夫ですって」
「本当? ……その、傷跡とか後遺症的な……、痛むとか、ない?」
「いや別に事故の怪我なんて一年前だし……。あぁ、まあ腹は痛いかなぁとか思わなくもないですけど……、別に大したことじゃないです。いや本当に大丈夫なんで」
「本当?」
さっきからこの人は何をこんなに異様に心配してるんだろう。
そっちの方が俺は心配になってくる。
「いや、大丈夫ならいいんだ。しつこくしてごめんね。ただ君はこの前まで入院してたわけだし……、気になって」
「すみません、心配かけて。あ、陽丘さんにも保健室に挨拶しとくよう言われてたんですけど、挨拶っていうか、こんな形になってすみません。改めて俺、佐倉夏樹です。なんか世話になることがあったら……いやない方がいいんですけど、宜しくお願いします」
「あ、あぁ。そうか。うん。分かった。僕は保健医の丸山。よろしくね」
延々と繰り返しそうな心配質問を断ち切るため俺は強引に話題を変える。
「一応僕は普通の医師免許も持ってるから安心してくれていいよ。佐倉くんは一応成長期まっさかりの十代だからね……、もしかしたら今後、そのせいで傷に痛みが出たりするかもしれないから、そういう時は無理せずここに来ること。分かった?」
「……はい」
そういう話は病院でもされた。
でも、考えるだけで憂鬱になる。痛いことなんか大っ嫌いだ。好きな奴なんていないだろうけど。
「うん。今のところ何もないならいいよ。一気に伸びるとかがなければ痛くはならないかもしれないし」
「……痛いのは嫌ですけど、身長はもうちょっと欲しいとこなんです」
「今何センチ?」
「……169」
あと、1センチ。それで170の大台に乗るのに!
いや、170で大台ってのもアレだけど、だってもう180センチ台なんて俺には夢物語だって現実は受け入れざるを得ないだろう、やっぱり。
「あはは。伸びる伸びる、あと1センチくらい。最近の子は大きい子多いから、ちょっと不満かもしれないけど」
そうやって笑う先生は70台後半くらいはありそうだ。
はあ。これも女ばかり生まれた女系家族の因果だろうか。
そんなことを思ってたらチャイムが鳴った。5限目開始のチャイムだ。
「ま、とにかくこの一時間は休んでるといいよ。ベッド使っていいから。寝ておきなさい」
「はい……、そうします」
とんだ災難だったけど、まあこの時間を有意義に昼寝に使うことにしよう。
あとで安達と萩迫にどんな風に説明しようか考えながら、俺はお茶の湯のみを先生に返してベッドに向かった。



