21<いちごミルク>

「佐倉ちゃあん大丈夫なのー!?」
 結局あのまま起こされなかった俺は午後のニ時間を欠席することになり、このまま帰ってもいいのにと言う丸山先生に、終礼だけは何がなんでも行くと言い張って教室に戻ってきて、俺が帰ってきたのを見た安達に問答無用で抱きつかれた。
「…………だ、大丈夫だって、落ち着いて、安達」
「だってだって僕ら体調悪かったなんて全然気付いてなくてさー! ほんとごめんねぇえ!」

 もうちょっと感極まったら泣き出すんじゃないかと思うくらいぐしゃぐしゃな顔で安達は俺の胸に頭をぐりぐりと押し付ける。
 あぁ、安達よりは背があるぞ。よし。

「全然いいって。俺だって自分で気付いてなかったし、っていうか、体調不良とはまたちょっと違うし……」
「そうなのか?」
 安達に遅れて駆け寄ってきた萩迫が心配そうに尋ねてくる。
「そうそうそう。保健室でマヌケにも思いっきりすっ転んでさあ。んでソファでミゾオチ打って、もどしたの。笑えるだろ?」
「………………えぇええ~!」

 不良と揉めたなんて知られたら余計心配すると思った俺は適当にでっちあげることに、保健室を出る時からしていた。
「何それぇ! もどしたの!? そんなに打ったの!? それ大丈夫!? 胃とか破裂してない!?」
「してないしてない」
 あ、余計心配させてる? もしかして。

「……風邪じゃないのか?」
「うんそう。体育も大丈夫だっつったんだけど、吐いた後は運動するなって言われてさ」
「そっか、そうだったんだ。体育の先生さ、佐倉は体調不良で欠席って職員室に連絡あった、ってそれしか言わないから……」
「大丈夫、大丈夫。今はもう元気だって」
 俺はぐしゃぐしゃな安達を安心させようと笑顔を作ってみた。

「無理するなよ。顔色悪いぞ、お前」
「え?」
「そうだよ! なんかビミョーに力ないよそれ!」
 完璧だと思っていた説明と笑顔に駄目出しをされ、俺はふと真顔に戻る。
「……駄目? あれ? おっかしいな。俺、本当になんともないんだけどな」
「自覚のない奴が一番手に負えないんだって。ほら、席に座っとけ。終礼終わったら寮まで送るから」
「…………う、うん。さんきゅ」

 なんか、反論できずに俺は頷いた。
「げ、もうチャイム鳴るじゃないか。安達、お前今日日直だろ。黒板早く消さないと。手伝ってやるから」
「あ! 忘れてた!」
 安達と萩迫は俺を席まで送り届けてから慌しく黒板の方へ向かう。

 俺はそれをなんとなく見送った。
 ……どうしたんだ俺?
 体に全然違和感はないんだけど……、だるいとか熱っぽいとか。
 授業を休んだってせいでちょっと落ち着かない感はあるけど……、ノートがどうとか課題出たのかだとか。でもそれだってこの時期のは一年前に勉強してるから、そこまで問題じゃないはずだ。
「……っかしいなー」
 呟きながら俺は自分の席に座る。保健室から持って帰ってきた使わなかった体操服を横にかけた。

 そこに。
「佐倉」
 にゅっと差し出されたもの。
「…………え?」
 それを持っている腕を辿ると、そこにいるのはお隣の小野寺くん。
「……え?」
「これ、牛乳入ってるから……あれだけど、元気になったら、飲んで」
「え、え、え?」
 言われてもう一度目の前のそれを見る。
 …………いちごミルク。
「………………」

「さっき吐いたとか言ってたし、選択間違えたっぽいけどな……」
「……くれんの?」
「…………好きそうかと思って」
「………………」
 俺は、無言で、とりあえず、受け取った。
「あ、ありがとう」

「ん。元気になれよ」
「………………」
 授業を休んだ俺を気遣ってくれているのだと、俺はその言葉で初めて気が付いた。
 いやだって、そんなキャラに見えなかっ……ていうか、そんな風に思っててごめん! 小野寺!
「ありがとうな、小野寺! お前いいやつだな!」
 そう、いちごミルク、嫌いじゃないし。

「ってか何でこのチョイス? なかなか俺にこれをくれる奴はいないんだけどなー。みんな炭酸系とか俺に連想するみたいで」
「…………ユーカが公式プロフィールに好きだって書いてたって、妹が言ってたの思い出して。……双子だし、お前もそうかなってなんとなく」
「………………」
「それ以外に、お前の好みに関する情報、何もなかったし。嫌いなら別に捨てていいし」

 小野寺はぼそぼそと呟いている。
「……いや、好きだよ」
 俺は小野寺の杞憂を打ち払おうと、もう一度笑顔をつくった。
「………………」
「……そっか。夕香の好みか。……あはは、なんかちょっと嬉しいよ。覚えててくれる人がいてさ……」
「……佐倉?」
 小野寺と二人でこういう何気ない会話するの、もしかして初めてじゃないだろうか。

「…………うん。……ほら、さ。マスコミ対策とか……顔隠すのとか、そういう面倒なのから解放されるにはさ、やっぱユーカが世間から忘れられるのを待つしかなくて……、でも、忘れられて欲しくないって気持ちも、あるんだよな、やっぱ」
「………………」
 小野寺は何も言わずに俺の話を聞いてくれる。
「だから、小野寺がそんな風に気に留めてくれてたの、すごい嬉しいよ。ありがとな」
「…………あぁ、別に」

 そう小さく呟いた小野寺は少し照れたらしく、目を伏せて、鞄からイヤホンを取り出している。
 もっとちゃんと、安達とか萩迫みたいに日曜に一緒に遊ぶくらいの友達に、小野寺とはなれそうな気がする。
 なんたって秘密を共有してくれているわけだし。

「ありがと。これ、あとで飲むよ」
「あぁ」
 その短いやりとりを最後に、終礼の時間を告げるチャイムが鳴った。