25<終了>

「……で。なんでこんなことになってんだ」
 シャワーを浴びて。シャツとジャージを借りて、ここで寝ろと指定された執務室のベッドで横になってて。隣の私室にもベッドがあるだろうに仕事部屋にまでベッド置いてるなんてすげえと思いながらうとうとしてて。
 で、気が付いたら高嶺が横にいた。

 高嶺もシャワーを浴びてきたのか、髪が濡れている。
「……なんでここで寝てんだよ」
「一晩様子見るんだろ。別々の部屋で寝てその目的が果たせるか」
「…………じゃあ俺が床で寝る」
 高嶺の言うことはしごくまともな正論だ。解る。理解できる。けど、だからっつって何も同じベッドで並んで寝る必要はなくないか?
 ベッドから降りようと起き上がった俺は、高嶺の体を跨ぐべく立ち上がろうとした。だが、その前に腕を掴まれて立ち上がることさえできなくなる。

「何だよ」
「床に敷く布団なんてねえぞ。タオルケットもない」
「いらねえよ」
「半病人は黙って寝てろ」
「横に人がいて安眠できるか」
「……ったく。意識しすぎだっつうの」
「は?」

 高嶺はため息をつきつつ、いきなり手を伸ばして俺の頭をわしっと掴む。
 そのまま枕に沈められて俺は再びベッドに横たわるハメになった。
「ってえ。無理矢理だな!」
「今日は信じられてやるっつったろ。何もしねえから大人しくしてろ」
「そういう問題じゃねえし!」
「お前、人が横にいると寝れませんとかってそういう繊細な子なわけか?」
「は? んな神経質じゃねえよ」
「じゃあ問題ないだろ。俺は疲れて眠いんだ。騒がずに寝ろ」
「………………」

 高嶺の態度はなんか、超あっけらかんとしていて大人で、まるで俺が駄々をこねているんじゃないかと思うほど。理論立てた異を唱えるどころか、屁理屈を持ち出す隙もありゃしない。
 初対面の時に訳の分からない理屈で俺に大人しく襲われろ的なことを言った奴と同一人物とは思えなかった。
 結構、まともな奴なんじゃないだろうか。その、ちょっと性癖に癖があるだけで。

「……生徒会長って、だけはあるのか」
「なんか言ったか?」
「なんでも」
 とりあえず死ぬほど嫌ってわけでもないし、心配してくれてるんだろうし、我を通すのもどうかなって気がしてきた。

「ちょっとあんたのこと誤解してたな」
「誤解?」
「嫌味で強引で我がままな強姦魔だと思ってた」
「……あのなぁ」
「まあ、あん時は俺が寝過ごしたのが悪かったし、考えたら嫌味も言いたくなるよな」
「………………」
「でも、あんたって本当にそっち系なのか? 冗談とかノリじゃなく?」

 高嶺は目を閉じたまま無言だ。
 寝てはいないようだけど。
「…………やってみたら抱けたってとこが一番最初だな」
 返事は少し笑いを含んでいた。
「……うっわ。じゃあヤったことあるんだ」
「何だお前興味あんのか?」
「ないない! 絶対ない!」

 男に襲われるのなんかゴメンだけど、男を襲うのも絶対ゴメンだ。
「ないのか。ふうん面白いな」
「はぁ? 面白い?」
「俺はそれから男だの女だのどうでもよくなったね。お前が女に拘るなら、それはそれで面白いからいいんじゃねぇか」
「……あぁ、そ」
 どういう理屈でそれを面白いと表現するのかはさっぱりだったけど、まあいいか。どうやら俺がノーマルだってことは分かってもらえたみたいだし。

「なぁ、そういえばさ、話に聞いたんだけど。バンドやってたんだって?」
「あぁ、その話」
「どういうバンド? ジャンルは? あ、そうだ。バンド名まだ知らなかった、なんてぇの?」
「…………」
 天井を見上げていた高嶺が突然、無言でこちらを向く。そのせいで至近距離で目が合って、俺は思わず顎を引いた。

「ん? キスされるとでも思ったか?」
「はっ? いや待て、普通の反応だろ今のは! 別に意識なんかしてねえ!」
「ふーん。そ」
「んだよ、その勝ち誇ったような笑いは……」
「デイブレイク」
「は?」

 突然出てきた単語の脈絡を捉え損ねて思わず聞き返す。
「バンドの名前。ジャンルは……そうだな、オルタナティブってとこでいいんじゃねぇ?」
 高嶺は再び天井を向いてそう言った。
「……あ、あー、バンドの名前? あぁ、そう。デイブレイクか……へえ。っつか、オルタナって、また大きくくくったな……」
「基本ロックでポップでメロディアス」
「……それも大雑把だって」
「俺はギター担当だった」
「聞いてねぇし」
「あーそぉ?」

 ふははと訳の分からない笑い方で高嶺は笑う。
「……音源、あるけど」
「あ、聞かしてくれんの?」
 そっちには興味あるよ、俺。
 高嶺は笑うのをやめて、またこっちを見た。
「今度な。……代わりにお前は何聞かしてくれんの?」
「え、俺?」

 なんだ? 俺が曲作るの趣味なこと、知ってんのか? まだこの学校の誰にも教えてなかった気がするけど。
「可愛い声でも聞かしてくれんのかな?」
「は? 可愛い声? 女の歌でもモノマネしろってこと?」
「……はあぁー。色気ねぇなあ。…………可愛いなき声って言やぁ分かるか?」
「なんで俺が泣くんだよっ? しかもなんだ可愛いって気持ち悪い」
「まだ分かんねえのかよ、直球で攻めなきゃだめか? ……あ、え、ぎ、ご、え」

「………………。ぁえっ……喘ぎ声!?」
 思わず、ベッドの端に、壁に背中が着くまで後ずさる俺。
「男の喘ぎ声なんか聞いて何が嬉しいんだお前は!」
 あれか!? 男も抱けるようになると声までフィルタにかけられて聞こえるのか!?
「…………この前の、押し殺した感じの喘ぎ声を聞いた限りじゃ結構可愛いと思うぞ、お前のは」
「ななななな」

 あんまりにも冗談じゃなさすぎる言葉に、俺の思考は沸騰寸前。
 なんなんだ!? 可愛いって!? 喘ぎ声!? 誰が! いつ! どこで!?
「うん、我ながらいい考えだ。曲が聞きたいなら可愛い声が交換条件」
「ざけんなボケ! 誰が聞かすか! いやそもそも可愛いわけがねえ!」
「おーおー、そんなドスきかしちゃって。えらい違いだな」
「脳内で変な記憶変換をすんな! 俺は男に友情以上を感じたことなねえの! あんなこと二度とごめんだ!」
「のわりには同じベッドだぜー? 無防備だねぇ」
「あんたが何もしないっつったからだろ! するなら今からでも帰る!」
「しないしない。あぁ、いい加減眠くなってきた。寝ようぜ」
「………………っ」

 高嶺のペースは、苦手だ。
 いまだかつて、こんなにいいようにペースを狂わされたのは姉ちゃんたち以外じゃ初めてだ。
 生徒会長、恐るべし……。
「…………おやすみっ」
 俺はもう面倒くさかったので、色んなことを頭から追い出して、本日の終了を宣言した。