序章
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27<素顔>

いってしまった。
言葉にする気恥ずかしさも、どこかへ行ってしまうほどの呆然自失。
「………………」
どうしたらいいのかさっぱり分からない。
こんなこと、人生初だ。
「………………」
もし道端で誰かと肩でもぶつかって難癖つけられるなんてベタな展開があったら、こう反論しようとか。
背の低さとかガタイの小ささで目をつけられてカツアゲの標的にでもされることがあったら、こう反撃しようとか。
もしどっかの店で強盗とかに出くわしたら、こう撃退しようとか。
「………………」
そんなことなら考えたことがないわけでもなかったが、自分が男に襲われて、しかもその手でイかされてしまったらどうしようなんて、考えたことがある奴なんているか? この世に? いやホモの方ならともかく。
「……大丈夫か?」
「………………」
聞くくらいなら……最初から……。
「……おれの、制服……」
高嶺の問いかけをスルーしてふいに喉から漏れた俺の声は、思ったよりも冷静だった。
「制服? リビングに掛けてあるぞ。しわになると困るだろ?」
高嶺はティッシュをゴミ箱へ捨てながら答えてよこす。
「…………っ」
答えを聞いた後、俺は無言で勢いよく身を起こし、服の乱れを申し訳程度に整えた。それからベッドの端に腰掛けている高嶺の存在を完全に無視し、立ち上がる。
無言で部屋を出ようとする俺を同じく無言で見送る高嶺が何を考えているのかなんて、どうだって良かった。
部屋を出て、部屋に備え付けのハンガー掛けにかかってある制服を引っ張って取る。制服が落ちたハンガーがぶらぶらとハンガー掛けに揺れた。
しわなんかもういちいち気にする気にはなれず、それをかかえてリビングを後にする。
「下着と靴下は洗濯機の中だけど?」
「捨てていいっ」
後ろからかかった声に、振り返らず返事をする。
高嶺はどうやら俺を追って部屋から出てきたらしかった。
「帰んの?」
「…………」
あまりにも当たり前な質問だったから、俺は答えを返さない。
「帰んなら、適当に靴はいていけ」
「…………うるさいっ」
高嶺の、言うことなんか、聞く義理はねえ。
「…………」
外や砂利道を歩くわけでもないのに、何が靴はいていけ、だ。
いっちょまえに俺を気遣ったふりなんかしやがって。
「あと顔、隠して帰れよ。お前今眼鏡してないんだから」
「…………っ」
なんでお前がそんなことを言うんだよ!
そんなことを心配されるような仲になった覚えはない、断じて。
「お前の顔、この学校じゃ隠しとかねえと、いらん苦労が増えるしな」
「………………あっそう!」
玄関の前で振り返る。
「友達何人かに顔見したけど、俺の顔見て態度変えたのはあんただけだ!」
「………………」
答えは待たず、裸足のまま、制服を抱えて俺はドアを開けた。
がちゃんと無機質な音をたてて、背後でドアが閉まる。
「…………なん」
なんなんだ、なんなんだあいつ!
「…………しんじらんねぇ」
自分がいけるからって、ノーマルだって言う相手になんでこんな簡単に手を出せるんだ?
いや待て待て待て。
そもそもノーマルかホモか以前の問題だ。
合意じゃない。
これが全てにおいてとどまる理由にならないのが理解できない。
「そんで俺は何なんだよ……っ」
うあぁ、今さら顔が熱い……!
「なんなんだよ……っ」
押さえつけられてた訳でも縛られてた訳でもないのに、されるがまんま、抵抗もせずひたすら耐えてた俺はっ!?
「いみがわからない……」
そもそも同意なしで事に及んだ高嶺が絶対に有り得ないんだが、目が覚めた時点で抵抗しなかった俺は同意無しをハッキリ示せてないことになるんじゃ……?
「いやいやいや……」
危ないことを考えてから、そうじゃないと思い直す。
誰だって寝起きであんな事態になってたら、頭真っ白になるって。
「くっそ……」
自分の部屋へ帰るべく、エレベーターホールの方へ急いでいた俺は、ムカムカする気持ちを懸命に抑えながら、頭を振り、前髪を目元へ下ろす。
エレベーターで誰と鉢合わせするかもわからないからだ。
まあ、こんな早朝ならそんなことはないだろうけど、用心に越したことはない。
高嶺のように、俺の顔を見て何がどうだか気持ちの悪い行動に走らない奴がいないとも限らない。
というか、俺の素顔って一体何なんだ?
安達も萩迫も小野寺も、そしてムカつく高嶺も、俺の顔を見て女に対して言うような言葉を使った。……キレイだの、可愛いだのと。
「…………体重落ちたせいか……?」
事故に遭う前のめちゃめちゃ健康な男子高校生だった体重を、長期入院とリハビリを終えたばかりの俺に要求されても困る。
「………………夕香」
よく似てると言われていた夕香は別に男顔だったわけじゃない。いや、それよかむしろ、女の中でも可愛い系だったはずだ。デビューした頃も可愛いって騒がれてた。
「……あぁ」
ってことは、俺ってもしかして、今の今まで知らなかったけど、女顔なのか?
今までそういうことを言われたことがなかったのは、健康的なウェイトがあったからで、体重が落ちた今って顔つきも前よりだいぶ夕香に似ちゃってるとか?
「あぁ。……そりゃ、顔隠す理由がふたつできた……」
夕香のことと、この学校で自分の身を守ることと、目的はふたつだ。
見た目がいい奴は女の代わりにされるって萩迫が言ってた気がする。
安達みたいにふわふわした雰囲気じゃないだろうからそうそう簡単に俺をそっち系の対象に見る奴はいないと思うけれど……、高嶺は見たのか。
「顔で寝る相手選ぶのかよアイツ……」
いや俺は寝たわけじゃないけど! まあ添い寝は別として!
「ったく、もう」
一人呟き、やってきたエレベーターに乗り込もうとした時だった。
何か小さな物音が耳を掠めた気がして横を振り向く。
するとエレベーターの横にある階段の方からドタバタと誰かが走り去る音がした。
「は? 何?」
階段へ続くドアの半分が閉まっていて、俺からは人影は見えなかった。
俺が振り返ったとたんに逃げていくんだから、何かやましいことでもある人間だろうか。
何気なくひょいっと階段の方を覗いたけれど、案の定、足音ははるか下の階から響いてきてるみたいで、姿は見えなかった。
「逃げるって、何だよ」
あ。もしかしてアレか。超絶大な人気を誇る生徒会のメンバーの誰かに想いを寄せるばかりにストーカー的行為に走っている変質者。
ここ、生徒会用フロアだもんな。生徒会の人なら俺に見つかりそうになって逃げることもないし。
「……うーん」
高嶺とは絶対に関わりたくないけれど、一応知らせておいたほうがいいのだろうか。
だとすると、瑠璃川先輩か、宮野副カイチョか。
「先生でもいっか……」
そんなことをひとりごちながら、俺は閉まりかけたエレベーターを押さえて乗り込んだ。



