28<新聞>

「佐倉ちゃああああんっ!!」
「のわっ、何ぃ!?」
 登校して教室の扉を開けるなり飛びかかるようにして抱きついてきた安達を受け止め損ね、廊下に押し出されて尻餅をついた俺は訳が分からずとりあえず素っ頓狂な声を出した。

「ちょっ! おい光! 感極まりすぎだって! いいからお前ら立て!」
 後から駆けつけてきてくれたらしい萩迫が、俺の上でヘタっている安達を立ち上がらせ、俺にも立ち上がるように手を差し出してきたので俺はそれを掴んだ。
「何? またなんか暴走モードなのか?」
 鞄を拾い上げ、パタパタと埃を払う。
 そしたら萩迫はその手をぐいっと掴んできて無言で歩き出した。

「はっ? え、ちょ」
 萩迫の反対の手は安達の腕を掴んでいて、俺たちは仲良く萩迫に引っ張られて廊下をもつれ足で歩いた。
「な、何? どうしたんだよ」
「いいから。黙って」
「はぁあ?」

 有無を言わさぬ萩迫の様子に、隣を歩く安達は不安そうな顔をして俺を見てくる。
 …………なんか、それは、……どうも、俺を心配してるような……。
「…………あ、れ?」
 そこで俺はふと気が付いた。
 廊下にちらほらいる生徒のほとんど……っていうか、全員が、廊下を歩く俺たちに視線を向けている。
 生徒二人が一人に引きずられて歩いているという面白い光景に対する反応とはどうも違うみたいだ。
 ……俺? 俺に対して……、なんか、ひそひそと。

「ここならいいだろ」
 そう言って萩迫が立ち止まったのは、前に俺が事故のことを話した時に来た屋上へ続く階段の踊り場。
「あのさ。なんか平然としてるけど……ってことは、まだ誰からも聞いてないんだよな?」
「え、何……、なんかヤバイ系?」
 萩迫は一瞬だけ固まって、意を決したようにズボンのポケットから何かを取り出した。……紙?

「……今朝、新聞部が配ってて……貼り出されてたりとか」
 四つ折にされたそれを受け取って、俺はそれをぺらっとひろげた。
 でっかい文字と写真が目に入る。
「…………そくほう。かいちょうのへやからあさがえり……げんばをげきしゃ……」
 …………速報。会長の部屋から朝帰り、現場を激写。
「……あ゛ア!?」
 待て待て待て待て!!

「なんだコレ!? 俺!?」
 一気に視界に入ってきた情報がとんでも無さすぎる。
「あ! あんとき逃げてった奴! この写真撮って……! うあ! 何だこれ! え!? これが配られてんの!? 朝から!?」
 よくよく見ると、記事の細かい字の中に、佐倉夏樹という文字が見える。
 問題なのは、でかでかと載せられている写真に写っているのが、高嶺の部屋着を借りっぱなしで部屋から出てきた直後の朝の俺だってことだ。
 顔ははっきり写っていない写真だったけど、髪型とかで俺であることはほぼ間違いなく分かってしまう。
 だってこんな前髪伸ばした髪形してんの俺くらいなもんだろうよ……。

「佐倉、落ち着けって」
「おおお、落ち着けったって! はぁ!? なんでこんなもん配ってんだよ、楽しいかコレ!?」
「どっちかって言うと楽しいのは、生徒の楽しくないって反応が楽しみな新聞部だけだな」
「頭に血が上ってて小難しく言われても分からない! ハッキリ言ってくれ!」
 俺の物の言いようもハッキリしすぎてると思うが。
 他にどうしようもない。

 萩迫はふっと息を吐いた。
「生徒が大反応するの分かってて、その反応が欲しくて流したんだよ、新聞部は」
「めっ、迷惑な……!!」
「何があったんだ?」
「…………っ」

 すっと目を細められた萩迫に聞かれて、俺はふと言葉に詰まる。
「……いや、えっと!」
 昨日のことはどう説明したらいいもんだろうか。
「記事には、朝帰りってことは関係を持ったに違いないとかって書いてあるけど、俺はそんな新聞部の憶測なんて知りたくないんだ。佐倉の口から、何があったのか聞きたい。で、対応を考えよう」
「た、対応って……!」

 こんな嘘八百な記事ひとつで、何か対応を考えなきゃいけないような事態が起こるって言うんだろうか。
「この前話したろ。生徒会は神の国。これ見た熱心な生徒会ファンは佐倉のことをライバル視するだろうし、親衛隊は黙っちゃいないはずだ」
「親衛隊……」
「親衛隊って言っても公式じゃないんだけどさ。中等部の頃から会長をかなり慕ってるグループがあって……。会長から近付いてった場合は別みたいなんだけど……一般生徒の方から近付こうとするのには……かなり、過激みたいなんだ」

「……俺が、近付いたって、これそういう記事?」
「っあ~……会長、火遊びする時はいつも相手の部屋に行くらしいんだよな……。部屋から出てきたってのはマズイよ佐倉……、というか、本当に何があったんだ?」
「…………」
「前に、襲われかけたとか何とか、そういうこと言ってたよな? それは、会長だったのか?」
「……まあ、うん」

 別に隠そうとも思っていなかったので正直に答える。いや、男に襲われかけたなんてちょっとプライドは傷つくけど、この際こだわってる場合な学校じゃないのは明白だ。
「あぁ、やっぱり会長だったのか。佐倉、会長に向かって強姦魔とかそんなようなこと口走ってたもんな……。何だ、顔とか見られたのか?」
「な、なんで分かるんだよ」
「……会長、面食いなのは昔っから有名だからさ……。佐倉の顔見たらとりあえず手を出してみようとするんじゃないかと……」
「………………」

 俺は無言で眉間にしわを寄せた。
 おいおいおい、どんな会長だよ! それが生徒に知られてるのに、それでも会長の座に居座れる会長って何!?
 あまりの理不尽さに顔を引きつらせていた俺の制服の袖を引く手があった。安達だ。

「佐倉ちゃん、……昨日何があったの……? 佐倉ちゃんてアレでしょ、女の子好きなんでしょ? 好きで会長に会いに行ったんじゃないよね……? 会長に無理矢理乱暴されたの? お部屋に連れ込まれちゃったの……?」
「ないないない!」
 安達の、それこそ見てるこっちが可哀相になるくらい心配そうにしょぼくれる顔を見て、俺は即座に断言した。

「何もない! 何もされてない! 昨日はちょっと成り行きで高嶺の部屋に世話になっただけだ!」
 だから大丈夫だと諭す安達が、ふいに目を大きく見開いた。
「え?」
「…………わお。佐倉ちゃん、会長を呼び捨てだ……」
 うわ。……うわわわわ。安達の目がキラキラしてる。

「あぁぁーっと。タメ口とか、やっぱマズイ? 親衛隊とか? でもあいつ、顔で選んで人襲うような奴だしさ、尊敬なんてできねぇし……第一、俺ダブってるだけで、タメだもん……」
「か、カッコイイね佐倉ちゃん!」
「ええええ」

 暴走モードならぬ、妄想モードに突入した安達を萩迫が、はぁとため息をついて俺から引き剥がす。
「……で、佐倉。本当に何があったんだ? 佐倉が一度自分を押し倒した相手のとこにふらふら出向いて行くとも思えないし。まさかそこまでしない人だとは思ってたんだけど、何か脅された?」
「……いや別に脅されたとかナイって」
 そんなところまで想像して心配してくれてるのか、二人は……。
 新聞記事は下世話な想像ばかり、まるで俺に親衛隊の餌食になれと言わんばかりな内容を書きたくっているというのに。

「……う、うぅーん……あはは」
 仕方ない。二人には話そう。二人になら話してもいい。
「実は、よく覚えてないんだけど……俺、どうも寝ぼけたみたいで、過呼吸っぽいものになったみたいなんだよな……」
「えっ、過呼吸!? 大丈夫なの佐倉ちゃん!」
「あぁ、全然身に覚えがないくらい平気」
「ええっ! それよくないよ!」
「うーん……そうだよなぁ。変だよなぁ……。あ、でも素人判断で、ホントに過呼吸かどうかも……っつかそもそも、俺過呼吸って何のことだかよく分かってないし。あぁ、夢遊病の可能性もあるんだった」
「えええーっ!? 大変!!」
「光、落ち着いて」
 萩迫が撫でると安達は、大人しくなって口を噤んだ。

「それで?」
 萩迫の顔は真剣だ。
「あー……それで、……高嶺……会長が、どうも助けてくれたみたいでさ。……あー、はは。俺ってマヌケにも腰抜けててさあ! それでとりあえず会長の部屋にーみたいな流れになって……、えー、まあ、一晩様子を見た方がーってことで、泊まらしてもらう、的な流れに……」
 言ってて情けなくなってきた。
 過呼吸に夢遊病に腰が抜けたって何だソレ。ありえない。恥ずかしい。

「……じゃあ、本当に泊まったのか?」
「え、ああ……」
「朝方訪ねてった帰りを写真に撮られたとかじゃなく? 前日から? 一晩? まるまる?」
「え、え、え、うん」
「……あの会長が……佐倉のその素顔を見てて、一晩何もしなかったのか……」
「………………」
 ものすごく驚いている萩迫だったけれど、その驚きが意味のないものであることは決して告げられない……。……くそ、何もなかったわけじゃねえよ!

 言いたいけど言いたくない高嶺の横暴。ムカついてしょうがない。