29<以上>

「あー……、俺! 事故の傷とかすげえし! 襲われた時もそれが原因で手が止まったっていうか! それでじゃねえ!? たぶん何もする気起きなかったと思うし! 普通に並んで寝ただけ!」
 そうそう、そういうことにしよう。何もなかったんだ本当に。忘れよう。
 そう思って俺は、自分にも言い聞かせるように説明をする。
 あぁ、ってかもう、男に押し倒されたことを普通に何度も説明すんのは勘弁だ……。

「並んで!?」
 ところが萩迫の手の下からびくりと反応を示す安達。
「かかか、会長と並んで!? うわわわ、本当のこと訂正して回るにも、それは言わないほうがいいよ! それだけで嫉妬する人いっぱいいるよぉ!」
「…………そりゃ、その通りだ」
 引き吊っている顔を必死で元に戻そうとしている萩迫。

「訂正って……本当のこと説明すんの? 誰に?」
「……まずは、親衛隊かな」
「げえ。マジで! 夢遊病とか過呼吸がどうとかそんなこといちいち!?」
「うーん……、あんまり、知られたく、ないよな?」
「……げぇ。俺、なんか超イタい奴っぽいそれ……」
 そんな情けないこと、できれば広まって欲しくない。
「っつかそもそも! これ新聞部の誤報だし! ていうか、間違ってなかったとしてもこんな人のプライバシー広めまわっていいわけねぇだろ!? 誤報でした、プライバシー侵害でしたって謝罪記事刷らせりゃ済むんじゃねえの……!?」

「その謝罪記事にだって、誤報を訂正する事実をのっけなきゃならないと思うけど……」
「だっ、面倒くせぇ! なんで俺がこんな迷惑こうむるハメに! 新聞部、ただじゃおかねぇ!」
「落ち着けって佐倉。とにかく今は何か別の言い訳を考えよう。会長と関係を持ったわけじゃない。普通に一晩寝泊りする用事があっただけだってさ。ついでに佐倉がノーマルだってことも」
「……お。おぅ」

 俺の感情的な解決計画より数倍現実的で段階的な行動計画を練ってくれる萩迫は、かなり頼もしい。
 萩迫って結構頼りになる奴だな……。
 普段世話焼いてくれんのは安達だけど、こういうピンチ! な時には萩迫いなかったら俺どうなってたか。
 親衛隊とやらと大喧嘩やらかしてたに違いない。
 それは困る。この学校に入れるようにしてくれた陽丘さんにも申し訳がたたないところだった。

「で、ど、どう言えばいいかな?」
「……それが全く思いつかない」
「ぇええ!」
 そんな! 頼もしいなと思ったばかりなのに突き放さないでくれよ!
 萩迫は顔をしかめながらウンウン唸っている。
「ほら、関係を持たなかった理由ってのに、その佐倉の事故の傷ってのを使うとするだろ……。でもそれはつまり、会長は佐倉の裸を見たってことになる。ようするに、一度は関係を持とうとした、ってことに。……でもそれだと、関係を実際に持った時と同じ反感プラス、結局抱いてもらえなかった生徒ってことで嘲笑も受けることになる。身の程知らずが会長に取り入ろうとして、みたいな感じに……。それじゃ解決になってないだろ?」

「…………ごめんあのさ」
 ここに至って俺はあることに思い至った。
「ここの学校の生徒って、みんな男同士ってことに疑問を抱かないわけ? なんで男同士ですぐ抱くだの抱かれるだのって発想になるかな?」
「…………え、今さらそれ言う?」
「ですよねー」
 言っても詮無いことだってのは分かってたさ……。

「ていうかな。きっとどうでもいいことなんだろうけど、俺って関係を持った場合、自動的に抱かれる側なんだ?」
「えっ、佐倉上がいいの!?」
「………………」

 萩迫の驚きの声は、結構、傷つく……。
「…………いや、女の子相手しか想像したことなかったもんで」
「あぁぁ、そうか……。いやまあ、相手が会長だし、会長が抱かれる側ってのが有り得ないっていうか……」
「………………」
「うん。この話はやめような?」
 俺は当然のことながら、頷いた。

「会長が佐倉を無理矢理襲って傷跡に手を止めたって説明なら上手く行くとは思うんだけど、今回は場所が会長の部屋で、佐倉が訪ねちゃってるからなぁ。会長から手を出したって話だって、佐倉が実はすげえ美人で可愛いっていうのをバラさなきゃ信憑性出ないし……。今は素顔隠さなきゃなんないから無理だよな……」
 ………………。
「なんか俺、男としての自信無くしてきた……」

「俺が高嶺の部屋から出てきたってだけの話だろ? なんで俺が抱かれた抱かれてないの話になるんだ!? 俺が抱いた抱かないって発想にはなんないのか!?」
「無理無理無理無理無理」
「そ、そんな連呼しなくなって俺だってむしろ想像したくねぇよ!」
 あぁぁ俺はおかしくなってなんつう物の例えを……!

「……もう、いい。これは合成写真だ。俺は昨日高嶺の部屋に泊まってない。それでいいだろ!?」
「いやいやいやいや」
 真顔で手を振る安達。何その可哀想な子でも見る目!
「苦しすぎるって無理だよ絶対! こんな合成技術、高校の新聞部の学生が持ってるわけないって!」
「うるせぇな、じゃあどうしろっつうんだよ……!」

 頭を抱えて座り込みたくなったまさにその時だった。

 ぐゎーんとどこかから音。
「ん?」
「なんだ?」
 すぐに放送のスイッチが入ったのだと気が付いた。
 ガタガタとマイクを何やらいじっている雑音がする。

『……あー、生徒会長の高嶺だ』
「………………」
 いきなり聞こえてきた声と、その言葉に俺たち三人はフリーズした。
 まさに、今話題だったトキの人。……意味違うか。
『今朝配られた、新聞部発行の速報記事について話がある』
「…………お」
 思ってもみなかった展開だ。

「そっか! 高嶺が直接何もなかったって言やぁ生徒会のファンだって親衛隊だって信用するんじゃねえか!」
 俺が言うと全部言い訳になるけど、高嶺が言えばそれはきっと事実として受け止められるだろう。
『……はっきりしておく。あの記事に書いてあった憶測は、ぜんぶ当て推量だ』
「ほらほらほら!」
 高嶺の声は校内放送のマイク感度の悪さにも負けず、しっかりと言葉が響き渡っている。
「いやまぁ、校内放送はぶっ飛んでるけど手っ取り早いし!」

 そう言った俺の耳を、萩迫が、何を思ったか突然両手でがしっと塞いできた。
「……何?」
「いや何か嫌な予感が」
「こんな親切な会長初めてだよぉ」
 眉を八の字にさせてびくびくしている二人。
 なんか良く分かんねぇけど、そんなぽんっと覆ったくらいじゃ、音遮れないぞ、萩迫?

『……昨日、俺と佐倉は新聞部の言うような関係は持っていない』
 自分勝手な奴に変わりはないけど、この誤報にこんな素早い対応をしてくれんだから、まあ、根っからの悪い奴ってわけでもないんだろう。
 ま、まぁそれが分かったってもう関わりたくないけど。
「ちょっとは俺に対して悪いとか思ったんじゃねえの?」
「えー……そぅ、かな」
「うぅぅー」
 まだ不安そうな萩迫と安達。何だ?

『持てなかった。まだ、な』
「………………」
 マダ? ……まだ?
 以上、で締めくくればいい内容が、さらに続くみたいで、俺は萩迫の腕を思わず外す。
「あぁぁやっぱ雲行き……」
「駄目駄目駄目なんか駄目」
 慌て始める二人。
『まだ持てなかったが、佐倉は俺が落とす』
「………………」
 …………………………今なんつった?

「ああああ嘘っ! 嘘ぉ!」
「ヤバイ会長何言って!」
 騒ぎ出した二人の口を、俺は問答無用でわしっと塞ぐ。
 ……聞き逃してなるものか!

『繰り返す。佐倉はまだ落ちてないが俺が絶対に落とす。誰も手を出すな』
「……………………」

 てを、だすな?

 ファンを牽制したってことか? それとも親衛隊に釘を刺した?
「……………………」

 おちてないが、おとす。
「落とす? 誰を?」
「………………」
「………………」
 俺が口を塞いでいるせいで喋れない二人は、労わるような目で俺を見てきた。
「誰を!?」
 俺は二人の口を塞いでいた手を離す。
「佐倉ちゃんをって言ったよ今……」
「取り返しがつかん……」
「はぁああア?」

『以上だ』
 ……い、以上じゃねぇえええ!!!!!