30<政治経済>

 落とす。

 落っことす。突き落とす。引っ張り落とす。負かす。気絶させる。
 などなど。

 そんな風な意味だっていっぱいあるのに、放送を聞いた学校の生徒はおろか、俺自身でさえ、口説き落とすって意味以外の何物にも聞こえなかったのは由々しき事態だ。

 放送が切れたあと、一瞬の間を置いて学校中から聞こえてきた悲鳴のような叫び声が今でも耳に残っている。
 ぎゃああだとか、ひいいだとか、うおおだとか、うわああだとか。
 速報に乗ってたむっさい奴相手ってのが信じられないってのと、単に面白そうってのと、気持ち悪いってのと。
 比率で言うと、7対2対1くらいか。
 ホモに慣れきった学校だもんな。反応なんてそんなもんだろうよ。

 きっと誰も、ホモネタを使った男同士ならではのギャグだとか、何かの罰ゲームだとか、ましてや俺自身がノーマルかもしれないってこと、考えもしないんだ。
 なんというワンダフルスクール。直訳、素晴らしい学校。……違う! 不思議な学校!

 おまけに。
「佐倉夏樹? あれ? 佐倉夏樹ってこのクラスか! 今朝から超話題の!」
 学校の教師まであの放送をバッチリ聞いているときたもんだ。
 一気にざわめきが広がる教室内。
 朝一番の授業。政治経済。ひらたく言えば社会科だ。
 その担当の滝田とかいう、なんかホストみたいな風貌の長髪教師。
「………………」
 俺は無言を通す。誰が素直に、はいそうです今朝全校放送で会長に衝撃の告白をされた佐倉夏樹ですなんて答えてやるもんか。

「そうかそうか。いやー、あれは面白ったなぁ。職員室で思わず笑いそうになったっての」
 起立と礼が終わって、欠席者がいないかどうかの確認に名簿に目を通している最中のことだった。名簿に俺の名前を見つけたのか、滝田がふいにそんなことを言ったもんだから、前の席の安達なんか見事に肩をびくーっと竦ませている。

 教室内の騒ぎも勢いが収まらない。
 手を出すな宣言のおかげか、今までは腫れ物にでも触るように皆遠巻きにしていたというのに、先生が話題にしたもんだから、皆その話題に触れないわけにいかなくなったわけだ。
「いっろんな子が想いを寄せてるっつーのに全部テキトーで、遊びしか付き合わないので有名な会長にあんな放送流させるなんて大したもんだ。それで? えーっと、転校生なんだっけ? 佐倉ちゃんはどこ? 手をあげるよーに」
「………………」
 アホじゃなかろうか。

 本気で思ったが口にするのは寸でのところで思いとどまった。
 意地でも目立ちたくねえ。
「んー、反応なし? 転校生だよなあ。えー、っと? 見ない顔の子、は……、君? お、違った? ははは悪ぃ悪ぃ」
 実は本当にホストなんじゃないだろうかと思える程フランクなしゃべりでもって滝田はクラスの生徒に話しかけている。
 何なんだ、このアホ教師は!?

「いやー、あの会長が本気出すなんてどんなかわい子ちゃんなんだ?」
 気まずそうにシーンとする教室内。……おいこら。
「ん、なんだその反応? ってかいい加減どこにいるんだっつーの」
 滝田は思い出したように名簿を裏返し、座席表を探し始める。
 どうやら滝田は速報新聞の写真は見てないらしい。見てたら髪形で一発で俺って分かっただろうし、そもそも可愛いなんて想像すらしないだろう。不純同性行為を扱った記事だけに、さすがに教師陣の目には触れないようにバラまかれたらしい。

「と、いうかー」
 滝田は座席表を辿りつつ呟く。
「あの会長を落とすなんて、一体どんな色仕掛け使っ」
「使ってねえ!!」
 …………気付いたら叫んでいた。

「…………今の君?」
 はっとした時には遅く、滝田に見据えられて尋ねられる。
 いやだって! 今なんかものすっごい寒気のすること言いやが……っ、てあぁもう!
「そうですが何か」
 開きなおるしかない!
「…………佐倉夏樹って君?」
「ですが何か」
「……………………」
 無言になる滝田センセイ。
「何もないなら授業続けてください」
 俺は冷静に授業の進行を促したつもりだった。

 つもりだったが、全く効果はなかったらしい。
 政治経済のホスト系教師はため息をついて言った。
「そりゃあ今まで告った子は本命になれねぇわ……。親衛隊の報復覚悟で告るだけあって、容姿には自分こそはって自信ありげな子ばっかだったもんなぁ。会長そっち専門かー。面食いって情報は嘘か」
「……………………」
 教室内はさらに気まずい沈黙に飲み込まれる。
 ……て、オイ。

「オタクみたいな地味男でご期待に添えられず申し訳ないんですけど先生。あの放送は会長のイヤガラセなので本気にしないでもらえませんか」
 言い訳でも何でもない。絶対確実、正真正銘あれは嫌がらせだ。
 会長の権限だか立場だかカリスマだか知らないけど、いつもやりたい放題だったのが俺に限って思い通りいかなかったから嫌がらせに走っただけに違いない。
 だいたい、俺と高嶺の今までのやりとりの、どこをどうひっくり返せば俺に惚れるような要素があったというんだ?
 俺はなるたけ冷静になるよう氷点下の勢いで冷たい声を出した。

 だがしかし。
「おぉおぉ。なんだお前、見た目に寄らず結構気ぃ強そうだなあ。わりとオドオドなタイプかと思ったぞ」
「………………」
 駄目だこの人話通じない。
 俺の冷却作戦はものの見事に失敗に終わる。

「ふんふん。イヤガラセな。……ま、君が会長にどんな恨みを買って校内放送まで使ったイヤガラセを受けたのか、気になるところではあるな、本当なら」
「………………」
「まぁいいだろ。君が困ってるのは嘘じゃないみたいだし? 基本贅沢な悩みってのは承知の上で相談に乗ってやるからな」
「…………は?」
 この社会科教師の言う意味が分からない。

「あとで社会科準備室に来なさいな」
 再びざわざわとざわめき始める教室。
「……なんで」
「佐倉ちゃんっ」
「え?」
 周りが騒がしくなったことで話しかけやすくなったのか、安達が振り返って俺の名前を呼んだ。

「何?」
「あのね、滝田先生ってね、恋愛の悩み受け付ける学校公認の先生なんだよ」
「……何それ」
 カウンセリングじゃなくて、恋愛の悩み限定? 学校公認で?
「ほら、うちの学校多いからさ……」
「何が?」
「……お、男の子同士の……さ。だから学校も相談できる先生ってことで、滝田先生を……」
「……つまり?」
「滝田先生もゲイなんだよ」
「……………………」

 ほんとにもう、何この学校?