32<シンデレラ>

「……る、瑠璃川先輩……! 福神先輩も……!」
 現れたのは、まさしくその二人だった。
「ど、どうしたんですか?」
 現れた生徒会の人間に、光も要も固まっている。
「やあ。偶然だね。昼食の後、だいたいここらの木陰でのんびりしてるのが日課だったんだけど、今日は騒がしい声がするから誰かと思えば、今朝のシンデレラボーイだったものだから」
「…………ぇえ?」
 シンデレラボーイ? 光のことか?

「まあ自覚はないだろうけど。王子に見初められて愛を告白されたお姫さまってワケだよ」
「………………あっ」
 俺のことか!?
「ちょ! 愛を告白って! 先輩まで真に受けてるんですか!? あんなの嫌がらせですよ! 俺の何をどう見たら姫なんて単語が出てくるんですか!?」

 長い前髪に、毛先がはね気味の中途半端な長さの髪。太いふちの眼鏡までかけてる地味男だぞ?
「…………出てこないから不思議に思ったんだ。今朝の速報も、その後の高嶺の放送も」
 瑠璃川先輩は腕を組んで目を細め、俺をじーっと見分している。
「……あのー?」
「宮野がね、昨日君の様子がおかしかったって言ってたんだ。大丈夫?」
「…………へ?」
 宮野……って、副会長? あの、カイチョ、って呼ばれるのを妙に喜んでた宮野副カイチョ?

「宮野先輩がどうかしたんですか?」
「…………。会ってないのか? 今朝の速報見て大慌てで俺のところに来てね。宮野が言うには、昨日の夜、消灯のちょっと前くらいに君の部屋を訪ねたらしいんだ。生徒会への勧誘をもう一回してみようって思い立ったらしいけど」
「え」
「勧誘!? 夏樹ちゃんをですか!? 勧誘って生徒会に!? えええ! ほんとに!?」
 俺のハテナの声は隣にいた光の大声にかき消された。

「ど、どうして!? 何が!? 何があったんですか!?」
「……何かあったわけじゃないけど、向いてると思ったんだよ」
「ええええ! 凄い! なっちゃん良かったね! 凄いね!」
「………………」
 いやいやいや。
「光っ、いいからちょっと落ち着け」
 どうやら同じように驚いているらしい要だったけど、瑠璃川先輩のしたい議題とはズレていることに思い至ったらしく光を止めに入る。
 光は興奮冷めやらぬって感じだったけど、とりあえず一生懸命黙ることに集中し始めた。

「……で、違うのか?」
「…………消灯のちょっと前って」
 それってもしかして、俺の記憶が飛んでいる時間帯?
「俺、うたた寝してたはずで……」
「そう。君がソファの上で寝てたって宮野は言ってた。どうやら宮野が行ったのは間違いないみたいだね?」
「………………」
 疑問系で聞かれても困る。
 会ったのか? 会ってるのか? えっと、なんで知らないんだ? あ、もしかして夢遊病って冗談じゃなかった?

「で、聞いたんだけどね」
 瑠璃川先輩はそう前置きして、何を思ったか、一歩踏み出して俺の真正面に立った。
「え?」
 妙なほど近すぎる距離に疑問を感じるだけの時間、その一瞬の間のあと、何かが目の前を掠めた。

「…………っうわ!」
 気が付いた時には、視界が広い。目の前を掠めた瑠璃川先輩の腕が俺の眼鏡を奪ったらしかった。
「ちょ、ちょっと!」
 ヤバイと思って顔を隠そうと上げた腕が、誰かに掴まれて後ろにひとまとめにされる。
 めっちゃくちゃ驚いて後ろを振り返ったら、いつの間にか立っていた福神先輩だ。
「なななっ」
「夏樹ちゃん!」
「夏樹!」

 相手が生徒会の先輩なだけに、光はもちろん、要にも物理的な助けは期待できそうになかった。
「佐倉くん。こっちを向いて」
「うわっ! あ! いやちょ!」
 打てる手なんて何にもなかった。
 福神先輩は俺の両腕を片手でひとまとめにしているらしく、空いた手で俺の前髪をかき上げてくる。
 そのままくいっと髪をひかれて、瑠璃川先輩の方へ素顔を晒されるハメになった。

「……うわ……。想像以上、だねぇ」
 先輩はよく分からないタメ息を付く。
「…………せ、せんぱいぃっ」
 何をさらしてくれとんじゃ的な意味合いを何重かオブラートに包んで俺は訴える。
 だが瑠璃川先輩は俺の訴えなどどこ吹く風と言わんばかりに俺の顎に手をかけた。

「宮野が、眼鏡をとった君が詐欺だってくらいに美人だったって言うものだから……確認しようと思ったんだけど。……本当だ」
「あ、あの、先輩っ」
 この顔に何か思い当たるフシなどあったりしないだろうかと俺は気が気でない。
 でも瑠璃川先輩は全くスルーで話を進めてくださっていたりする。

「で、宮野の懺悔によると、ついツマミ食いしたくなっちゃって君を押し倒したそうなんだけど」
「だからあの先輩……、って、おし?」
 なんか、変な単語を聞いた気がして、俺は抗議を一時中断する。
「え? 押し倒した? 誰を?」
「君を」
「誰が?」
「うちの宮野が」

「………………知りませんけど」
「……………………」
 瑠璃川先輩はふと口を噤んで黙り込む。
「先輩?」
「で、宮野の話だと」
 俺が尋ねると先輩はすぐに続きを話し出した。
「なんか、急に様子がおかしくなって部屋を飛び出して行ったって。我に返って慌てて追いかけたけど見失って、どうしようと思ってたら今朝のあの新聞騒ぎでしょう? 宮野が、あの後君が会長の部屋に行ってこの騒ぎになったんなら自分の責任かもっておろおろしてる、そういう話」
「……………………ぉお?」

 何ソレ? の世界だった。
 身に覚えがないんですが。
「……それ、本当の話ですか? ドッキリとか嵌めてません?」
「一応俺はそんなに暇じゃないんだけどな。何、本当に知らないの? 宮野は何のことを言ってたんだろう。でも君の顔のこと、本当だったしねぇ」
「………………」
 認めたくはない。認めたくはないけど……。

「あのー……、もしかしたら俺が……、覚えて、ないのかも……しれない可能性が……ですね……」
 俺はしどろもどろに事情を明かす。
「覚えてない?」
「いや、とりあえず、説明するんで離してもらえませんか」
「あぁ、うん、でもちょっと待って。遥一そのまま」
 言えばすんなり離してもらえると思っていた俺は、瑠璃川先輩の行動が予測できなかった。

「ちょっとごめんね」
 そう言って。
 瑠璃川先輩は俺のネクタイを緩めてシャツの胸元をくつろげた。