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「……っえ!?」
 意味が分からなくて俺は思いっきり頭からハテナを飛ばした。気がする。
「いや、ちょっと。何を……」
 何だ? 襲われてるのか? 瑠璃川先輩が俺を? いやいやいや。
 ありえない仮定に俺は頭の中で首を振る。
 だいたい、瑠璃川先輩は、マサとかって言われて福神先輩に襲われる側の人なわけで……。

「…………あー」
 ちょっと失礼なことを思ってしまったかもしれないと思いつつ、俺は瑠璃川先輩が一体何をしたいのか、尋ねるように顔を覗き込んでみた。
「先輩……?」
 瑠璃川先輩は自分で広げた俺のシャツの胸元をじーっと見ている。
 そして目を閉じてため息をついた。

「……佐倉くん」
「はい?」
「君は高嶺が好きなの?」
「えっ?」
 なぜいきなりそんな話になる?

「高嶺の部屋に行ったのはどうして? 呼び出されたわけじゃないよね。高嶺は人を呼びつけるにしても自分の部屋には招かない奴だし」
「………………」
 あぁ。その説明はもう、ややこし過ぎるし自尊心も傷つくしできればそっとしておいて欲しいカテゴリなんだけどな。

「……ちょっと、……まあ、なんというか……、不覚にも、腰を抜かすとかいうヘマをですね……、俺が……やらかしまして。……で、その時に会長にバッタリと」
 必殺、お茶を濁す。
 それで納得してくれたりしないかな。
 過呼吸云々とかそんな、自分でもよく自覚していないこと、光や要には知られてもいいけど、瑠璃川先輩とかには出来れば知られたくない。

 けれど。
「腰を抜かしたの? どうして? それは宮野のことが原因?」
 瑠璃川先輩は追及をやめる気はないようだ。
「……いや宮野先輩のことは覚えてないんですけど。俺たぶん寝ぼけてて……」
「寝ぼけてた? ……あぁ、そうか。そういうことは……ありえるか」
 瑠璃川先輩は神妙な面持ちで呟いて、ちらっと視線を福神先輩に向けた。
 この人の寝ぼけを普段間近で見ているなら大抵の人間の寝ぼけはきっと許容範囲内だろう。

「……なるほど。それで、腰が抜けてた君を高嶺が部屋に連れてったってこと?」
「はぁ」
「それで高嶺は君のその素顔を見たの?」
「え? あぁ、いやまあ、転入してきた時に既に見られてはいたんですが」
「そう。……もう一度聞くけど、高嶺のことは好きだったりする?」
「いやあの……」

 だから、なんでそういう質問が出てくるのかがさっぱりなんですけど。
「どうなのかな。正直に言ってほしい」
「べ、別に好きじゃないですよっ! 普通に!」
 俺が高嶺を好きじゃないなんて、当たり前すぎる普通のことだ。
「それは本心? 嘘偽りなく、正直な気持ち? 照れ隠しとかそういうのは一切なしで?」
「純度100パーセントの真心です!」
「……そう」

 先輩はやたらと沈んだ様子で呟いた。
「じゃあ、やっぱりそれは無理強いだったりするわけか」
「……はい?」
 どうも先輩の話はあっちこっちにぽんぽん飛んで、意味が分からない。
 それって、何?

「そこにあるの……アレでしょう。高嶺はやたらマーキングする癖があるから……。関係はまだ持ってないなんて妙な言い方するから変だと思ったんだ。高嶺が途中停止するなんてよっぽどのことだし」
「………………は」
 マー、キン……グ?
「考えられる可能性としては、そもそもが無理強いで、君がよっぽど抵抗したって線のみだったから確認したかったんだ」
「……………………」

「君にとって高嶺が少しでもアリなら余計なお世話だと思ったんだけど。どうやらそうじゃないみたいだし、高嶺に暴走はしないよう釘は刺しておくよ。同じ生徒会の人間として本当に申し訳ないと思う。ちょっとっていうか、かなり迷惑かけると思うけど……本当にすまない」
「……………………いや待って何の話デスカ!?」
 いかん。頭に血が上りそうだ! 想像したくない!
 むしろもうハッキリ言ってくれ!

「……えーっと。身もフタもなくしていいなら言うけど。……鎖骨のあたり、キスマークすごいよ」
「………………」

 ……言葉が、出ません。
 最初に頭に浮かんだ言葉はそれだった。
 それで、その後は自分でも収集がつかないくらいいろんな言葉が怒涛のように脳裏をよぎる。

「だっ、……な、そ……っ、いや! でも! ……うそっ、え、なに……はァ!?」
 あんまりにもパンクしそうだった為、俺は全てを、はァ!? の一言で表現しようと試みる。けれど、報われない……。
「ききき、きっ」
「気付いてなかったみたいだね」
「っのやろぉおお!!」
 寝てた時か!? 寝てた時だよな!? 目が覚めてから覚えてるのは下をいじられてた記憶しか……ってぬぁああもう!
「高嶺ぇええ!!」
「落ち着けって! こら暴れんな!」

 今すぐ高嶺ボコボコ計画を実行したいのにっ、後ろで福神先輩が手を掴んでいるせいで叶わない。
 ふざけんな! マジで! ありえない! ありえないっ! マジでありえないなんで!?
「ボッコボコにしてやる!! もういい加減頭来たっ!! 許さんマジで! 黙ってられるか! 先輩離してくださいッ!!」
「いいからまず落ち着けって……!」
「なっちゃん!!」
「夏樹!」

 なんとか先輩の手を振りほどこうとしていた腕に、さらに繋ぎとめようとする重みが加わった。
「ちょ、お前ら……!」
 光と要だ。
「何してんだよ! 味方する側が違うだろ! 俺は離して欲しいんだよ!」
「駄目だよぉそんなの……! 殴りになんて行ったら駄目だって!」
「殴んなきゃ俺の気が治まらないんだっつーの!!」
「治めてくれって頼むから! それに親衛隊が黙っちゃいないし無茶はやめろホントに! 冷静になれ!」

 言葉と共に要に強く腕を引かれ、俺はちょっと言葉に詰まった。
 要の言葉はいつでも思うけど、説得力があって納得しそうになる。
「あぁああぁー! くっそ、くっそ」
「夏樹、やっぱ何もなかったわけじゃないんじゃないか」
「そっ、それは……っ」
「要! そんなことツッコミ入れたらなっちゃんが可哀想じゃないか……! 知られたくなかったんだよ当たり前じゃない!」

 二人の言葉は俺から高嶺ボコボコ作戦の気力を奪うのには効果てき面だった。
 …………いたたまれない。恥ずかしすぎる。
「………………」
「だって僕だって嫌だもの! 要とのこと知ってるなっちゃんにだって、要が残した跡なんて絶対隠したいもん!」
「おっ、おまえ、そうゆうこと……!」
「なのに、なっちゃんのは無理矢理のなんだから! 僕よりもっと隠したい気持ちおっきいよ!」
「いや分かったから!」
「ごめんなさいは!?」
「……、ご、ごめん夏樹……」

「………………死ねる気がする」
「ええっ!?」
「うわっ、マジでごめんって!」
「………………」
 もしかして俺の羞恥心を煽り立てることを目的に漫才やってんじゃないかと思うほど、二人の言葉の応酬に晒された俺のダメージはでかい。
 光、お前の労わる気持ちは有難いけど、そんなこと細かく言葉にして心理状態を説明されたら、何て言うかもう、あぁ。

「ちょちょちょ、佐倉っ? しっかり!」
 ふいに膝から力が抜けて真下に崩れそうになった俺を、福神先輩は慌てて支えてくれた。