39<訪問>

 五十嵐と連絡先を交換した。

 まさかそんな仲になろうとは、昨日の段階では思いもしなかったわけだけど。
 ――俺も医者じゃないからな。丸ちゃんに聞いといてやる。
 五十嵐からさっききた返信は、そんな内容だった。
「自分で聞けるっつーの……」
 丸山先生と話す口実ができてにやにやしてんじゃなかろうか。
 俺は部屋のソファにずるずるもたれながら携帯をいじる。

「っつか、タバコの跡って何だよ……」
 DVとか子供の虐待じゃないんだし。
 だいたい、事故ったのは状況的に変えようがない事実だ。俺を騙す為に誰が車一台わざわざ潰したりする? 火傷なんて、事故の時の、なにか、例えば、車体に挟まった俺を救助する時の切断作業中の火花とか、いくらでも考えられるじゃないか。
 そりゃ傷跡の状態が一般的な交通事故とは違うかもしれないけど、そんなのはケースバイケースの範囲内だろう?

 ちょっと、本気でびびったじゃねえか五十嵐のやつ……

 ――あんまり単刀直入に聞くなよ、変な話なんだし。
 つまるところ世間話をメインにしてこいよというメッセージを込めて返信する。
 五十嵐と丸山先生がうまくいくといいなと思ってるわけじゃないけど、五十嵐の場合、恋愛感情まで昇華されてる気持ちがあるわけじゃなし、下心なしに純粋に会話することを楽しめるならそれでいいじゃないかと思う。
「せいぜい俺を口実にしてくれ」

 あの後は大変だった。
 高嶺を屋上に残して校舎に戻ったところで、頬の手当ての為に保健室に向かおうとしていた滝田と丸山先生に出くわし、上半身裸の俺を見て、丸山先生は顔面蒼白になるし滝田はにやりと分かったような顔をするし。
 暴力は振るってねぇと断言する五十嵐の横から滝田が、暴力はねぇと意味ありげに呟いて、再び殴り掛かりそうになった五十嵐を必死で抑える羽目になったのは、なんつーか、もう、勘弁してくれって感じだ。
 蜂っ、蜂が服の中に入ったから脱いだんです! と、五月には苦しい言い訳を丸山先生にとっさに披露しつつ、その場はなんとか切り抜けたわけだけれども……。

 何がどうなって五十嵐とメールする仲になったんだか。
 ――分かってる。任せとけ。
 五十嵐の短い返信を最後に、俺はじゃあなんか分かったら連絡をくれと返し、メッセージアプリを終了させた。
「はぁ」
 とたん鳴る、携帯。
 一瞬どきっとした。ユーカの着うたを設定してたのをすっかり忘れてた。
「うわ、わ、着信?」
 表示を見ると、安達光。光だ。
 
「……っ、もしもし?」
『うわぁ! 出た! すご、早! 携帯見てたの!?』
「え、いやまあ、うん」
 いきなりハイテンションな光に思わず尻込む俺。
「なんかあった?」
『うん! あのね! いま大丈夫!?』
「お、おぅ」
『ほんと!? ねぇ要、なっちゃん大丈夫だって!』
 ぴんぽーん、とチャイムが鳴った。

「……光、いまの」
『うんそう! 僕ら! 部屋の前にいるんだ! 開けてー!』
「…………ったく」
 特に部屋の中が散らかっていないのを確認して玄関に向かう。
 がちゃりと開けると、携帯片手に満面の笑顔の光と、そのうしろでひらひらと手を振ってる要。
「……どうしたんだ?」
 尋ねながらとりあえず二人を部屋へ招き入れる。
 玄関でわたわたと靴を脱いだ光は携帯の通話を切って嬉しそうに言った。
「なっちゃんに歌い方教えてもらいに来たんだぁー」

「…………歌い方?」
「うんそう! 明日さ、音楽の授業あるでしょ? それでもう一度ちゃんと教えてほしいなって思って! この前アドバイスしてくれた時の覚えてるんだから! なっちゃん絶対歌上手いでしょ!」
 にこにこと目を輝かせている光を唯一落ち着かせられる力を持つ要は、どうやらその力を使う気はないらしく黙って光に喋らせている。
 どうやら俺に打つ手はないらしい。

「歌い方って言われてもなぁ……俺、楽譜は読めるけど、夕香と違って歌ってたわけじゃないから教えるとか無理だと思うけど」
「えー! 普通にうまかったよ!? この前ちょっと歌ってくれたドレミだけでびっくりしたもん!」
「まぁ、ドレミを教えるくらいなら」
「ほんと!?」
 さらにキラキラオーラを周りにちりばめさせる光。

「と、とりあえず、座れば」
「ありがと!」
「夏樹、悪いな」
「まぁ別にいいよ。暇してたし。なんか飲むか?」
「わぁありがとう! お菓子は持ってきたよ!」
 光は音楽の教科書と一緒にコンビニの袋から色んな菓子を広げ始める。
 歌よりお菓子がメインなんじゃなかろうかと思いながら俺はとりあえず飲み物を用意しようと冷蔵庫を開ける。
 昨日のいちごミルクが視界に飛び込んできて一瞬目が行ったけど、三人で飲むんだからと、1リットル紙パックのミルクティを出して三人分グラスに入れた。
 この寮には食器もある程度そろっているから驚きだ。

「あ、ありがとう!」
「ありがとな」
「あはは、なっちゃんがミルクティって!」
「何?」
 いきなり笑いだす光に俺は眉をひそめた。
「レモンティ派だと思ってた!」
「いや、むしろ麦茶だと俺は思ってたな。甘いのよりスッキリ系なイメージ」
 なんだそういうことか。
「言っとくけど、俺はチョコパフェとか食べに一人で喫茶店行けるぞ」
「うっそぉ! 見たいそれ!」
 よっぽどおかしい想像でもしてるのか、目じりに涙を浮かべて笑う光。
 いや、行けると思っているだけで、実際に行ったことはないんだけども。


「ふあー。やっぱなっちゃんの歌声っていいねぇ」
 簡単なメロディ集の教科書を見ながら、光が耳で音程を覚えられるように歌っていたら、光が突然そんなことを言い出した。
「そ、そうか?」
「うん。プロの歌手みたい。柔らかいけど芯があって」
「お、おぅ……さんきゅぅ」
 俺の声は微妙に引きつって尻すぼみになる。
 面と向かって褒められてどうしたらいいんだ!?

「ねぇねぇ、なんでなっちゃんは楽譜見ただけで楽器もなしに音程取れるの?」
 光はやたらと上機嫌だ。
「んー、まぁ慣れというか……」
「絶対音感とかいうやつか?」
「いや別にそんな大層なもんじゃないよ。俺も最初は楽譜に起こすのに楽器使ってたし」
「楽譜に起こす? 何それっ?」
 光の声のトーンがまた上がる。

「あぁ、言ってなかったっけ。ユーカの話したろ? 曲は俺が作ってたからさ」
「ぇええええ!」
「お前、曲作れたのか?」
「あぁうん。発売したのは4曲だけだったけど、中学の頃からやってたから結構量あって。作ってるうちに音程分かるようになって、それでかな」
「何それ!! 何それ聞きたい……!!」
 光のテンションは最高潮に達しているみたいだ。

「あー、CDならあるよ」
「聞きたい聞きたい! えっ、発売してないのもいっぱいあるの!?」
「まぁ」
「それも聞きたいっ!」
「べ、別にいいけど……発売してないのはちゃんとスタジオで録ってない仮歌だからちゃんとミックスもしてないし、音しょぼいぞ?」
「わーっ、もうなっちゃんが何言ってるか分からない! プロだ!!」
「いやいやいや……」
 ちょっとバンドとか音楽活動してたなら分かる程度のことでプロ扱いされたらなんかむしろ俺が恥ずかしい。

「まぁとりあえずパソコンにデータあるから……ちょっと待ってろ」
 その恥ずかしさから逃れる為、曲を聞かせてやる名目でパソコンを準備しに、俺はソファから立ち上がった。