41<鞄>

 結局。
 CDプレーヤーごと、焼いたCDを光に渡し、俺のパソコンはエンドレス再生の役目を終えた。
 その後した話といえば、光の音楽の授業の話だとか、携帯にかけてこなくなったストーカーの話だとか、要の空手の腕前の話だとか、瓦割りの話だとか、使える筋肉の付け方の話だとか、そんなんばっかで、しばらく会長問題は忘れられた。

「なっちゃああん!!」
 そんな心地いい友情の賜物的な時間を昨日過ごしたばっかだというのに、次の日にはもうこれだ。
「な、なんだよ……、ちょ、その呼び方せめて大声は勘弁してくれっ」
 6限目終了後、音楽室から帰って来て教科書を引き出しにしまっている最中のことだった。

 席前後なんだからそんな大声出さなくても聞こえるっちゅーの!
「どどどど、どうしよう!」
「何?」
「光、どうかしたのか?」
 光の声を聞き付けた要がやってくる。
 教室内も遠巻きながら、何事かと視線を投げかけてくる奴がちらほら。

「な、ないよ、ないんだよ、おかしいよね!? なんで無くなるの!?」
「光、何がないんだ?」
「何ってっ、鞄だよ! 僕の鞄!」
「かばん?」
 俺も要も、光の言葉にそろって視線を足元へ向ける。

「……お前、6限目まで鞄忘れたの気付かなかったのか? 全部置き勉?」
「ちがうっ!」
 光は涙目になりながら俺のツッコミを否定した。
「いや……夏樹、今日光は鞄持って出てるよ。携帯のもこもこストラップ、鞄からはみ出てるから減らせって言ったの俺覚えてる」
 言いながら、本当にどこにもないのか、机の周りを確認してまわる要。
 だが登下校に使うような大きな鞄がどこかに隠れているわけもなく、すぐに諦めて顔をあげた。

「ないな……」
「どこに置いてきたんだよ?」
「だから違うって! なんで僕のドジのせいにしようとするのっ? 音楽室行く時はあったんだって!」
 光は机をばんばん叩きながら力説する。
「……誰か間違えて持ってったのか?」
「まだ下校時間じゃないよ! どう間違えたっていうのさ! 時間ごと間違えたの!?」
「……えーっと」
 普段聞かない光のまともなツッコミには、俺を充分たじろがせるだけの迫力があった。

「盗まれたな……」
「ああやっぱり!!」
 妙に確信を得た感じで呟く要と、答えは最初から分かっていたと言わんばかりに叫ぶ光。
 盗まれた? このセレブな金持ち校で盗難?
「前にもあったんだ、光の物が盗まれるの」
「え、イジメ?」
「違うストーカー」

 要の顔は、それはそれは恐ろしかった。

「……ストーカーって、……この前の?」
 俺は恐る恐る尋ねる。
「たぶんな。最近は複数って感じはなかったし……」
「え。光ってよく狙われんの……?」
「おいおい、今さらだろ? 光をよく見てみろよ、ほっそい体とちっさい背にでっかい目の女顔だぞ?」
「…………」
 確かに。今さらだ。

 この学校の有り得ない文化はこの一週間で嫌と言う程思い知らされた。
「それでも、俺と付き合うようになってからはそのアピールもあって被害は減ってたんだ」
 悔しそうに床に視線を落とす要。
 俺はふと頭に浮かんだ疑問を口にした。
「……二人ってさ、部屋一緒だよな? 相部屋きっかけで付き合ったんじゃないの? 結構長いのか?」
「幼馴染みだよ。今みたいな関係になったのは中学2年の時。付き合ってるのは学校側も知ってるから、部屋割り一緒にしてくれてるんだ。コイツのストーカー被害はひどかったからな」
「………………」

 すげぇ学校だ。付き合ってる二人を、男同士だと分かってて同室にするなんて。
 いや、っていうか、そうした方が本人たちの為だと思えるくらい、光へのストーカーが酷かったってことなんだろうか。
「それで、そん時はどうしてたんだ?」
「……気をつけるくらいしかどうしようもないさ。ちょっとしたものは盗られっぱなしだったし、今回みたいに鞄とかだったら大概戻ってきてた。部屋の前とかいつの間にか返されてたんだ。中身はいくつか盗られたまんまだったけどな」
「……それ目的何なんだ?」
「光の情報集めたかったんだろう。好きなものとか趣味とか、持ち物見れば大体分かるからな。手帳も携帯もメールの内容もチェックされた感じだった」
「げえ」

 それってマジで、半端なく嫌過ぎる。
「最悪だな。……ストーカーってくらいなんだから光のこと曲がりなりにも好きなんだろーが。なんで嫌がることすんだよそれ……」
「常識が通用しない苦労はもうとっくに体験済みだよ」
 要は眉間にしわをよせて苦い顔をした。
「……どうしよう」
 隣で光がポツリと呟く。
「大丈夫か?」
「やばい」
「……大丈夫なわけないよな」
 しょうもない質問をするな、俺!

「………………」
 光は一瞬黙り込んで不安そうに要を見た。
「…………手帳も、携帯も、入ってるけど……、それもやばいんだけど、その、アレ……、ちょっと、もっとヤバイかも」
「な、何が?」
 ハッキリしない光の言い方に、要は少し焦ったように意味を尋ね返した。手帳や携帯以上に見られたらやばい光のものに心当たりがあるらしい。たぶんいくつか。

 だが光が口にしたやばいモノは、それとは違うらしい、全く別のものだった。
「……CD。……なっちゃんに、入れてもらったやつ……。プレーヤーごと……」
「…………」
「………………」
「……………………」