42<先輩>

 光に昨日渡したCD。
 それは、相手が光だと思ったからこそほいっと渡せたもので。
「…………」
 歌のあるなしに関係なく、曲自体がおおよそ完成に近いものを適当に全部いれてあったりするもので。

「……うっわ」
 もちろん、俺じゃなくてユーカがちゃんと仮歌をいれたやつも、すでに発売されているやつも、だ。
「や、べぇ……」
「だよね……っ」
 もし中身を聴かれたら、それでそいつが一年前に活動してたユーカって歌手を知ってたら。
 未発表の曲が入ってることに気付かれたら、光とユーカとの関わりを調べられるに決まってる。間に俺がいることもバレるだろう。なにせ光の鞄を盗んでまで光のことを調べたがるストーカーだ。
 たとえユーカの存在を知らなくても、調べようとするかもしれない。光が持ってたCDの中身ってことで。

「ごめん! ごめんね! 僕油断してた! 今は要がいるから、直接近付いては来ないだろうって……! ほんとごめん!」
 光の顔は真っ青だ。
 でも、そんなのは間違ってるに決まってる。
「光、ストーカーに怒ることだけ考えろ。光は被害者なんだから」
「なっちゃん……」

「最悪俺がユーカと双子だってバレても、ユーカが死んだってことがバレなきゃいいんだ。そこまでいくともう光のことから離れ過ぎてるし、興味持たれない可能性の方が高い。心配すんな」
「そ、そうかな……」
 光は不安そうに呟く。
「違うだろ。今問題なのは、俺のことじゃなくて光のことだ。見られてヤなもんいっぱいあるだろ」
「う、うん……」
「光、とりあえず先生に報告しよう。盗難届け」
 要が気遣うようにゆっくりと声をかけた。

「……うん。……もうすぐ終礼だから先生来るよね。終礼おわったら言うよ……」
 ちらっと時計を見る光の視線につられて俺も見ると、針は終礼まであと3分のところを指していた。
「そうだな……今から職員室行っても入れ違いになるか」
「うん、そうだね……」
 はあ、と落ち込んだ様子で光がため息をついた時だった。

「安達くーん!」
 入り口から光を呼ぶ誰かの声が聞こえた。
「先輩が呼んでるよー」
 見ると、教室の後ろの入り口に、野球少年。……あれだ、立野だ。転校生への質問タイムに変な質問してきた。

「え?」
 教室まで来て自分を呼び出すような先輩に心当たりがないらしく、光は一瞬不思議そうな顔をして、どうすればいいのかと要を見た。
「……とりあえず、一緒に用件聞きに行こう」
「大丈夫か? 俺も行く」
 男3人でぞろぞろするのもどうかとは思ったが、心当たりのない先輩の呼び出しってもんには無条件に警戒心が沸く。
 いや、五十嵐みたいな不良じゃあるまいし、先輩に呼び出されてシメられるなんてことはないだろうけど。

「ありがとう、立野くん」
 光の礼に軽く肩をすくめて応えた立野は、そのまま自分の席の方へと戻っていく。
 廊下に出てみると、三年の学年章をつけた先輩が、四人。
 光は見覚えがないらしく不思議そうな顔をしている。
「あの……」
「俺、郷田っていうんだけどさぁ。三年の」
 四人のうちの一人、どうもグループのリーダーっぽい長髪が言った。
「は、はい……」
「君でしょ? 安達くんって」
「え、はい……」

 光が答えると、そいつはにっと笑って、後ろ手に持っていたらしい何かを目の前に出した。
「これ、君のじゃない?」
「あ!」
 叫ぶ光。
「鞄! 僕のだ!」
 登下校用の指定鞄。閉め切っていないファスナーの隙間から、光の携帯のもこもこストラップがはみ出ている。俺にでも間違いないのが分かった。
「やっぱり? 良かった良かった」
 郷田……先輩は、笑顔を崩さないまま光に鞄を返す。
 マジかよ、と俺は思った。

「な、なんでこれ……」
「いやー、たまたまなんだけどさぁ。このアフロ犬の携帯ストラップ、絶対君のだと思ったんだよねぇ」
「え、え?」
「あれ、知らない? 安達くん、君ってわりと有名だよ? すっごい可愛いからさ。自覚ない? 安達くんの携帯のストラップにもこもこのアフロ犬がいっぱい付いてるの、結構有名」
 郷田先輩はそんなことを言ってピースをして見せた。意味が分からん。

「で、そんなさ、誰が見ても安達くんのだって分かる携帯を、どう考えても安達くんの周りにいなさそうなタイプの奴がいじってるの見かけてさ。変だなぁと思って声かけたわけよ。そしたら勝手に色々白状しだして。鞄置いて逃げてったんだ。だから、困ってるだろうし、届けてあげなきゃなと思って」
「………………」
 光は目を大きく見開いて、瞬きを繰り返した。
「そ、そうだったんですか……! あ……ありがとうございます! ほんとどうしようかと思ってて!」
「いやいや、いいんだって」

 先輩はへらへら笑ってひらひら手を振った。
 相変わらず、後ろにいる3人は無言だ。
「………………」
 なんか、気になる。
 話だけ聞く分にはすげぇ良い人、なんだけど、この違和感は何だ? だいたい、なんでそんなことに4人も一緒に連れ立ってやってくる? その、後ろの3人のにやにや笑いは何だ?
「…………光」
 どうやら要も同じ疑問を抱いていたらしく、感動して目をキラキラさせている光の制服の裾を少しだけ引っ張った。

 そこへ、鳴る、チャイム。
「あぁ、終礼だ。戻んないとなぁ」
「あ、あの! 本当ありがとうございます!」
 その要の行動に気付いているのかいないのか、光は同じ調子で言葉を続けた。
「えと、あの、なんてお礼を言ったらいいか!」
「あぁ、お礼?」
 さっきから郷田は笑顔を一切崩していない。

「いいんだよ、そんなこと気にしなくて」
「え、で、でも」
 郷田は笑顔のまま、いいのいいのと言って、3人に帰るぞと合図をする。
「あ、ほ、ほんとに! ありがとうございました!」
「…………」
「………………」
 礼を叫ぶ光の後ろで、要と俺は、杞憂だったかと互いに顔を見合わせた。

「あ。ひとつ言い忘れた」
 だがふいに、そんな言葉をかけられ、俺たちは再び視線を郷田の方へ向ける。
 郷田は今まで以上ににっこり笑っていた。

「安達くんって、歌上手いんだねぇ」