43<手遅れ>

 安達くんって、歌、上手いんだねぇ

 その意味を理解し終えた時にはもう、何もかもが手遅れだった。
 聴かれてしまったものは、どう逆立ちしたってなかったことにはできやしない。
 いやむしろ、そんなことで事実抹消ができるならいくらだってしてやるけど。

「で、でも、なんで歌ってるのが僕って勘違いしたんだろう……」
 あのあとすぐにやってきた樫村先生に席につけと急かされて、話を再開できたのは終礼が終わった後だった。
「ユーカちゃんの歌も入ってたし、なっちゃん歌上手いし、普通の歌手が歌ってる歌ってなんで思わなかったのかな……」
 光は眉間にしわをよせてぶつぶつ呟いている。

「……音楽、ちょっとやったことあるやつなら、何曲かは仮歌だって分かるよ。歌が仮メロなのも入ってたし」
 俺も同じく眉間にしわをよせて呟いた。
「そんな曲持ってたら作曲に関わってるって思われるのは自然かも。……ユーカのキーの歌だから、俺高めの声で歌ってたし、光も声高めだし、それで歌も勘違いされたんだと思う……。ごめんな、光。変な奴に目ぇ付けられたっぽいよな……」
「いや、いいんだよそんなのは!」

 って光は言うけど。
 俺と要が思ってるあいつらの胡散臭さと、光が思ってるそのレベルにはだいぶ開きがあると思うぞ。
「要、あの郷田とかいう先輩、知ってるか?」
「あー、……んー、特に知ってるって程じゃ……。すれ違ったことくらいはあるかなーって感じの。同じ学校だし」
「そうか……」
 いかんせん、向こうの出方が分からないうちは、警戒のしようがない。

「だ、大丈夫だよ! 歌上手いねって言われただけだし! ホントは下手だけど、それがバレない限りはあの歌がなっちゃん歌ってるってのもバレないよ! そしたらユーカちゃんのことも心配しなくて済むし! うん、三年生とは学年離れてるから、全然大丈夫!」
 光は必死に、事態を良い方向へと結論付けようとしている。
 いやまあ、光の言うことは、最もだ。最もなんだ、勘だの何だのを抜きにして状況だけを冷静に分析すれば。

「……とにかく、今うだうだ悩んでも始まらないってのは確かだな。考えるのは向こうが何かリアクションを起こしたら、ってことにするか」
「そうそう! それがいいって!」
「要、悪い。光が変なことに巻き込まれなきゃいいんだけど。……俺のせいだし」
「気にするなって。普段もっとタチの悪いのから護り通してるんだ。この際ひとつふたつ増えたところで労力に変わりはないさ」
「た、頼もしいな……」

 俺がひきつった顔で感想を言うと、要は短く息を吐いて、光と俺の頭にぽんっと手を置いた。
「んっとに。……お前らは二人ともそれぞれの意味で危なっかしいよな」
「えええー。そんなに言うほど不注意じゃないよ僕~」
「はあ? それぞれって……俺の意味は何なんだよ」
 もちろん、そんな要の物言いにはそろって反発するけれど。
「あー、光の危なさについては今さら言及するまでもないだろ。夏樹は……なんていうか、…………会長のこととか親衛隊のこととか五十嵐のこととか会長のこととか」
「……つまりあの放送のことってか。あーもう、分かった分かった」

 自分が今まさに危ない綱渡りの真っ最中らしいってことくらいは、今さら要に言われなくても分かっていたりはする。
「しばらく会長とか生徒会には近付かないようにするよ……」
 そう宣言した矢先。
「……もう手遅れだな」
 頭上から振ってきた声は、まさしく事態の手遅れを如実に物語っていた。

「たっ、高嶺……っ! なんでここに!!」
 振り返ると否が応でも視界に入ってくる高嶺生徒会長様の御お姿。
 相変わらずクールなイケメンでいらっしゃいますこと。
「ってそうじゃねえ」
「元気か?」
「はあ!?」
 いきなり目の前に現れた衝撃とはかけ離れた呑気な質問に、思わず顔と声が引きつる。

「元気かじゃねえ! そんなこと聞きにわざわざ来たのかよ!? っつか堂々と入ってくんなよ! ただでさえあの放送のせいで腫れ物扱いされてんのに、俺の立場とか考えろ!」
 見ろ、教室にいた奴らはみんな真ん丸い目で固まってんじゃねえか!
 終礼後で半分くらいはすでに教室を出てたのが不幸中の幸いだけど! いや、だけど幸いが救いにならない程不幸の割合がでかすぎる場合はどうしたらいいんですか神様!?
 光も要も引きつった顔のまんまフリーズしてんじゃねえか!

「お前、自分を腫れ物だと思うような半端な人間には興味はないタイプだろうが」
「……はあっ?」
 それがお前の出現理由の一体どの部分を占めてるんだ?
「だから何しに来たんだよ!?」
「元気かと訊きにきた。で、どうなんだ?」
「あんたマジでそれ訊きにきたのか!?」
「マジだよ。発作は? 起きてないか?」
「ねえ! ピンピンしてる! 元気だ!」
 さっきから何か埒が明かないと感じていた俺は、とりあえず高嶺の質問に答えてしまうことにする。そうすれば、高嶺は目標達成で後がないはずだ。

「………………」
 ところが。
 どうやらそれはまずかったらしい。
「そうか。安心した」
 俺はあんまりにも有り得なさすぎて反応できなかった。
 いつのまにか高嶺に思いっきり抱きしめられていて。