44<人の目>

「っざけんなこの強姦魔っ!!」
 何とか我に返った俺は背中に回っていた高嶺の手を思いっきり体から引き剥がす。
 思ったより力を入れていなかったらしい高嶺の腕はあっさりと外れてくれた。
「おい。言っておくけど、俺は強姦なんてしたことないぞ」
「どの口が言ってんだ!?」
「お望みならお前の唇で確かめさせてやるよ」
「はぁあ!?」

 意味不明すぎて理解に苦しむ高嶺語を誰か翻訳してくれ頼むから。俺が心情的にイラっとこないよう、オブラートに包んだ表現訳で!
「あんた俺に嫌われに来てるのか!?」
「だから、本気で嫌がってる奴を相手にしたことはないって言ってるんだ。というか、嫌がるから途中でやめたのはお前が初めてだし」
「何言ってんだテメェ!!」
 こここここ、ここをどこだと思ってやがんだ!?
 教室のど真ん中だぞ!?

「なっちゃん……」
 ほら! 光が悲しそうな目でこっち見てるじゃねえか! 望んでもないのに無理矢理押し倒されてキスマークとかつけられた可哀想ななっちゃん、って!
「ぬああああっ、自分で思うとイタすぎるっ!」
「大丈夫かお前?」
「お前が現れなきゃ大丈夫だったんだよ!!」
「いいから落ち着け。そんなに取り乱すことかよ」
「お前ぇえ……っ」

 さも、何でもないことかのように、高嶺は言う。
「ああもう! とにかく! 話があんなら人の目のないとこに呼び出せ!」
「それは誘ってんのか?」
「違うっ!!」
 あああああ。阿呆な高嶺のそのツラを張り飛ばしてやりたい……。
 ものすごく疲れる気力を振り絞って俺は力説を試みる。
「……っだから! 俺は話なんてないんだ! あんたと敢えて会いたいとも思わねえ! だけどあんた、俺が来るなって言っても来るっぽい性格してんのはもう痛いほど身にしみて分かったから! だからいきなりこんな教室に来られるくらいなら呼び出された方がまだマシって妥協案をだなあ……!」

 俺が切々と迷惑を訴えている途中で、高嶺は俺の話を遮るように手のひらを向けてきた。
「っなんだよ」
「じゃあ場所を変えてもいいな? お前が言ったんだ。実はまだしておきたい話がある」
「はあ!?」
 聞き返した時にはもう、腕を強く引かれ、不可抗力で一歩目の足を踏み出していた。

「な、なっちゃん! か、鞄寮まで持って帰った方がいいよね!?」
「えっ、あ! ちょ!」
「そうしてもらえ。悪いな! 頼む!」
「あ、は、はい!」
「ぉおおおいっ」
 な、何返事してんだ光のやつ……!
 俺はそんな長時間こいつに拉致られるつもりはないぞ……!!

 そんな風に思った時には既に高嶺に引きずられて教室の外だ。
「ど、どこ行く気だ!?」
「人の目がないところだって言ったろ」
「な、な、な」
 いや確かに! 俺はさっきそう言ったけども! でもそれはやっぱり、次回のつもりだった話なわけで、次までの時間が覚悟ってものを決めやすくしてくれるだろうという見込みがあったりしたわけで!
 今このまま流されるとろくなことにならない気がする!

「ちょ! ちょっと待っ」
「入れ」
「おい!」
 完全に無理矢理押し込まれたそこは、豪華な応接セットといくつかのアンティーク調の事務机と。
 ……駄目だ。入口に書いてあった生徒会室って表示を覆せる根拠がひとつもない!

「ってか人いるし!」
 中にはえっと、そう! 初日に理事長室まで案内してくれた、相葉副会長先輩!
 突然の乱入者に驚いて、キーボードを叩いていたらしい手を止め、パソコン画面から目を離し、こっちを見て固まっている。
「人の目のないとこじゃなかったのかよ!?」
「こっちだ」
「ぉあっ」
 俺の質問に答えない高嶺に強引に腕をひかれてバランスを崩しかける。

 で、さらに押し込まれた別の部屋。
「仮眠室だ。生徒会メンバー専用の」
「てめぇっ、いちいち人の話聞かなさすぎ……っんう」
 ああもう! 一体何度目だコレ!?
「んううううッ!!」
 いきなりキスをされて驚いた隙を突かれて、舌が入り込んでくる。
 腰と、後ろ髪に手を回され、もがけばもがく程、バランスを崩しかけて高嶺に支えられるハメになる。

「…………お前はムードもへったくれもないな」
「お前に言われたかねえッ!!」
 いったい今の一連の流れのどこにキスに続くようなムードがあったのか、納得できる理由があるなら今すぐ述べろとがなりたててやりたい。
 けれど今は高嶺をどかすのが先決だ。
「のけっ!」
「分かってる。逃げるなよ。ベッドに座れ」
「はあ!?」

 ベッドになんか座ったらあんた即行で押し倒してきそうなんですけど!!
「話があると言っただろ。キスはしたけどそれ以上はしない」
「ちょっと待て何だそのキス基準!?」
「……今はな」
「期間を限定するな!!」
「分かったのか?」
「わっ、分かるわけねえだろ!」
「なら分かるまでこのままだけど。とりあえずキスでもして時間潰すか」
「ちょっと待てえっ!!」

 もう何か色々有り得なさ過ぎて、俺の思考はうまく働いていなかった。
 だから。
 そう、だから、俺が高嶺のベッドに座れ命令を承諾したのはきっと不可抗力っていうやつに違いないんだ。