45<責任>

「……で、話って何なんだよ」
 ベッドに腰をおろした俺は、とっとと話を終わらせるべく、話をまず始めるよう促した。
 キス以上のことは今はしないというなら、押し倒されることはきっと今は本当にないんだろう。
 この前、今日は何もしないと言った高嶺が、律儀に日付が変わるのを待って事に及んだように。……大丈夫なはずだ、今は。

「お前、五十嵐と昨日会ってたな」
「なんで五十嵐が出てくんだよ」
「あいつは喧嘩っ早いので有名だからな。お前も気は強いし、売られた喧嘩は買う方か?」
「……話が見えねえんだけど」
 高嶺は俺の前に立って真剣な顔をしている。

「その、事故に遭う前……前の学校での話だ。喧嘩とかはよくしていたのか?」
「……まあ、全くしなかったわけじゃねぇ……ってくらい」
 ツッパリまくりの不良生徒とかじゃなかったから、喧嘩を売られること自体がそんなに多くなかったし、自分から喧嘩を売ったのは数える程だ。
 後輩イジメにクラスまで乗り込んできた先輩何人か相手に、気の強いクラスの何人かで大乱闘したのが一番でかいってくらいの。
 小学生の頃は子供らしく取っ組み合いの喧嘩とかもしたけど、中学に上がってからはそんなになかった。
 別にどこそこの学校の誰それと喧嘩したとか、何人病院送りにしたとか、そんな世界とは全然無縁だ。
 あ、でも夕香にしつこく言い寄ってきて、挙句の果てに嫌がらせまでしてきたクソ野郎とは取っ組み合いの喧嘩して、相手も俺も通院したな……。

「たしなむ程度だよ」
 いつかの、男も女もたしなむ程度にはいけると言った高嶺の言を借りることにする。
「…………やっぱりお前はたしなむのか」
 高嶺は頭の中で色々考えを巡らせているらしく難しい表情をしていた。
「で、それが何?」
「……事故に合ってからは?」
「ねえよ。最近まで入院してたんだぜ? 誰と喧嘩するって言うんだ」
 とは言ったものの。ふと、五十嵐との保健室初対面事件のアレが頭をよぎった。
 ……別にカウントしなくていいよな? 体調が万全でなかったせいで、喧嘩っつーより俺が情けなかっただけだし。

「……分かった。……佐倉、いいか。これからは喧嘩は買うな。もちろん売るな。売られたら俺に言え。売りたくなってもまず俺に言え。俺が何とかする」
「………………はいい?」
 高嶺はいよいよ持って訳の分からないことを言い出した。
「それから、顔も本当に目立たないようにしろ。お前はこの学校に慣れてないからな。かけられたジャブのかわし方も分からないだろ」
「…………は? ジャブ?」
「話は瑠璃川から聞いた。うちの宮野もそうだけど、流されてくれたらラッキー程度な気持ちで、可愛めの奴を軽く押し倒してみる人間が山ほどいるんだ」
「はあ」
 あんたは押し流してやるくらいの気持ちで押し倒してそうだけど。とは思ったが言わないことにした。

「中にはジャブをすっとばしていきなり右ストレート並みの行動を起こす人間もいる。滝田に強姦されたと訴えた奴はいないが、奴もたぶんそうだ。絶対近付くなよ」
「……言われなくても授業以外でもう顔合わせる気ねえよ」
「ならいい。……とにかく、あの記事をすっぱ抜かれて以来お前はあちこちで私刑対象にされてる。もちろん俺の親衛隊にもだ」
「………………」
 なんだ、高嶺はそういう話をしにきたのか、と、俺はようやく理解し始めた。

「親衛隊の方は俺が抑えてるから、その効果は恐らく他の連中に対しても有効だろう。けど絶対じゃない。起爆スイッチは俺が回収したけど、お前が刺激を与えれば爆発する爆弾みたいなもんだ。だから喧嘩を売られても買うな。ちょっかいかけられても嫌がらせされても悪口言われても無視して俺に言え。絶対爆弾を刺激するな。俺はまだ、親衛隊以外の爆弾の在り処は掴んでないけど、お前が知らせてくれたら解体処理はしてみせる」
 高嶺の表情は本当に、真剣だ。
 けど、だからってハイそうですか、という訳にはいかない気がする。

「……、あんたがそんなに責任感じることないと思うけど。あんたが全面的に悪い問題なら責任取れって思うけど、今回一番悪いのは憶測を事実みたいに広めた新聞部で、さらに言うなら不注意で写真を撮られた俺だ。俺だって解体処理くらいできる」
「いや、しないでくれ。俺がやる。記事の後に放送を流して、お前の立場をより悪くさせたのは俺だ」
「あー……、でもそれは親衛隊への牽制だろ? 滝田から聞いた。お前が放送でああ言ったから、俺はリンチを受けなくて済んでるって」
「……勘違いしないでくれ。お前の為に放送を流したんじゃないんだ。俺が自分の為に、自分の気持ちを満足させる為にやったことだ。牽制するだけならもっと他に言い方もあった。お前を俺以外の他の誰にも渡さないって宣言したかった、ただそれだけの理由なんだ」
「………………」

「自分本位な理由だ。起爆スイッチはあの放送で回収したが、それで爆弾の数自体は増えたと思う。だから俺には責任がある」
「………………」
 高嶺の視線は、真っ直ぐで。……痛いほど、ぎゅっと悲しくなるほど真っ直ぐで。
 ……俺は慌てて目線を逸らした。
「まあ……そうかも、だけど。……約束は、できねえよ」
「してくれ」
「……だ、だって……んなの、……喧嘩、ふっかけられたら、やっぱ応戦くらいはするだろうし、……逃げるとか、性に合わねえし……」
「性の問題じゃない」
「……だって俺に売られた喧嘩をなんでお前に任せんだよ。なんか、自分に売られた喧嘩なのに彼氏に頼って自分で戦わねぇズルい女みたいじゃねえかよ」
「………………」
 ふと高嶺が沈黙し、ごくりと唾を飲み込んだ音が聞こえた気がした。