46<口論>

「……お前……その例えは、俺が彼氏ってことでいいのか?」
「………………うあっ!」
 高嶺の指摘は俺の脳内温度を瞬時に上昇させた。
「やべ! ちが! ちょお待て! モノの例えだ! 例え! 一番分かりやすく例えただけだ!」
「つまり俺への一番簡潔な認識が彼氏、か?」
「んなわけねえだろ!!」
 思いっきり、全力で即座に否定するも、高嶺はにやにや笑ったまんまだ。
 くそ! 俺としたことが! なんつうモノの例えをっ!!

「そうかそうか。道のりは長いと思ってたけど、意外と順調ではあるみたいだな」
「全然順調じゃねえよ!! 険しいイバラのけもの道だ! 怖気づいて引き返せ!」
「でも距離は短い。行ける」
「行けねえ!!」
 隣の部屋で仕事をしているらしい副会長に気なんか使ってる余裕もなく、否定の言葉を叫ぶ。けど、高嶺は相変わらずいつものにやにや笑いだ。

「あのな! 俺は! あんたの告白を断ったんだ! 恋人になったわけでもないのに売られた喧嘩の処理だけはしてくれなんて甘えたことできるわけないだろ! ケジメだケジメ!」
「じゃあ恋人になればいい」
「そっちじゃねえ!」
 何を1たす1は2みたいな当たり前みたいな答え方してんだ!?
「恋人にならねえから喧嘩もお前には投げねえって言ってんだよ!」
「駄目だ」
 高嶺の声音は強くて鋭かった。

「な……なんでたよっ」
 思わず気圧されそうになる。
「なんでもだ。絶対一人で何とかしようなんてするな。できませんでしたじゃ取り返しがつかないことになる」
「と、取り返しって、具体的にどうなるっつーんだよ? 命でも奪われそうな勢いか?」
「……そういうことじゃない」
「じゃあ大丈夫だろ。他にどんな手遅れがあるっつーんだよ。たかだか高校生の喧嘩で、しかも回りはみんな育ちのいいお坊ちゃんばっか」
 五十嵐みたいな根っからの不良がそう何人もいるとは思えないし。高校からの外部生もいるだろうけど、それだってきっと、ほとんどが育ちのいい上流家庭の出身に決まってる。

「相手の問題じゃない。お前の問題だ」
「ははあ。俺? 喧嘩売られたら一方的にやられまくりのモヤシ野郎に見えちゃったりしてるわけ?」
「……そうならない絶対の自信があるのか?」
「あるね。そりゃ多勢に無勢はさすがに俺も逃げるの選ぶけど。お前に泣きついたりしねぇよ。売られた喧嘩は全部自分で何とかする」
「駄目だ。人数は関係ない。全部俺に言え」
 高嶺はなぜか揺るがない。

「嫌だって言ってんだろ。なんで俺が喧嘩売られてピーピーお前に泣きつかなきゃなんねえんだよ。そんなのお前が気分いいだけだろ」
「俺の気分は関係ない。お前のために言ってるんだ」
「俺のため? 便利な言葉だよな、そういうのって。なんでも置き換えて相手縛れる」
「本気で言ってるんだ」
「あんたも案外、恋人は束縛するタイプかよ? 俺が理解できないタイプの恋愛価値感だな」
「話をそらすな」

 高嶺は短い言葉だけを言い放ってくる。
「……俺を納得させたきゃそれなりの話をしろよ。適当な理由しか用意できねえくせに、俺のためとか笑わせんな。この学校で売られるような喧嘩に俺が本気でどうにかなると思ってんならアンタ、そんな理解度でよく俺を好きだなんて言えたな」
「分かってないのはお前の方だ……」
「…………よりにもよって、そういう答え? 大きく出過ぎなんじゃねえの」
「何かあってからじゃ遅いんだ。屁理屈はいい加減にしろ」
「………………」
 イエス以外の答えは絶対許さないという高嶺の態度は、無駄に俺の反発心を刺激する。
 最初から選択の機会を奪われることは昔から大嫌いだった。

「……俺を守りたいなら勝手にやればいいだろ。俺の行動にいちいち干渉してくんな」
「いいから信じて言うこと聞け」
「いいから信じろ? 馬鹿じゃねえの、そんな安っぽい言葉。お前の為だとかっつって、俺を守ってるのが自分だって満足感が欲しいだけだろ」
「……………………」
「勘違いすんなよ。お前は俺の特別じゃねえ。俺の為に勝手に行動する権利はあっても、俺の行動に干渉する権利はねえ。権利があるのは、俺の家族とダチと、彼女になる子だけだ。お前はそのどれでもねぇ」
 ……今の言葉はたぶん、ガツンと響いたはずだ。
 響かせてやんなきゃこいつは納得しない。そう思ったから口にした。言ってからちょっと言い過ぎたかとは思ったけど。

「本気でそう思ってるのか?」
「……ああ」
「意地とかじゃなく?」
「そうだよ」
「俺が本気で心配してるんだとは微塵も思わないわけか?」
「……んなこと俺の答えに関係ねぇよ」
「…………」
 高嶺は考えあぐねているように沈黙した。

 分かったと高嶺が答えれば、それで話は終わりだ。
 早くこの問答から解放されたい俺は、黙って高嶺の言葉を待った。
 しかし。

「……お前も本当、……気ぃ強過ぎだろ」
 高嶺は分かったと言わない。
「あいにくな」
 俺は肩をすくめてため息をつく。
「喧嘩の最中に発作が起こったらどうする?」
「はぁ? それの心配かよ。寝ぼけたりしなきゃ大丈夫だよ」
「五十嵐といたときも寝ぼけたのか?」
「あ、あれは五十嵐が変なこと言って焦っただけだし……」
「大丈夫と言えないだろそれは」
「大丈夫だよ! しつこいな!」
「…………」
 高嶺は黙りこんだ。

「どうあっても譲らないか……。……他人の前より、俺で済ませた方が……それで済むなら、まだマシか」
「は?」
 独り言のように呟かれた言葉はとりとめがなくて、意味を理解するには至らなかった。

「何の話だよ」
 尋ねた俺の言葉を無視して、高嶺は部屋のドアを開けた。
「おい」
「トモ兄、仕事中悪いんだけどな」
 高嶺はさらに俺を無視し、隣の部屋の相葉副会長に何か話しかけている。
「その謝罪はさっき欲しかったよ全く」
「悪かった。トモ兄なら慣れてるかと思って」
 高嶺の言葉はちょっとくだけている。トモ兄って呼んだけど、兄弟なのか? 名字が違うのに……。
「まあいいよ」
「さんきゅ。あのさ、今からちょっと、今より騒ぐけど、気にしないでくれ」
 高嶺はさらりと聞き捨てならないことを言う。
 騒ぐって……、俺はもうアンタとこれ以上口論を続ける気はねえよ。

「今よりって……、さっきも結構大声で言い合ってたぞ」
 その通りだよ相葉副会長。と思ったけど、二人の会話にいちいちツッコミをいれるのも面倒くさくなってきた。
「あぁ。今からのはもちょっと上。でも俺の意図だから。他のメンバー入ってきても同じように言っといてくれ」
「……ああ。分かった」
 相葉先輩がOKしてしまった為に話は終了し、高嶺はドアを閉めて再び俺の方へ向き直る。

「しつこいんだけど……」
「俺の心配を身をもって感じた方がいい」
 言いながら自分のネクタイを緩める高嶺を見て、ようやっと俺の中の危機意識が頭をもたげた。
 言って通じないなら体に言い聞かせるとか、そういう手段かよと思った時には、出口は高嶺の向こう側で俺は間抜けにも、いまだベッドに腰掛けたままだった。