47<嘘>

「ちょっ、お前さっき押し倒さないって!」
 今は、の期限がもう切れたってことか!?
 焦ってベッドから離れようと立ち上がりかけたところを、高嶺に思いっきり胸倉を掴まれた。
「ちょっ」
「安心しろ、そっちじゃない」
「はっ?」
 どういう意味だと聞き返す前に、体が浮く。
 踏ん張りきれずに転がった先が固くて、床に投げ飛ばされたことに気付いた。

「って……うわ!」
 起き上がろうとすると視界が真っ黒になる。ベッドにあった布団が自分の上に落とされたらしく、払い落とそうともがくが、結構重みのあるそれに、思ったより手間取ってしまう。
「な、なにす」
 必死で布団を跳ね退けて高嶺の姿を探すと、なぜだか窓のところにいる。
 部屋が少し薄暗い。
 どうやらカーテンを閉めたらしい。

「おいっ、何のつもりだ!」
「…………」
 高嶺は答えない。
 無言で近付いてくる。
「……っ」
 好きにされてたまるかと立ち上がろうとするのに、足元の布団にわずか足をとられる。
「っ、はなせ!」
 とは言ったものの、シャツの襟元を掴まれて反射的に俺も高嶺の胸倉を掴んでいる。
 取っ組み合いになれば一方的に掴まれてる方が不利だ。
 そういう条件反射だった。

 けれど体格差はどうにもなるわけがない。
「あっ」
 余裕の動作で足払いをかけられベッドの上に転がされた。

「てめっ」
 起き上がろうとしたが腕を掴まれる。ひとまとめにされ、外せるはずの腕が外せないことに焦っていると、高嶺は俺の目の前でさっき緩めたネクタイを無造作に抜き取った。
「ちょ……まっ」
「助けは来ない。諦めろ」
「……い」
 信じられない気分で自分の腕を見る。
 多勢に無勢なら有り得ないことじゃない。だけど、体格差があるとはいえ、サシの取っ組み合いでろくに反撃もできずに縛られるなんて、俺は一体どうしたんだ?
 滝田のときとは違う。あれはほんとにやり方が鮮やかで、だから防げなかった。
 けれどこれは、この、高嶺のやり方は、全然抵抗して反撃できる余地があったはずだ。なのに、なんで。

「…………っ」
 保健室で、……五十嵐にやられた時と、同じ感じがする。
「怖いか?」
「……な」
「何をされると思う?」
「……た、か……みね」
「痛いことは嫌いか?」
「………………」
 高嶺は俺の胸元に視線を落して、俺のネクタイをゆっくりと外している。

 体をひねって、もがいて、自由な足で高嶺を蹴り落とせばいいのに、……なんでか、できない。
「交通事故って言ってたな」
 シャツのボタンを外され、ぐいっと剥かれる。両腕が縛られているから中途半端に腕に絡んだ。
 高嶺は中に着ているTシャツの上から腹と胸を撫でてくる。
「傷はまだ痛むのか?」
「………………」

 まるで固まってしまったように、口が動かない。
「おい」
 手のひらで、視界を覆われた。こめかみをぐっと握られ、痛みに体が反応する。両手をぎゅうっと握り締めて耐えた。
「返事は?」
「……ぁ」
 耳元で低く囁かれて、頭の中がぐるっとまわる。

「……はっ、……はなせっ」
 なんか、変だ。鳥肌が……。
「痛いのかって聞いてるんだ」
「や……めろっ、なに」
 Tシャツの首元をぐいっと引っ張られ、生地がくい込んだ首が痛む。
「いた……っ、いたいって!」
「あぁ、悪かったな。でもこのままじゃ見えないから」
 視界が、戻る。

 高嶺ごしの天井が目に飛び込んできて、手を離してもらえたことに思い至った時、びぃいと嫌な音が聞こえた。
「……ぁ」
 視線を自分の体へ落とすと、途中まで引き裂かれたTシャツが見えた。
 裂かれるときに引っ張られた生地が体をこすったのか、あちこちがかすかに痛い。
「……ぅ」
 学校のシャツと同じように剥かれて傷跡を隠すものが何もなくなる。

「そんなにビクつくな」
「う……ぁ」
「逃げたいか?」
 高嶺は聞いた。
 俺は、当たり前だと言わんばかりに必死で頷く。
「あぁそう。じゃあ逃げてみろ。のいてやるから」
「…………っ」
 意味が分からなかった。
 けれど、言葉通りに俺の上から高嶺は体を起こし、俺は焦るのを抑えてのろのろと起き上がった。あんまり早くは動けない。

「……う」
 とにかく部屋から出れば何とかなると思い、ベッドから降りて立って、一歩目の足を踏み出そうとする。けれどとたんに体からかくんと力が抜けた。
「…………ッ」
 歩けなかった。
「ほらどうした? 逃げたいんだろ?」
「……な、……なんで」
「がたがたに震えてるくせに、そんなことも気付けないのか?」
「……ぁ……嘘」
「やっぱり分かってないのはお前の方だったな」